第27話 五声(3)

 マミはこの時初めて死を覚悟した。背中に焼き石を当てられたのかと思ったほどだ。グラディスの力は人間では到底太刀打ちできない。せめて武器が必要だが、そんな物はマミの手元にはない。あったとしても扱うことができない。

 そのマミの目の前を青い竜が高速で飛び去った。その竜が翼と足の爪を用いて、グラディスを引き離してくれて戦ってくれた。

 それを見てマミはもう一度召喚することができた。


「一、 瞬間的でいい。

 二、降り注いで。

 来て!」


 今度の契約はそれだけだった。それで数えきれないほどの細い光の線が校庭に降り注いだ。グラディスを倒すまではいかなくても、大半の動きを止めることには成功した。これで次の召喚がしやすくなる。


「マミ、大丈夫かい⁉」


 そう言って走って近付いてきたのは周りにウォーターフェアリーを五体ほど連れたクレアだった。

 中級のグラディスを五体も連れていることにも驚いたが、そんなクレアの前にさっきの青い竜が降り立ったことには更に驚いた。


「え、この竜召喚したのってクレアなの⁉」

「そうだよ。手持ちに契約物なんてなかったから、バケツ一杯に水道水入れてねぇ。余った水でこの子等も召喚した」

「水道水で?本当に?……あっ、ヒュイカは⁉」


 ヒュイカと一緒に来ていたはずなのにクレアしか見当たらないので不安になって尋ねた。するとクレアは平然な顔で言った。


「ウォーターフェアリーを五体護衛に就かせてるから安心しなって。国防軍にも連絡させて、今は避難誘導させてる」

「えっと……クレアの桁外れな召喚は一旦置いておくね。そんな場合じゃないと思うし。何であの羽根で召喚したら駄目だって思ったの?」

「召喚した時に光の中に黒い点が見えたからさ。そんなもの今まで召喚で見たことがなかった。しかもあの羽根で召喚する人全員がだよ?そんなの危険に思うに決まってるじゃないかい」

「黒い点……?」


 マミは他の生徒のことを特に見ていなかったのでよくわからなかった。それがどうして起こっているのかも説明できない。そんな現象をマミは知らないのだ。


「詮索は後にしてトールさんを呼べない?今日試合ないんでしょ?一人でも戦力が欲しい。それに……悠長にしていられなくなった」


 マミはPPCを起動している間にクレアが指差す方を見た。そこには暴走したグラディスが集まっていたが、それよりも驚異的な現象が起こっていた。


「……なに、あれ……⁉」


 まるで黒い光が発生していて、そこから鳥以外の黒くて形容しがたい生き物が出てきていた。それは召喚と何も変わらないようで、全て暴走したグラディスが出てきていた。このままでは無限に暴走したグラディスが増えてしまう。


「よくわかんないけど、あの黒い光をどうにかしないといつまでもあんな奴らが増え続けるんだろうねぇ。マミ、契約物ってどれだけある?」

「蓄光石があと二十個くらいと、砂金が小さな瓶に三つ。あとは鉄鉱石が二つ瓶の中に入ってる」

「あたしなんて手ぶらで来てたからねぇ。そこら辺にある物使うしかないか。鉄鉱石だけくれるかい?」

「うん」


 緊急事態なのだから拒否などしなかった。それにマミは蓄光石以外を用いてこの戦いを乗り切れる自信はなかった。

 一番自信があるのが今のところ蓄光石であり、光属性の召喚なのだ。

 起動したPPCで簡潔に状況を知らせてトールへメールを送信した。おそらく女子寮にいるからすぐに来ることができる。


「マミ、あたしがあの黒い光のところに行くから援護してくれるかい?」

「危なくない?反喚部隊の人たちが来るまで、せめてトールが来るまで防衛戦じゃ駄目なの?」

「……たぶんあれ、どうにかできるのって『ワタシ』ぐらいなんだよね……」


 そのつぶやきは小さすぎてマミには聞こえなかった。マミはクレアの口元を見ていなかったので口を動かしていることすら気が付かなかった。


「……そんな悠長にしてたら校庭があいつらでいっぱいになっちゃうって。アクアドラゴン、あたしとマミが今から召喚をするから援護しなさい。あなたは遊撃。ウォーターフェアリーはあたしたちの護衛。いいかい?」


 うなずくのを確認する前にクレアは地面に手を当てて召喚を行っていた。マミも蓄光石を出して召喚を行っていた。マミの役目もクレアが召喚したグラディスと変わらない。クレアの手助けだ。


「一、 瞬間的でいい。

 二、三つに纏まって。

 終わり、現れて!」


 今度は三本の高速レーザーが暴走したグラディスへ向かっていった。まだ襲われている生徒は多い。何もできずにその場で腰を抜かしている人もいる。そんな人たちには当てないように気を付けながらマミは暴走したグラディスだけを狙った。

 それでも全員を倒すことなどできず、また、全員を救うことなどできなかった。マミたちと暴走したグラディスは距離が離れている。襲われている生徒に近付かないようにはできても、助けに行くことはできなかった。

 これは召喚士の性とも言える。

 遊撃しているのは校庭の中でマミとクレアを除いて、監督官ではない学校にいた教師二人だけ。まだ国防軍も、トールも到着していなかった。


(遅い……!寮からここまで、そんなに距離は離れていないのに!)


