相容れない
法正は劉備の右耳へ顔を寄せて小さく耳打ちする。董卓の怒りを買わせるという事を法正も考えていたようだ。しかし、それを実行するには貂蝉の協力が必要だった。だが彼女へ接触する前に呂布は暴れ出してしまった――という訳である。
「兄者、どうする! 倒すなら俺達でやっちまうぜ!」
「うむ、兄上。あなたは我らが長兄、あなたが望むのなら我は呂布と戦いましょうぞ」
誰が長兄だ。そんな事を言っている暇もなく劉備は呂布を見据える。呂布は威圧感たっぷりの雰囲気を纏い、野性味溢れる顔で劉備達を見下ろしていた。
「劉備、貴様が貂蝉を誑かしたか」
「何の話だ」
「貂蝉は義父上を殺すような女ではない。王允殿もだ。貴様と接触してから貂蝉は変わった。義父上に敵意を見せるようになった。義父上は気付いていないがな」
清廉潔白と思っている。呂布は貂蝉を真っ白で、純粋で、何者にも染まるような綺麗で高価な布だと思っているのだ。そうであってほしいと思っている己が理想を彼女に押しつけている。だから貂蝉は呂布の前で繕うのだろう。今までも、ずっと打ち明ける事が出来なかったのだろう。その気持ちを劉備もよく知っている。
「貴様、馬鹿か。馬鹿でしかないのだな」
劉備は呂布を馬鹿にするように鼻で嗤った。持っていた剣を隣の法正へ託し、腕を組む。
「貂蝉が清廉潔白な訳ないだろう。あの女は目的のためなら誰だって陥れる。貴様でさえもな。……だからこそ貂蝉は王允に協力したのだ。そして王允も国を憂い、帝を憂いていた。だからこそ腸煮えくりかえる思いで愛娘に重圧を負わせたのだ。それすらもわからぬか」
愚かしい、本当に愚かしい。劉備は唇を噛み締めてから呂布を睨むように瞳に刻みつけた。王允も貂蝉も元は劉備と同じ。大切な何かを守りたいからだ。王允は国を憂い、貂蝉は父を憂いた。だから二人は立ち上がったのだ。
それは、劉備と同じ。
劉備もまた、国を憂う民だ。
「貴様、貂蝉を愚弄するか!」
呂布は地面に置いていた方天戟を掴み一歩踏み出し振り上げるも関羽と張飛に受け止められる。しかし二人は呂布の剛力に押され、吹っ飛ばされた。劉備の顔の傍を二人の巨体が吹っ飛んでいく。
「愚弄しているのはお前だろ。貂蝉を真っ直ぐ見ようとしない。理想だけを押しつける。お前も董卓と変わらねえ。貂蝉をただの道具と思っている。自分の欲を満たすだけの道具だ。そりゃ、性処理道具があれば男は楽だろうよ」
「劉備ッ、貴様……ッ!」
「その通りだろ、だからお前は怒るんだ。自分だけは董卓と一緒じゃないと、同じではないと、本当に貂蝉を愛していると思いたいからだ。――嗤わせる、笑わせるぜ、呂布」
劉備には考えがあった。このまま呂布を怒らせて、董卓の怒りを買わせればいいと。その方が効率的だ。だが多少危険ではあるが知者としては法正が居るし、関羽や張飛のような武者もいる。問題はないだろう。あるとすれば他の問題だが――今だけは考えないようにしよう。今はこの呂布を止める事が先決だ。
「どうやって自分は董卓と一緒ではないと言える? お前はただ貂蝉を自分のものにしたいだけ。自分の妾としたいからわざわざこんな村まで来たんじゃねえのか。本来なら来る必要のなかった村だ。洛陽の護衛を任されていたお前が来る必要はない。だけどお前は来た。貂蝉という女を手に入れ――」
「兄上ッ!」
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