4 とある病院にて

 コンコンとノックの音が響く。

 入室してきたのは、スーツを着た女性だった。少々やつれた印象を受ける女性は、カウンセラーに促され、椅子に座る。

「今日はどうされましたか。」

「はい。環境の変化についていけず、体調を崩してしまいまして。」

「環境の変化とは、具体的にどんなことでしょう。」

 何故だかそわそわしている女に、カウンセラーは問う。

「はい。ええと。私は仕事をしていまして。その仕事の関係で、惑星セカンドからナインへ、異動をしたんです。それがきっかけで体調を。」

 そわそわしている女は、貧乏ゆすりをしながらせかせかと答えた。

 惑星セカンドとは、農耕が盛んな惑星でいわゆる田舎である。ネットワークが発達したこの世界において、田舎という単語は死語であるが、惑星セカンドのどこまでも広がる田畑を眺めていると、時間がゆっくりと進んでいるような、穏やかな気分になる。

 それと打って変わって惑星ナインとは、宇宙の中心と言っていいほど発展した惑星の一つである。地上には無数のビルが隙間なく生えており、それでも足りぬと、建造物たちは空の一部さえ覆いつくしている。ひっきりなしに入港する宇宙船の列は、地上からまるで天の川のように見える。

「なるほど。それは大変でしたね。セカンドとナインとでは、生活スタイルも全然違うのではありませんか?」

「ええ。ええ。そうなんですよ。ナインの人々はみんなせかせかしていて、私のペースを乱すんです。とても生活し辛いのです。ああ、セカンドが恋しい。」

 うなだれる女性。しかし、突然背筋を伸ばし、カウンセラーに向き直り、こう告げる。

「私は、こんなところでこんなことをしている場合ではないのです。早く体調を治し、仕事に戻らなければならないのです。カウンセラーさん、私を早く治してください。」

 取って食うような勢いで激しく迫る女に、カウンセラーは優しく語り掛ける。

「焦りは禁物ですよ。焦ってしまうと、何もかもダメになってしまいます。一つのことを続けるうえで、休息は必ず取らなければなりません。今回は体調を整える為に、休暇を取ってはいかがでしょう」

 カウンセラーの言葉に、納得した様子を見せた女。しかし、今度は深刻そうに言う。

「いえ。そういう訳にはいきません。私は今非常に重要な仕事を任せられているんです。」

「そ、そんなに重要なお仕事を任せられているんですか。いったいどんなお仕事でしょう。」

 あまりにも深刻そうであるため、カウンセラーは少しひるんでしまう。ひるみながらも、カウンセラーは女のストレスの原因を探る。

「惑星ナインの北エリアと東エリアに入港するすべての船舶の管理を任されています。この船は何を積んでいるのか、この船には誰が乗って誰が降りるのか、などなど。やることは山積みで、責任も山積みで。あはは。」

 女は力なく笑う。カウンセラーは驚きを隠せない。女は発言を続ける。

「ここで仕事を休んでしまうと、大勢の人に迷惑をかけてしまいます。なにより、会社に迷惑をかけるのだけは避けたいんです。早く仕事に戻らなければ。」

 環境の変化だけでなく、仕事の責任も女を苦しめていることが分かった。それらが分かった上で、カウンセラーは休息の必要性を語る。

「休息をとらなければ、体を壊してしまいます。病気にかかって、パーツの交換や、化学プラントの植え替えを行うとなると、入院等でかなりの時間を消費してしまいます。ここで休暇をとれば、時間の消費は最小限に抑えることができます。」

「いや、しかし・・・。」

 そういうと女は俯き、黙ってしまった。

そんな女に、カウンセラーは優しく問う。

「最近、眠れていますか。」

 女は俯きながら、無言で首を横に振る。

「少しだけ、眠ってはいかがでしょう。あなたは今、冷静な判断ができていない。こちらでベッドを用意いたしますから、都会のことも仕事のことも忘れて少しだけ休みましょう。」

「分かりました。」

 女は、俯いたまま答えた。

 カウンセラーが立ち上がると、女も続いて立ち上がる。

 カウンセラーが前を歩き、女をベッドルームへ案内する。

長い廊下を歩きながら、カウンセラーが女に話しかける。

「仕事は、楽しいですか。」

「ええ。とても楽しいです。自分で言うのも何なんですが、仕事の適正は抜群に良くてですね。ただ、本当にナインの景色には驚いてしまって。」

「あはは。無理もありませんよ。休暇を取って、ゆっくり休めば、きっと落ち着きますから。」

「・・・。」

 会話をしながらしばらく歩くと、ベッドルームに着いた。

 カウンセラーが扉を開け、女が入室する。オレンジ色の光がぼんやりと灯る空間には、ベッドが一つ置かれている。

「いい香りがしますね。」

「リラックス効果のあるアロマを焚いております。」

 カウンセラーが、説明しながら布団をはぐると、女はマットレスに腰掛け、靴を脱ぎ横になる。そして、カウンセラーが布団をかける。

 ふかふかの布団に包まれた女は、目を瞑った。




 女は目を覚ました。

 横を向くとカウンセラーが椅子に座り、読書をしていた。

 カウンセラーは女が目を覚ましたことに気づき、読書をやめる。

 カウンセラーは女に声をかける。

「スッキリしましたか」

「ええ、とてもスッキリしました。」

 女は起き上がる。

 カウンセラーは立ち上がり、女の下へ歩み寄る。

 女は、恐る恐るカウンセラーに聞く。

「私、何日間寝ていましたか?」

 カウンセラーはくすりと笑い、答える。

「三十分ですよ。」

「た、たったそれだけですか。」

 女の顔は赤くなる。それを隠そうと、布団で顔を覆う。

「どうです。今後のために、休暇を取られては。」

「・・・いいかもしれませんね。」

 布団にくるまりながら、恥ずかしそうに女はそう答えた。

 二人はともに、あははと笑った。

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