第25話

やまなみ賞が終わって何日か経った。

ゴーヘーは緩まない程度に乗り込みやってくれと指示が出てる。

それに合わせて毎日の仕事が進んでいく。

次のレースがどこになるかは、まだわからないけど。


他の競馬場ならクラシックシリーズみたいなものがあって、その間3歳の一線級は同じ世代だけで戦える。

でも、ここはそんなものはない。

やまなみ賞が終われば3歳はみんな古馬と一緒に走ることになる。

それを嫌ってよそに転出するのも少なくない。

もしゴーヘーがよそに出るとなれば、行った先でがっかりされないよう仕上げるだけ。

……そう思うしか、ないんだよな。


大仲で次の開催予定に目を通す。

ゴーヘーの出られるレースもあるにはあるんだが、別定戦で59キロは背負わされる。

さすがにここには使わんだろうけど……。

「お、ゴーヘーの次走が気になるか。さすが担当さんだ」

いつの間にか先生が来てた。

「次って、もう決まりました?」

「そうがっつくなって。大丈夫、きちんと次は決めてある」

しかし……と言いかけて、先生の顔に目が行く。

顔はいつものようにニコニコしてるが、目は笑ってない。

「よその賞金かっさらいに行く。ここじゃ賞金積むったってたかが知れてるからな」

「やっぱ、ゴーヘーを全国区にしなくちゃですよねー」

声がして振り返ると、アンチャンと番頭が一緒に入ってきてた。

「これで全員揃ったな。じゃあ次の目標を発表するか」

先生、少し勿体つけて切り出した。


「7月の盛岡、オパールカップに登録する。大目標のためだ」

「ジャパンダートダービーじゃないんですか」

番頭はいささかがっかりした顔をしている。

無理もない。岩手と大井じゃ注目度が違いすぎる。

「ここの賞金じゃ出られねぇよ。出したいが」

先生が顔色ひとつ変えずに言い切った。

「登録しても補欠の3番手がいいとこだろう。力は足りてても賞金じゃかなわんからな」

「それで盛岡の重賞勝ちに行くんですねー。……でも大目標ってどこなんでしょうか」

アンチャンが缶コーヒーを飲みながら先生に聞く。

アンチャンにしたって遠征となればどこに行くったって初めての競馬場ばかり。気になるよな。

「大目標な。番頭さんはもう気づいてるんじゃない?」

番頭に話が振られる。待ってましたとばかりに番頭が口を開く。

「そこ使ってなら、同じ盛岡のダービーグランプリですか」

「そういうこと。ゴーヘーだってダービー馬だ。出たってバチは当たらんだろ」

全国の地方競馬場からダービー馬が集まるレース。

もちろん勝てば全国区だ。

「しかし、そこまで間隔空きますね。賞金も足りないってことはないでしょうが……」

番頭が気になることを言い出した。確かに賞金不足で出られないのは厳しい。

去年の暮れに経験してるから、なおさらだ。

「そうなった時はもちろん路線変更さ。こっちの重賞で古馬と走ることになる」

先生がこっちを見ながら言う。

10月っていうとシルバーウェーブ記念か。古馬の一線級が集まるレースだ。

勝ち負け出来る保証はないし、出来れば3歳同士の方が楽だ。

一戦必勝ってわけか……。


「ただ、ダービーグランプリから逆算してのローテだからな。全部順調に行ってもらわにゃならんのさ」

先生はこっちを見てこう言った。

今までで一番きついオーダーが出た。

他場の重賞。さらにはダービー馬が集まる伝統の一戦、ダービーグランプリ。

相手はぐんと強くなるだろうし、輸送もある。

相当シメてかからんと厳しい。

「了解です。きっちり勝ちに行けるようにしておきます」

うんうんと先生は頷き、「もっとも、ゴーヘーが力通りに走ればクリア出来るはずさ」と言う。

「勝ち目あるから遠征かけるんだ。賞金積み上げておこうじゃないか」

どうやら、先生には今回の先までプランがあるようだ。

うんと賞金積み上げておいて、行きたいところがあるんだろう。

それまでゴーヘーをきちんとした状態にしておくのが、俺の仕事だ。

……正直、自信はないけどね。


夜飼いの時間。

今日は当番じゃないけど、手伝いが必要だろうと出てくる。

2頭持ちは俺だけ。頭数少ない分同僚の手伝いに回ることが多い。

早く飼いつけが終われば、それだけ早く体を休められる。

ゴーヘーの世話でも助けてもらってるし、こっちも出来ることはしたいからね。


飼い桶を配って一息ついてると、先生がやってきた。

「あれ、キミの当番じゃないのに頑張ってるんだねえ」

俺がいるとは思ってなかったらしい。少しびっくりした様子だ。

「先生こそ、どうしたんです?」

答えはわかってるが、わざと聞いてみる。

「食いの具合を見ておこうと思ってな。ゴーヘーはどうだい?」

「いつも通りです。今なら強度上げてもやれると思います」

先生もわかってる答えを出す。

ゴーヘーはいつものように飼い桶の飼料を完食して、牧草を水につけて食べてる。

「……バテないよなぁ。これなら思う存分鍛えられるってもんだ」

先生はニコニコしながらゴーヘーを見てる。

「……さっき言ってたその先な」

不意に先生が言いだした。

「オパールカップ使った後の出来と状態次第だが」

胸がドキンとする。

8月あたりに出せるレース、あったかな……。


「新潟のレパードステークス行くつもりでいるんだ。もう番頭には頼んである」

え……!?

