第2話
厩舎に馬運車がやってきた。
いよいよ、2歳馬との対面だ。
先生があれほど自信たっぷりに言うくらいだから、きっと相当な器なんだろう。
過去に見た優秀な馬を思い出し、勝手に想像してみる。
きっと見た目からすごいんだろうな。
扉が開くのももどかしく、馬に近づく。
ようこそ、ここがお前の仕事場だよ。
あれ?
ちっさいなぁ……。
見るからにでかいのを想像してたので、なんだか拍子抜けした。
馬房に入れる前に体重を測る。
……407キロ。
様子を見に来た番頭、いや調教師補佐も頭を抱えてる。
「体重管理は頭痛いなあ。しっかり食わせてやれよ」
馬運車の運転手から書類を預かった番頭はこう俺に言って厩舎に戻る。
その後を追って、俺は馬を連れて厩舎の中へ。
馬は俺に引かれて、というより自分からグイグイと歩く。
どうかすると持って行かれそうだ。
思ったより馬力ありそうじゃん。
少し、嬉しくなった。
馬房に入れて飼葉をつける。
飼い桶をセットした途端にがっついて食べてる。
これなら大丈夫かな。
後は変なクセとかなきゃいいんだけどね。
飼葉を食べ終わると、牧草の桶にも鼻先を突っ込む。
食欲旺盛だね。いいことだ。
様子を見終わって、大仲(おおなか)へ。
番頭が先生と何やら打ち合わせしてる。
飼葉つけたら勢いこんで食ってますと伝えると、先生がこっちを向く。
「あの馬の書類、キミも目通しておいて」
手渡された書類には、あの馬の情報が書いてある。
父親、一昨年の秋に用途変更になったやつだな。
母親の方はと見れば、兄弟にも近親にも活躍したのはいないらしい。
そして、母親から見れば最後の仔なのか……。
で、名前はと見れば……、ゴーヘー?
変な名前だ。
「こんにちは。いつもお世話になってます」
オーナーさんが大仲に顔を出してきた。
「今日うちのゴーヘーが着くって連絡もらったんで、顔を見にね」
うちの厩舎に何頭か預けてくれてるオーナーさん。
佇まいはどこにでもいるオッチャンだが、腰が低くて俺らにも丁寧な物腰を崩さない。
うちの先生とは中学の同級生だとかって聞いたことがある。
そんな縁であの馬はうちに来ることになったんだろう。
「それで、ゴーヘーの様子はいかがです?」
オーナーさんが先生に聞く。
「ああ、キミご案内して」
先生、まだ見てないもんだからこっちに丸投げだよ。
まあ、いつものことだけど。
さっき着いたばかりですが飼葉は完食、暴れたりはないですよ。
こんなことを言いながら馬房に案内する。
「暴れてやしないかとヒヤヒヤしてました。育成ではだいぶ手を焼かせたらしいので」
オーナーさん、ホッとした顔でこう言う。
そんな風に見えなかったが、さては馬かぶってるか。
「ただ、なつく人はいたようです。結構人を見るのかもしれませんね」
なるほど……。
ゴーヘーは俺の顔を見て身を乗り出してきた。
桶から牧草を掴んで差し出すと喜んで食いつく。
そうして馬を遊ばせながら、オーナーさんに聞いてみた。
どうして、ゴーヘーって名前にしたんです?
「本当はゴーアヘッドって名前にしたかったんです。でも、他にもうつけられてましたから」
ゴーアヘッド?
「もともとは船乗りの言葉で前進や前へって意味なんですよ。牧場でも一番小さいのにいつも先頭切って走ってたと聞いて、この名前がいいと思ったんです」
そうでしたか。でも、もうほかに取られてたと。
「ええ、でも、船乗りはゴーアヘッドって言わずにゴーヘーって言うんだそうです。なのでこれだ!と」
オーナーさん、少し照れくさそうに言った。
「たぶんもうご存知かとは思いますが、父親にとっても母親にとっても最後の仔です。なので少しでもいい成績取って前に行ってほしいですからね」
そうですね。そうなれるよう頑張ります。
そう言うと、オーナーさんはニッコリと笑った。
オーナーさんを見送ってからゴーヘーの元に戻る。
ちょうど昼飯の時間なので飼葉をつけて、体温も測る。
ついでに馬房の掃除に脚元のチェック。
脚は多少曲がってるけど、これくらいならまあ……。
もう一頭の担当馬に飼葉をつけに行く。
その間に同僚がもう一度ゴーヘーの脚元をチェックしてくれる。
こうして複数の人間が確認すると、故障の元は見つけやすい。
それでも、故障は起きるけどね。
「こら!!」
ゴーヘーの馬房から大声がした。
急いで飛んでいくと、同僚がゴーヘーに噛まれそうになってる。
じゃれてる風ではない。顔が威嚇モードに入ってる。
急いで同僚を引きずり出す。
お前、なんかやらかした?
「いや、なんもしてないす。普通に脚元に行っただけなんですが……」
こいつは若いがキャリアは俺よりはるかに上。おまけに生産牧場で働いてたこともある。
ヘマをするような奴じゃないんだが。
よしよし、大丈夫だぞとゴーヘーをなだめながら詳しく話を聞いてみるが、特に変わったことはしなかったらしい。
「結構人を見るのかもしれませんね」
オーナーさんの言葉を思い出す。
ゴーヘー、お前人見てんのかい?
誰にでも俺と同じようにしてくれんといかんのだぞ。
こう言いながらなだめてると、ゴーヘーも落ち着いたようだ。
もっとも、いつか俺にもああやって耳を絞ることがあるかもしれない。
そんなことを思いながら、ゴーヘーの顔を見ていた。
ゴーヘーは俺の顔を見て、遊ぼうって仕草をする。
遊ぶのはまた後でな。
順調に行けば能力試験まで1ヶ月。
それまで何事もなく持って行けるんだろうか。
大仲にいる先生に今のことを伝えようと戻りながら、少し不安を感じていた。
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