第3話 一声(2)
「マミ、遅刻です。一限の試験は不参加扱いですね」
「はい……。一限って、何の試験でしたっけ?」
「無機物の召喚です。二限は生き物の召喚ですよ」
担任の先生がいる体育館で、見事に不参加扱いを受けた。他のクラスメイトは今も試験をしている。
石を出したり、レンガを出したり、優秀な人はとても大きな物を出したりしている。人によっては、細かい造りである宝石を出している生徒もいる。
召喚。
大体の人が十歳にもなれば使うことができる力のこと。
必要なものは数種類の契約と契約物。
石よりも宝石の方が高度な召喚になり、無機物よりも生き物の方が高度になる。
さらにいえば、犬よりも竜の方が高度だ。召喚の高度表は政府がきちんと制作している。
条件を満たすことができれば、コルニキアとは異なる世界からありとあらゆる存在を召喚できる。そこは聖晶世界と呼ばれ、幻獣と呼ばれるような存在が生きている世界と言われている。
召喚とは、端的に言えば聖晶世界から一時的にコルニキアへ生き物や物を呼び寄せる力なのだ。
召喚は聖晶世界に棲む存在にとって崇高なものであり、だからこそ召喚者の言うことを聞いてくれるのだ。
契約は召喚対象に課す条件のこと。
その条件が細かければ細かいほど、召喚できる対象は高度な存在となる。契約書のような物は必要ではなく、その内容を頭に思い浮かべればいい。
内容は生き物の場合のみ、召喚された生き物側が覚えているのだ。確認するには生き物に直接聞けばいい。召喚された生き物は位が高ければ話すことができるのだ。制限を設ければ、高度は上がる。
もう一つ必要な物は契約物。
召喚する存在に近い物ほど、召喚を成功させやすい。石を召喚したいなら砂、生き物ならその生き物の体の一部など。関係性が深いほど、成功しやすい。
だが、ただの鳥の羽根からワイバーンを召喚した人もいる。それは召喚士の力量次第なのだ。
「無機物を不参加……。お、終わったかも」
「あなた、実技は苦手ですからね。筆記はあんなに点数が良いのに」
「筆記は覚えればいいだけですから。実技は、感覚とか契約物とか、色々大変で……」
「ま、留年はないでしょうね。補講は必要かもしれませんが」
「……はい」
マミは筆記では学年でもトップクラスである。それなのに、実技はてんで才能がないのだ。そもそも彼女は召喚の理論を研究する研究者になりたいのであって、ワイバーンや、三十メートル以上のゴーレムを召喚する、ということが目的ではないのだ。
召喚士の方が世間的には有名になるが、召喚に関する何かの発見をした場合教科書などに名前が残るのは研究者の方だ。
例外として、規格外の召喚を成功させた者や、召喚で競うコロシアムなどで優勝し続ける者などは名前が残る。
だがやはり、数が圧倒的に異なり、研究者の方がお金が安定して手に入る。召喚士の資格を手に入れても、教員になるか国防軍に入らない限り、給料など手に入らない。
コロシアムである程度勝てれば話は別だが、国防軍でもトップの成績ではないと勝ち進むことなどできはしない。
マミは体育館の隅で体育座りをして、クラスメイトの試験を見続けていた。一年生、ということもあって皆無難な物を召喚している。
最上級生ともなると、学年トップの成績の人は武器などを召喚したりする。五秒ほどしか召喚維持できなくても、それはとてつもなく優秀なのだ。召喚士の試験で実技面は合格できるほどに。
マミが生き物の召喚を何にしようか考えていると、試験が終わったクラスメイトが近寄ってきた。
「マミ、一番点数稼げるところで遅刻してどうするのさ?」
「そうよ。マミって生き物の召喚って苦手分野でしょうが?」
「そうなんだよね……。実技、本当に赤点かも」
赤髪の女の子がクレア・エルファン。茶髪の女の子がヒュイカ・ケイト。さっき宝石を召喚していたのがクレア。召喚が得意な少女だ。ヒュイカは実技も筆記もこの学年では平均。二人ともマミが親しくしている友達だった。
