第8話:意外に便利な魔法
「レオンが攫われただと!?」
ジークフリードの声が執務室に木霊する。
「申し訳ございません殿下! 私の責任です! この命をもって……」
「…………いや、ガインよ。すまんな、状況としてお前を責めることは出来ない。すぐに報告をしてくれたことに感謝する」
「いえ……それで、どうしますか?」
ジークフリードは一瞬我を忘れそうになったが、抑えて目の前に立つ騎士と話す。
レオンはどこにいるのか。何故攫われたのか。誰が主犯なのか。
「今のところ、予想されるのは……」
「魔導具ギルドに張り合ってるところかしらね〜」
ガインの言葉を引き継ぐように、女性の声がする。
「ヒルデ」
「公妃殿下!」
「そうよん♪ レオンが攫われたって本当? ガイン」
「はっ……誠に面目なく……」
「ああ、それは良いのよ。それにレオンならきっと自分でどうにかしそうだもの」
「はっ?」
ヒルデはあまり心配していないようだ。
レオンがなんとかする、そう言って悠々と紅茶を飲み始めたのだ。
「うーん、良い紅茶ね♪ それよりも、関係者をここに呼ぶべきじゃないかしらん?」
「た、確かに」
関係者。つまりは魔導具ギルドでレオンに近かった二人を呼ぶという意味だろう。
そう思ったガインは考えをまとめて口を開く。
「では、ノエリア殿ならびにマイネッケ老を、我らで護衛しつつ迎えに行きましょう」
「ああ、そうだな。ガインは指揮を執れ。一個小隊を任せる」
「はっ!」
ガインは敬礼すると、部屋から出て行く。
部屋に残された公爵夫妻。
「しかし……大丈夫だろうか。やっぱり俺も——」
「ダ・メ・よん♪」
「はぃ……」
基本親馬鹿なので、自分で救出に向かおうとするジークフリード。
それを一言で止められるヒルデは流石である。
「(レオンの成長になりそうだもの♪ 邪魔はダメよ? それに、折角なんだから
=*= =*= =*=
ん……ここは?
薄目を開けながら、周りを確認する。
どうも目隠しはされていないようだ。
ガインと共に家に帰るため馬車を待っていた時、どうも襲われて攫われたようだ。
何か薬を嗅がされ、気絶したのだろう。
「(ちっ……こんなことならもう少し警戒しておくべきだったな。剣も持ってなかったし……)」
そんな事を考えながらここから逃げ出す算段はないかと考える。
ふと見ると、両手は背中で縛られているようだ。
「(しかしな……いまいち自分の魔法の種類が分からないというか、パソコンらしい魔法っぽいけどいまいち使いづらいというか……)」
なんとなくだが、説明書も資料も無しにコマンド操作のCUIを触らされている気分だ。
ちなみにCUIって、アイコンとかじゃなくて文字を打って操作する方法の事ね。めちゃくちゃ端折った説明だけど。
某窓だったら、黒い画面に白い文字でなんか出てくるあれ。
少し話がそれたが、とにかく使いにくいわけだ。
「(うーん、パソコンだったらディレクトリを見るコマンドで、自分の位置を確認するんだけどな……)」
大体dirとかlsコマンドで見るんだが……試しにやってみるか?
「(ディレクトリ)」
不発。
「(【リスト】)」
=========================================
$ユーザ 【リスト】
. .. 地下牢1 地下牢2 倉庫
=========================================
お、おう。出るとは思わなかった。
なるほど、これが今の階層の中身、つまりこの部屋以外にも部屋があるのか。
ちなみに俺はどの部屋にいるんだ?
「(【ヘルプ:ディレクトリ】)」
=========================================
$ユーザ 【ヘルプ:ディレクトリ】
《お探しの条件に以下の内容がヒットしました》
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
[1]現ディレクトリの内容を表示する
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
[2]現ディレクトリの詳細を表示する
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
[3]現ディレクトリの位置を表示する
=========================================
どうもヘルプさんはコマンド系はちゃんと答えてくれるらしい。ありがとう。
この中で必要なものは一つ。「現ディレクトリの位置を表示する」である。
さて、どうやって選ぶか……こうかな?