中央の重賞?

「地方の枠があるのに使われてないから、うちで手を挙げることにした」

そういうことか。

「中央の馬って言ってもすごいのは上から10頭いるかどうか。後はこっちの3歳と変わらん」

「その10頭が揃って新潟に来ることはない、と」

「そういうことだ。ここ勝てたら番頭のお望み通りに全国区だぜ」

そこまで言って先生はニヤッと笑う。

「ただ、きついことには変わりがないからな。出来ることは全部やるが、最後はゴーヘー次第だ」

「はい。どっちも長距離遠征ですし、コンディション下げないようにやります」

先生はうんうんと頷き、「これ言い出したの、オーナーなんだよ」と続ける。

え?

「キミとアンチャンに大きなとこ勝ってほしいからってさ。こっちはやまなみ賞だけで十分だってのに」

そう言って先生は笑ってるが、本心じゃないだろう。

先生も大きなとこは勝ちたいって常々言ってるし、こっちの重賞だけで満足してるはずがない。

「ついでに番頭さんのリベンジもしたいとこですよね」

俺がこう言うと、先生がびっくりした顔をする。

「あれ、キミも知ってたのかい?番頭が中央に乗りに行ったときのこと」

「ええ、中山で聞きました。あのときの借りも返したいとこですよね」

「そういうことだ。だからってオパールカップも叩きじゃないからな」

「了解です。どっちも勝ちに行きましょう」

「当然だ。負ける喧嘩はしない主義だからな」

先生、そう言って帰って行った。


ゴーヘーは相変わらず牧草に夢中だ。

この食欲があれば、この先きつい稽古もこなせるだろう。

やまなみ賞の前だってきつい稽古だったが、この先はもっと強度が上がる。

暑いさなかの稽古だし、心配は尽きない。

「……なあ、ゴーヘー」

声をかけると、ゴーヘーは牧草から顔を上げた。

「これからもっときつい稽古になるんだとさ。大丈夫か?」

ゴーヘーはうんうんと頷いた。

そして前がきをする。どうやらもっと食い物をよこせと言いたいらしい。

「次は強い相手が待ってる。その次はもっと強いのがたくさんいるってよ」

残ってたニンジンの切れ端を与えながら言う。

「そいつらに勝つにはきつい稽古やらなきゃならん。お前、やれるかい?」

ニンジンを食べ終えたゴーヘーはまたうんうんと頷いた。

「やれるか。よし、頑張ってオーナーに恩返しせんとな」

そう言いながら鼻先を遊ばせる。

「だけどな、もししんどくなったらいつでも言うんだぞ。言葉わからなくてもな」

そう言うと、またうんうんと頷く。

きつい稽古に音を上げることはないだろうが、だからって調整が楽になるわけじゃない。

もしオーバーワークになりそうなときは、こっちがセーブしてやらないとだ。


……どうやらみんな食べ終えたらしい。

同僚と二人で飼い桶を回収して片付ける。

「先生から聞きましたよ。ゴーヘー、次は遠征なんですね」

桶を洗いながら同僚が言う。

「俺らも全力でサポートしますんで、勝ちに行きましょうよ」

「うん、負けるわけにはいかんもんね」

「でも、あのやんちゃ坊主がうちの看板背負って重賞獲りに行くんですもんねぇ」

「だよなぁ……」

うちに来た頃のゴーヘーを思えば、ここまで来られたかと感慨深い。

俺やアンチャン以外の言うことは聞かないし、気に入らなきゃ暴れるし。

それがダートグレードのつかないとはいえ、よその重賞を勝ちに行く。

それだけの馬になれたのかな。

俺にはよくわからない。


ただ。

どんな馬だって俺の担当だもの。

目標のレースが決まれば、それまでに仕上げるだけだ。

仕上がれば、きっと走ってくれる。

そう信じてやるよりない。


「そんな深刻な顔せんでも大丈夫ですよ。ゴーヘーなら」

同僚が俺の顔を見て言う。

「よそでも思いっきり暴れまわって、うちはすごいのがいるんだぜってアピールしてくれますから」

「暴れすぎて、ここにゃ預けられんってならんようにはしないとなぁ」

「それは困りますもんね。まあ頑張りましょう」

そんな冗談を言いながら片付けを進める。


よその重賞か……。

よし、俺も頑張ろう。

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