「それにしても、筆記は良いのに実技はどうしてああも駄目なの?知識があれば何とかなるものだと思うけど」
「ほら、マミは遅刻しちゃうようなおっちょこちょいだから」
「それもそうか。知識があっても体がついていかないスポーツみたいなものね」
「……とにかく苦手なの。それに私、研究者になるつもりだから」
「研究者だって、ある程度召喚できなかったら確認できないでしょうが」
ヒュイカの正論に反論が一切できなかった。それはマミも自覚しているので、研究職を目指す専門学校ではなく、実技と共に学ぶ今の上級学校フェイデリウス校に入学したのだ。
それと、親の小言を聞かないために寮の学校に入ったというのもある。
「召喚の精度を上げたいから、四年間ここに通うことにしたんだよ」
「すぐに成果が出るわけないよね。それで、次の試験何を召喚するつもり?」
「……手持ち見る限り、蝶々か鳥かな……。あ、トカゲもできる」
カバンの中を整理しながら言って、マミは悲しくなった。持っている契約物はどれも最下級の物ばかり。やろうと思えば十歳の子供でも召喚できるものばかりだ。
「マミ、本当に蝶々召喚できるの?何持ってきた?」
「鱗粉だけど……」
「本当に蝶々なんだね?間違いない?」
こういった契約物は店に行けば買うことができる。業者が間違っていなければ、間違っていることはないはずなのだ。
「これは買った物だから大丈夫だと思うけど……」
「この前の授業の時の事件、忘れてないわよ?蝶々だと思ったら蛾で、契約内容違ったから暴走したじゃない」
「巨大化しちゃって、戻せなくなって国防軍の反喚部隊が出動してきたねぇ……」
「あれは、本当にごめんなさい」
人生でワーストスリーに入るかもしれない出来事だった。授業で蝶々の召喚が課題だったのだが、マミは事前に契約物を買うのを忘れてしまった。
そんな時、たまたま見つけた蝶々の死骸を使うことにしたのだ。羽根だけ貰い、体の部分は埋めた。
それが蛾であり、召喚で瓦解が起こり暴発した。
暴発によって召喚された存在は、特に生き物の場合契約者の意図を無視して暴れ回る。召喚しようと思った存在とは異なる場合もある。
マミの場合、蛾が巨大化して暴れ回ったのだ。
暴走するような存在は、本来召喚されるはずだった存在が召喚によって強制的に姿を変えさせられた姿なのだ。召喚によってコルニキアに居られるようになるのだが、その方法が間違っていれば暴走するのも当然の現象だ。
凄腕の召喚士になると、どんな存在を呼んだとしても暴走させることはない。一番の力となるのは、聖晶世界への理解だというのがある召喚士の言葉だ。
そんな時に駆け付けたのが反喚部隊。召喚された存在を元の世界に戻す、スペシャリスト。召喚士もいれば、武器の達人もいる。
その理由として、召喚された存在がコルニキアで存在を維持している力の源は召喚である。傷を負わせれば、召喚された時の状態とは異なってくるので歪が産まれる。ダメージを与えれば歪が広がり、存在を維持できなくなって聖晶世界へ戻っていくのだ。
「それにしてもグレイムさん、カッコ良かったねぇ」
「ね~。まさか私たちの学校に来てくれるとは思わなかったよ」
グレイムというのは反喚部隊の中でも有名な、男の一応召喚士。トップエースとさえ世間では言われている。
一応というのは召喚士の免許を持っているのだが、彼は生き物を召喚することをしない。武器を召喚して、それを持って突撃するのが彼の戦闘スタイルなのだ。
召喚士は体を鍛えるということをしない。それなら一秒でも早く、複数召喚するために修業や勉強をするのだ。鍛える暇がない、という方が正しいかもしれない。
一匹でも多く、強力な存在を召喚した方が効率的であり、自分が傷付かないというのが召喚士の基本理念なのだ。