「(【セレクト:3】)」
=========================================
$ユーザ 【セレクト:3】
・現ディレクトリの位置を表示する
コマンド:【ポジション:[カレント]】
→詳細:ヘルプでポジションを検索
=========================================
【ポジション】か……
ちょっとイメージと異なるが、まあ良いか。
普通パソコンならpwdコマンド(Print Working Directory)とかなんだがな。
さて、使ってみるか。
「(【ポジション:カレント】)」
=========================================
$ユーザ 【ポジション:カレント】
エクレシア・エトワール/一般街/……/地下/地下牢1
=========================================
見事に大切な部分が省略されてやがる。
いや、地下牢1って分かったのは良いんだけどさ。
倉庫の方も見てみますか。多分コマンドはあれだろう。
出来れば剣があればいいな。
「(【チェンジディレクトリ:倉庫】)」
=========================================
$ユーザ 【チェンジディレクトリ:倉庫】
/エクレシア・エトワール/一般街/……/地下/倉庫
=========================================
変わった変わった。
しかし、上に「$ユーザ」なんて書かれると、本当にターミナルみたいだな。
さてと。
「(【リスト–すべて】)」
=========================================
$ユーザ 【リスト–すべて】
. .. 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃
埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃 埃
埃 酒樽 埃 酒樽 埃 錆びた剣 埃 縄 埃 埃
……
=========================================
いかん、埃まみれだ。省略されてやがる。
「(【ヘルプ:検索】)」
こうなったら検索コマンドが欲しいな。
=========================================
$ユーザ 【ヘルプ:検索】
《お探しの条件に以下の内容がヒットしました》
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
[1]現ディレクトリから指定のものを検索する
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
[2]全ディレクトリから指定のものを検索する
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
=========================================
全ディレクトリって……いや、止めておこう。
膨大な検索結果が出られても困る。
「(【セレクト:1】)」
=========================================
$ユーザ 【セレクト:1】
・現ディレクトリから指定のものを検索する
コマンド:【ファインド:[指定対象]】
演算子を使った検索も可能
→詳細:ヘルプでファインドを検索
=========================================
やはり【ファインド】か。
「(【ファインド:剣】)」
=========================================
$ユーザ 【ファインド:剣】
錆びた剣 鉄の剣 鉄の剣 錆びた短剣 錆びた短剣
鉄の短剣 鉄の短剣
=========================================
うーん、もう少し何かないか?
=========================================
$ユーザ 【ファインド–すべて:剣】
錆びた剣 鉄の剣 鉄の剣 錆びた短剣 錆びた短剣
鉄の短剣 鉄の短剣 (ミスリルの細剣)
=========================================
お、なんか隠しファイル……じゃない、隠し剣? があった。
ミスリル製か。
そんな事を考えていたら、上の階から声が聞こえる。
「(【身体強化:聴力】)」
【身体強化】で聴力を上げる。
『おい、さっきのガキはどこに入れた?』
『地下牢1でさあ』
『そうか。なら、依頼主を呼んで引き取ってもらうぞ。お前は依頼主を呼んでこい。慣れちゃいるが、危ねぇ仕事だから早めにずらかりたいからな』
『了解でさあ』
この質問しているのが、この連中のヘッドか。ダミ声の男性のようだ。
そして、案の定依頼されたからこんなことをしているのか。
どうも裏稼業の連中みたいだ。
さて、依頼主を呼ぶと言うことだから、ぜひ顔を拝みたいものだ。
多分あの連中だが。
しばらくすると、他の連中の声もしてきた。
『お頭、この前手に入れたお宝はどこです?』
『倉庫の箱の中だ。それがどうした?』
『折角なんで装備しておきましょうよ。そうすれば連中に舐められずに……』
『馬鹿野郎! そんな事してみろ、あのデブに買い叩かれるぞ! 良いからお前は見張れ!』
『す、すいません!』
箱の中か。
しかしどうにか手に入れられないものかな……
だが、今の俺の魔法で、念力的なものはないし……
コピペとか移動とか出来ないかな……
ん? コピペに移動?
よくよく考えてみたら、出来るんじゃないか?
「(【リスト】!)」
=========================================
$ユーザ 【リスト】
. .. 地下牢1 地下牢2 倉庫
=========================================
最初からかよ!
どうも他の魔法を使っていると、これは閉じてしまうようだ。
とにかく場所を倉庫に変えて……
「(【ムーヴ:ミスリルの細剣】)」
さあどうだ!
あれ?
ああ、貼り付けしなきゃ。
「(【ペースト:ミスリルの細剣:/エクレシア・エトワール/一般街/……/地下/地下牢1】)」
《ミスリルの細剣 を 地下牢1 に移動しました》
そう表示されているのを確認したと同時に、部屋の端にミスリルの細剣が現れる。
細身だが美しく、青みがかった細剣。
多分金額にすれば金板1枚とかじゃなかろうか。
そんな事を考えていたが、ふと気付く。
これ、隠し場所ないんじゃ?