 クレアも召喚を終わらせたようで、三メートルほどのゴーレムと五体のサンドフェアリーが現れていた。他に召喚したグラディスを維持したまま、さらにそこまでの数を召喚したのだ。


「クレア、コンクールよりもコロシアムに出た方がいいかもね?」

「嫌だよ。あたしは戦うのが好きじゃないんだ。この子等は戦う道具じゃない」

「同感」


 クレアはさらにマミが先ほど渡した鉄鉱石も契約物にして召喚を行った。

 すぐに光の中から剣が出てきて、それを両手に持っていた。昨日はマミのことを心配していたが、今のクレアの方が心配になる。


『―お前はただの正常な才能だ。だがあの娘は召喚の答えを知っているのだよ。何を用いて、どれほどの力の入れようで、どんな契約をすればいいのか瞬時に理解する。そして力の際限がない。最悪契約物が要らないだろうな』


 そんなイフリートの言葉を思い出した。クレアの実力が群を抜いているのは今の状況を見ればよくわかる。召喚の速度も維持力も、使っている契約物も何もかもが桁外れなのだ。


「アクアドラゴン、ゴーレム。あたしについてきなさい。ウォーターフェアリーたちはアクアドラゴンの護衛。サンドフェアリーたちはゴーレムの護衛。わかったね?」

「ちょっと待って、クレアの護衛は⁉」

「それは適宜マミよろしく。まぁ、だいたいあたしが何とかするよ。ほら、よく言わないかい?攻撃は最大の防御って」


 そう言ってクレアは走り出した。襲われている生徒を優先的に助けに向かい、暴走したグラディスを剣で斬りつけた。まずは腕を落とし、羽を削ぎ、最後に一刀両断していた。

 まるで、剣の扱いは慣れているかのごとく優雅に、さながらダンスを踊るように暴走したグラディスを斬りつけていた。その動きを見ていた者がこんな大惨事の中ですら見とれてしまうような、そんな輝きがクレアの剣からは感じられた。

 マミはクレアのことを上級学校に来てから知ったのでクレアの過去なんて知らない。だが、同い年の女の子があれほど綺麗な剣の扱いができるとは思えなかった。

今の召喚ですら驚いているのに、剣の扱いも、更には暴走したグラディスに近付く速度ですら今までのクレアのようではなくとてつもなく速かったのだ。

 助けた生徒はアクアドラゴンに任せてクレアはとにかく黒い光が集まる場所へと向かった。生徒を助けながら、増殖する暴走したグラディスに行く手を阻まれながら向かうのは困難を極めたが、教師やマミが援護してくれた。


(やっぱりやればできるじゃん、マミ)


 クレアはマミの方を見ながら微笑んでいた。

 いつも召喚を失敗しては落ち込み、だが頑張るような彼女をいつも応援していた。そんな彼女が今は自分のことを召喚で手助けしてくれる。

 それは友達として、感極まることだった。

 そんなクレアの視界の端に学校の敷地から出ていこうとする暴走したグラディスを捉えていた。

 飛ぶことができるのだからいつかは出ていくとは思っていたが、今はクレアという脅威に立ち向かうのが精一杯だと高を括っていたので警戒していなかった。


「マミ、上と校門!」

「わかってる!」


 マミは産まれて初めて両手で同時に召喚を行った。

 片方の手では上へ逃げようとする暴走したグラディスを阻止し、もう片方では校門から逃げようとする暴走したグラディスを止めようとした。

 ただ、その先には学校があり、避難した生徒たちもいた。その中にはヒュイカもいて、彼女たちを傷付けるわけにはいかなかった。

 マミは心根が優しい少女であり、純粋であった。それ故その状況を理解したマミは無意識のままやり方もわからず手加減をしていた。

 それでは校門に向かった全ての暴走したグラディスを止めることはできず、倒し漏れが出てしまった。避難している生徒たちはこの惨状を見て召喚に恐怖を覚えてしまったのか誰も召喚を行っておらず、誰も抵抗できそうになかった。


「しまっ……!」


 誰もが絶望した。マミやクレアがもう一度召喚しても間に合わない。応戦している教師二人も間に合いそうになかった。ウォーターフェアリー五体では守り切れない。


「カエレ」


 その低い声の後、纏まった電撃が校庭を横切った。それに飲み込まれて校門の付近にいた暴走したグラディスたちは消えていた。

 その聞き覚えのある声も、召喚した電撃も、マミには心当たりのある存在は一人しかいなかった。


「遅いよ、バカトール!」

「マミ、気付いてないようだから言っておくが、随分と前からこの校庭から逃げている奴はいる。そいつらを倒しながら来たんだから文句を言われる筋合いはないぞ?」


 その皮肉を言う様子も、いつも通りのトールで、こんな時だというのにマミは思わず笑ってしまった。


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