その異端な戦闘スタイルと、圧倒的な強さから、そして端正な顔付きから女性にモテる。マミは恩義を感じても、憧れることはない。
「マミはいいわよね。グレイムさんに話しかけられたんだから」
「話しかけられたって……。一方的に怒られただけだよ。契約の内容と契約物の確認をきちんとしろって。まぁ、あんな失敗したら当たり前だよね」
暴走した存在を反喚してくれたグレイムには恩を感じて、必死に感謝の言葉を述べていた。その中には感謝ではなく言い訳も多数含まれていたからか、一段落着いた時に怒られたのだ。
怒られていた時、マミはグレイムの表情が気になっていた。怒っているはずなのに、何故か悲しそうだった。その理由はわからないが、その日は失敗したことと一緒になって悩みの種だった。
今では他人のことなので、一般人の自分にはわからないとして考えるのを諦めた。
「あんた、気を付けなよ?グレイムさんのファンの子たちに目つけられてるから」
「ああ。自分たちで暴走させて、グレイムさんに会おうとした子たちね」
「いたね。あとで理事長にすごく怒られた人たちでしょ?」
ファンの子たち五人ほどで複数人による召喚を行った。契約も適当で、契約物に至っては用意していなかったらしい。
複数人による召喚は召喚士の資格を持った者たちだけに許された方法で、それだけ失敗率が高いのだ。
ねじれてねじれた結果、真っ黒い大きな毛玉のような物が現れた。生き物なのかどうか判断できなかったが、移動が素早く、校舎に損害が出たので反喚部隊に要請した。少女たちの思惑通り、グレイムも来て、グレイムが主に討伐した。
その時のグレイムは少女たちの意図がわかっていたのか少女たちに何も言わず、怒ることもせず教師と理事長に一言だけ残してさっさと帰ってしまったらしい。
「疲れたので帰ります。生徒たちの動向には気を付けてください」
これは複数の生徒が聞いていたので間違いないだろう。その後理事長に怒られたのは理由もそうだが、校舎に被害が出たのが悪戯だったということに問題の焦点が当たった。
マミの場合授業での失敗であり、そもそも召喚した存在が蛾だったため、暴れたと言っても巨大な姿で浮かんだり着地したりを繰り返していただけだ。空高く飛んで行ってしまい、先生たちではどうしようもなかったから反喚部隊を呼んだのだ。校舎に被害は出していない。
「……思い出しちゃったから、蝶々はやめておくね」
「そうしな。ってことは、鳥かトカゲ?」
「鳥かな……。トカゲよりは評価良いと思うから。できればハーピーくらい召喚したいけど、失敗したら本当に赤点だろうし。ヒュイカは?」
「そのハーピー。鳥だと味気ないからね。もちろん普通の」
ハーピーは半分人、半分鳥のような存在だ。だがベースは鳥で、召喚する際も鳥の一部を使う。そもそも人間の体の一部なんてさすがに売っていない。使えるとしたら、自分の髪や爪、血が限度だ。
戦闘能力を持たない、通称普通のハーピーなら下級程度。コルニキアにもいる生き物よりはランクが上、という程度だ。戦闘能力持ちだと中級になる。
「クレアは?」
「ちょっと挑戦しようと思ってね。ウィンドフェアリー召喚しようと思う」
「ウィンドフェアリー⁉中級指定の存在じゃない!」
「そ。だから挑戦」
召喚できる存在でも、戦闘能力を必ず持つ個体もいる。ウィンドフェアリーもその一種だ。ウィンドフェアリー自体の戦闘能力は高くないが、希少種ということで中級だ。
上級にもなれば、炎の精霊イフリートや水の精霊ウンディーネなどがいる。上級ともなると、召喚士の資格を持っている者でも滅多に召喚しない。時間がかかるからと、純粋な力不足だ。
「成功したことは?」
「ないよー。初めてだし」
「……そんなこと試験でできるクレアってすごいね」
「刮目して待ちなさいな」
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