=*= =*= =*=
「レオンくんが攫われたですってぇ?」
「ええ、そうなのよ……」
「あの馬鹿弟子め……!」
ノエリアとフォルクハルトが、ジークフリードの執務室に入ってきた。
ちなみにガインは小隊を率いて捜索を開始している。
「うちの息子が心配掛けてすまないな……」
「いいえぇ……こちらこそぉ、もう少し警戒しておくべきでしたぁ……」
「うむ。本当に公爵殿下には申し訳が立たない……すまぬ」
そう言って二人とも頭を垂れる。
「二人とも頭を上げてくれないかしらん? 今回呼んだのはね、誰がこんなことをしたのか、意見を聞きたいからなの」
「そんなのぉ、一つしか考えられないわよぉ?」
「うむ、そうだな……あのデブめ……」
ヒルデの言葉に頭を上げ、思い当たる予想を話す。
といっても二人からすれば今回の件を仕組んだ犯人は、一人しか思い浮かばない。
「うーん、やっぱり道具ギルドの?」
「そうねぇ。大体一回レオンくんは顔を合わせているものぉ」
「堂々とあのデブの要望を断って、撥ね付けておったからな……」
イゴーリ・アブラモフ。
二人の脳裏にはこの人物しか浮かばない。
それはそうだ。あそこまでレオンに言われて、しかも売り上げにも影響が出ているなら、まず子供のレオンをターゲットにするのは明らか。
そしてレオンを人質に、魔導具ギルドや、ノエリアを手に入れようとするだろう。
「やっぱりぃ、私が行けば少しはぁ……」
「いや、止めておけ」
ノエリアとしては、レオンは可愛い弟のように感じており、そのためなら自分を犠牲にしてもなんとかしてあげたいと考えていた。
だが、それはジークフリードに止められる。
「なんとなくだが……レオンがそう簡単にはやられんだろう。というか、その道具ギルドの代表には暗い未来しか見えんのだ……」
ジークフリード・フォン・ライプニッツ公爵。
どんなに親馬鹿でも、実は自分の息子の力量を誰よりも実感している人物だった。
なんとなく、道具ギルドはこれで終わりかな……なんて思いながら、不敵な笑顔を向ける息子の顔が浮かんでくるのであった。
=*= =*= =*=
「困ったな……」
俺は地下牢の中で悩んでいた。
現段階で両腕は縛られており、掴むことは出来ない。
それに今回の状況を解決するには、少なくとも依頼主の顔を見るなり、証拠を掴まなければならない。
「どうにかして収納できないものか……」
とはいえ、収納魔法のようなものはこの世界にない。
「魔法の袋」という魔導具はあるが、これは相当高価で、王都の魔導具ギルドでしか取り扱いがないとノエリアさんに聞いていた。
「【ヘルプ:収納】」
《お探しの情報は見つかりませんでした》
ヘルプさんの回答が酷い。
いや、そういう魔法がないって事なんだけど! と俺は心の中で一人暴れ回っていた。
さっき連中が依頼主を呼びに行ったらしいので、あまり時間はない。
「(ほら、パソコンだったらあるじゃないか! ハードディスクとか……USBメモリとかさ! 呼び方あるよね!?)」
落ち着いているようで、内心汗だくになりながら考える。
何か引っかかっている感じなのだが、何故かこういう時には思いつかない。
そんなことを考えていると、遂に依頼主がやってきたのか、上が騒がしくなる。
「(拙いな、こうなったらやるしかないか)」
剣を隠す事が出来ないため、このままここで戦うことに決める。
と思っていたが、ふと、思い出したことがあったため、ミスリルの細剣を手元に置いておく。
ちょうどそのタイミングで、攫った連中のヘッドと思わしき人物が地下牢に入ってきた。
「ガキ、既に起きてたか」
「ええ、どうも過分なまでに丁寧に運んでいただいたようで」
「ふん……口は回るガキがよ。まあいい……ほら旦那、こいつで良いんだろう?」
そう男が言うと、後ろから出てきたのはやはり……
「小僧。儂の言ったとおりになっただろう? さあ、今度はお前に金貨はやらんし、逆に魔導具ギルドに相応の金額を積んでもらった上で権利を頂く。そうだな……あのギルドマスターも戦利品としてもらうとしようか」
「やはり貴方でしたか……イゴーリ・アブラモフ代表。しかし、このような暴挙にでるとは……短慮に過ぎますね」
「なんだと!?」
煽っただけで簡単に我を忘れるタイプのようだ。
とはいったものの、なんとなくこの人物、違和感がある。
「流石は魔導具ギルドに負けるだけはある。プライドが高く、その実なにも出来ていない。全く、色々と模範的な方だ」
「このガキ!」
「おっと旦那、まだ報酬ももらっていない段階で傷物にされちゃ困るのさ。おいガキ、下手に煽ると後が怖いぜ」
アブラモフ代表が俺を蹴りつけようとしたが、それは誘拐犯のヘッドに邪魔された。
確かに先に報酬を受け取りたいのだろう。それが減額にならないように気を付けているらしい。
「おや、別に僕は怖いとは思いませんし、思ったことをありのまま述べただけです。というか、それで怒っていてはそれを事実と認めることになるんですけどね」
「ふん、面白えガキだ。だってよ、旦那」
「この小僧が! 儂には大物貴族が付いているのだ! 王都の貴族だ! 貴様のような小僧、すぐに潰せるのだからな!」
おっと、それは聞き捨てならないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます