火種
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涿郡――楼桑村付近。今回は数日かけて二人と共に村へ戻ってきた。まずは法正に状況を確かめたいが肝心の法正は神出鬼没。見つからないのが当たり前である。そもそも彼は今まで劉備が困っていた時しか出て来てくれない。ならば今回もそうなのだろうと劉備は彼を探さず、彼から接触してくれるのを待つ事にした。
「兄者、俺らはどうする? 一先ず呂布でもぶっ飛ばすか?」
「そんな事したら大事になるから止めろ」
だが、こんなところで留まっているわけにはいかない。さて、どうしたものかと楼桑村への道を歩いていた時だ。劉備の右隣――控えるように数歩後ろを歩いていた張飛が足を止めた。じっと村の方角を睨んでいる。
「どうした、翼徳」
関羽の問いかけに張飛は眉間へ更に皺を刻んでいく。訝しげな、疑問を持つような表情。何かを怪しんでいるかのような顔だ。
「何か……妙に静かじゃねえか? この村ってこんなに静かだったか?」
「……ふむ、確かに。いつもなら村の外まで子供達が駆け回っているはず……」
嫌な予感がする。胸騒ぎがする。劉備はそのまま二人を放置し地面を蹴って駆け出して行く。胸騒ぎがただの勘違いであればいい。そう、思って。劉備のような子供の足に容易く追いつける二人だ。待つ必要などない。読み通り、すぐ劉備の隣へやって来た関羽と張飛。
「先に行け。何があったのか見てこい」
「承知。翼徳はいざという時のために兄上の傍に居るのだ」
関羽は俊足を生かし村へ入っていく。劉備と張飛も急ぎ、村の入口へ差し掛かった時だった。すぐに関羽が戻って来ては劉備達の前へ立ちはだかるように足を止めた。劉備は「どうした」と言葉を吐き出そうとしたが、関羽は何も言わずただ目を伏せている。それだけで嫌な予感が的中した事を知らせてくれた。
「雲長」
「なりませぬ」
「退け。俺の言う事が聞けねえか」
関羽を打ち倒す事も出来た。だけど傷付けたくなかった。何故ならば、関羽を傷付けて得られた情報など意味を成さない。それに関羽を傷付ける事が目的ではない。
きっとそれをして喜ぶのは董卓くらいだ。
だから劉備は関羽をしたからじっと見上げる。漆黒の瞳で関羽の巨体を映した。揺らぐ事のない瞳、覚悟を宿す漆黒、己を信じ己の中の義を信ずる目――劉備はそんな瞳で、揺れる関羽から視線を離さない。関羽は諦めたのか左へ身体を避けた。
「……兄上、これだけ約束してくだされ。――劉玄徳は何があろうと折れないと」
わかった。それだけ告げ、劉備は再び走り出す。関羽と張飛も後ろから着いてきた。そんな劉備の目に入ったのは、倒れ伏す村人達だ。それも劉備を慕う若者達。
そして、もう一つ影がそこにあった、
遠く、何かが居る。目を凝らせばそれはよく捉えられた。巨漢の男に成人男性が首を掴まれている。劉備は即座に走り出し携えていた剣を抜いた。そして小柄な身体を生かして背後から男に斬りかかる。だが剣は片手で受け止められる。首を掴まれていた成人男性は投げ捨てられるように離され、地を滑る。それは法正だった。受け止められた剣は握り締められ、劉備は剣ごと振りかぶられ放り投げられる。だが関羽と張飛の胸に飛び込む形となり、被害は免れた。劉備は軽く咳き込めば、法正の前に立つ。
「孝直、何があった。この惨状は何だ。そしてあいつは――」
「呂布ですよ、劉備殿。董卓の腹心、呂奉先。全てはあいつの仕業です」
法正は大して苦しそうな顔もせず立ち上がった。確か、こいつ首を絞められていなかったか。相変わらず不思議な男である。
「どうやら、裏目に出たようで。――いや、それはあの女が話した時からわかっていた事か」
服を叩き汚れを落としながら法正は立ち上がる。ふっと小さく悪意たっぷりで微笑む法正に劉備は少し不満げな顔を漂わせた。
「孝直、説明しろ。一体何が……」
「さあ。俺も詳しい事は知っている訳じゃありません。何せ俺が来た時は既にこの惨状だった。……予想するとしたら、何処かから策が漏れた。って事くらいですかね」
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