第40話「なんか洗いました」

 手早く荷物を片付けると、ビィトはエミリィを伴ってベンを岩屋に案内した。


 だが、その行程は順調とは言い難い。

 敵とのエンカウントはないのだが、ベンがうるさい。

 「臭ぇ、臭ぇえ!!」と、途中あまりにも二人が臭うものだから、ベンに離れて歩けと言われたり、

 白骨の山に驚かれたり、

 岩屋の周囲に散らばる炭化死体の山に驚愕されたり、と中々盛りだくさんだ。


 殲滅した敵を見て、「お前……実は強いんじゃないか?」というベンの言葉。

 だが、それを真に受けるほど馬鹿ではないつもりだ。


 ちなみに、今……そのベンはと言えば、岩屋の奥にある冒険者たちの持ち物を見て大喜びしている所だ。


 それをホクホク顔で漁っている。


 ゴミと換金分、それと行方不明者鑑定用の装備に分けているらしい。


 後者の行方不明者装備の鑑定はビィトがやるので、ベンのお宝探しが終わったあとで、

 残りの山から、ゴミとそれ以外を点検する必要がある。


 それはさておき、今はエミリィと外で水魔法を使っていた。


 岩屋の奥の方でベンの楽しげな声が聞こえてくる他、バチャバチャと言う水音のみ。


 今ビィトは器用に水魔法を出しながら、目をつぶっていた。

 出力を絞りじょうろ・・・・の様に水を出しながら自らの全身に浴びる。

 そして姿勢を低くしたビィトの頭をエミリィがゴシゴシと洗ってくれるのだ。


 女の子に頭を洗われるのは少々……というか、かなり小っ恥ずかしくもあったが、今は大人しくしている方がいいだろう。

 エミリィは真剣そのものだ。


「かゆいとこないですか?」

「……え? あ、うん……大丈夫──」


 なんだかやたらと手慣れた様子でビィトの髪を洗っていく。


「上手だね」

 思わず出た言葉に、

「ありがとうお兄ちゃん。……たまにベンさんのも洗ってるから……」


 あ、

 あの野郎。


 髪とかねぇだろうが!


 少女に洗わせているとか、アウトでしょ!

 ……何がアウトかは知らないけど。


「もういいよ、ありがとう」


 大方、体に付着した腐汁を洗い流した後、全身ずぶぬれになるまで──ザバーと、服ごと水魔法でビショビショにする。


 そうして体ごと洗濯するのだ。


 さすがにここで裸になるわけにもいかないし、服を脱いで洗濯するわけにもいかない。


「次はエミリィだね」


 ベンのせいで、自分の吐しゃ物まみれになったエミリィは恥ずかしそうに俯いている。

 そう言う反応をされると何かいけないことをしているようで困る。


「じゃ、じゃあ、かけるよ……」

 水矢──(弱)


 チョロチョロ……。


「キャ!」


 頭から水をかけるとエミリィが小さく悲鳴を上げる。


「ご、ごめん!」

「だ、大丈夫です……あ、洗うの久しぶりで、ちょっと滲みました……」


 そう言えば、エミリィの姿は随分薄汚れている。

 初対面の時は体臭もすごかった気がする。

 今は気にならないし、むしろエミリィの匂いだと思うと、いい匂──ゲフン、ゲフン……慣れてしまった。


「流すよ」

「は、はい……」


 こうしてのんびり洗っているのも、ベンの指示だ。


 臭くてかなわんから洗ってこいと──ご主人様の命令なのだ。

 よほどエミリィから移されたシラミが不快だったらしい。

 それは今まで不衛生な環境に放置していたベンのせいでもあると思うけどね。


 バチャバチャとエミリィの頭などを洗っていく。

 彼女は本当に小さくて、

 ビィトと違い、あっと言う間に全身が濡れねずみになる。


 そして、汚れ────。


 ドロドロとした黒い水が足元にじわーっと広がっていく。

 それを眺めながら、冒険者の持ち物の中にあった粗末な石鹸を泡立てて汚れを落としていくのだ。


「うー……肌がチクチクします」

 エミリィが頭を振りながら答える。

 古い角質なんかが積もりに積もっているのだろう。

 多分、相当ヒリヒリするのかもしれない。


「我慢して、体は自分で洗うんだよ?」

 さすがに、女の子の全身をくまなく洗う程の度胸はない。

 服を着たまま体のあちこちに石鹸を擦り付けているエミリィをあまり直視しないようにして水魔法を維持する。


 際どい所に手を差し込んでいるエミリィを見たときは、流石にドキドキとしたが努めて平静を装った。


「お、おわりました」


 なんだか済まなさそうに言うエミリィに、軽く頷いて、頭からシャワー上の水をかけてやる。


「ふわぁぁああ……」

 最初は痛がっていたエミリィだが、段々目を細めて気持ちよさげ。

 なにせこれ……ただの水じゃない。ビィトが火魔法と併用して温水を作っているのだ。


 「豹の槍パンターランツァ」では『ビィトシャワー』なんて揶揄やゆされていたが、リスティを始め、ジェイクもリズもコレには感謝していた────はず。


「き、気持ちいーです」

「うん……綺麗になったよ」


 ポンポン、髪を撫でるように乾いたタオルを渡すと、エミリィに先に岩屋に帰る様に促す。


 二人とも全身びしょぬれだったので、あとで岩屋の中で火を起こして乾かそうと決心する。








 だが、その前に……ビィトは仕事に取り掛かる──。


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