アナザー冥土〜異なるあの世〜

アリエッティ

間違いエンディング

 「オメデトーございますル!

 貴方は今宵、素晴らしき住人となったのでスゾ!!」

意識は朦朧としていた。感覚を無視して瞼が薄く開くから、可笑しなモノが視界に紛れ込んで来た。

(タコ‥いや、人‥でもないな。取り敢えず可笑しな顔、真っ赤で口が大砲みたいに尖ってる。)

 いつからここに居る?

アイツは今宵って言ってた、て事は今日の夜からか。

今日っていつだ?ここはどこだ?

ていうか‥僕は、誰だ…?

「あれ、オカシーですゾ。ぴくりとも動かナイ、ドウシタのデショ?」

タコ男は僕の疑問とは違う疑問を抱えて間抜けなカオで覗き込んでる。

‥こっちから、はなしかけてみるか。


「‥おい。」 「うわぁ、喋った!」

驚いてる、表情の豊かな奴だ。

「ここはどこだ?僕は、お前は‥誰なんだ…?」

「…‥ニヤリ。」

笑った?

なんでここで笑う、変な奴だ。

「ここがドコでワタシが誰か、そして貴方は何モノなのカ。」

「一遍に説明するマエに、改めて言いマショウ。」


「オメデトーございますル!

貴方は今宵、素晴らしき住人となったのでスゾ!!」

一言一句違わず云って来たか。‥あぁ駄目だ、また‥意識が…。

「サァという訳で御座いまシテ!

早速説明に入るのでスガその前に‥ってアレ?」


「マタ、気を失っテル…?」

「まぁいいヤ、倉まで運ンデ‥。」

タコ男はがっくりと肩を落とすも直ぐに顔を上げ、軽く頷き周囲のモノに指示を煽る。

「いよっ」一つ目の大柄な男が高らかに口笛を鳴らす。

『ヒヒィィン!!』


 浮世絵を形にした馬の様な四足の不

気味な生き物が古臭い町並みの土を蹴り上げけたたましく駆け寄る。

「よっ‥と。それじゃア麒麟、彼を頼む。」

麒麟と呼ばれる其れは意識の無い青年を背に乗せ、再び土を蹴り駆け出す。

「サテ、私は釈迦サマに報告といクカ‥。」

タコ男は土を巻き上げ、姿を消した。


『ヒヒィィン!!』

 背中の客人を重んじる事も無く地を抉り町を跳ねる。暫く駆けた後、麒麟は角にある目的地と思しき小さな倉の戸を、透ける様に突き破り中へ入る。

『ヒヒィン!』 「お、来たか!」

倉の中ではツノを生やした緑色の大柄な男が隆々な躰を露わにし酒を食らっていた。

「有難よ」

男は麒麟に礼を言うと、青年を背から下ろし、自らが佇む畳の上にそっと置いた。

「お疲れさん、それ魚だ。」

『ヒヒィン!』

待ってましたとばかりに声を上げ魚に喰らいつく。

「元気だな、もう行っていいぞ?」

『ヒヒィン‥ばちん!』

大きな音を立て弾け、原型を液状に崩しながら倉を出ていく。

「さて、次は俺の番だな。‥この男があいつの云ってた新入りか、先ずはどう起こすかだな。」

意識を完全に失い、ぴくりとも動かない。

「手荒な真似は出来ねぇよな、何せあの〝釈迦サマ〟のお墨付きだ。」

拭えぬ程の墨の字を、知らぬ間に纏っているようだ。

「仕方無ぇ、先に飯の支度するか!」

あっけらかんと横たわる男を放置し、他の作業を始める。深く物を考えるのは苦手なのだろう。


 「どろん‥ふぅ着いタ!」

 煙を噴き上げ現れたのは赤い顔のタコ男。頭上には真白な神秘漂う階段が連なり何処かへと続いている。

「いつ来てモ高イナ。ささ、報告ダ!」

高さにこそ驚きを見せたが、それを登る事に抵抗は余り無いようで、さくさくと軽快な音頭で駆け上がり、幾分も経たぬ内に頂点へと達する。

「釈迦サマいまスカナー?」

階段の先には円形の台座が鎮座され、上から幕が下りている。

幕は薄く内側を覗かせ、何者かが台座に腰を下ろせば、人影を模す鏡となる。


しかしこの男にそれを確認する度量はなく‥。

「釈迦サマー!釈迦サマー!」

幕越しに叫き散らし名前を呼ぶ、これをここに来る度にやっている。迷惑を被る行為だが暫く経つといつも幕の内側には、薄い人影が浮き出し声が止むのを待っている。今回も其れは同じ事

「釈迦サマー!」「釈迦サマー!」


待てど止まないその声を、台座に指を立て弾く事で霧散させる。

「釈迦サ‥マ…あレ?」人影に気付く

「漸く口を閉じたか、毎度毎度やかましくて敵わん。」

「せめて音の加減をしろ。」

幕を上げて顔を見せる事は滅多に無く、返事をしつつも布を介した面会を続ける。故に〝釈迦サマ〟という名前を知っている者は多々いるが、容姿を把握している者は極端に少ない。

「で、何のようじゃ?」

「何のヨウっテ!

御報告に参りまシタ、釈迦サマの仰った〝例のモノ〟町に降りまシター!」

「‥そうかい、無事着いたか。近いうちに逢いたいが、先ずは慣れさせてからじゃな。それから〝様子見〟じゃ」

町に来るのは当然だと、以前から知っていた風な物言いで納得する釈迦サマ。言い回しから察するに向こうがやってきたというよりは〝こちらから呼んだ〟に近い意味合いなのだろう。


「奴は今何処に?」

「チョウヂョウの倉にいマス!」

「そうか、ならば粗方の支度は終えているな。」

「カモでスネー!」

「お前も飛ぶのじゃ、あそこへ案内しろ。」

「あそこでスネ‥わっかりまシター!」

どろんと煙を噴き上げてタコ男は姿を消した。

「影響を‥受けなければいいのじゃが」


チョウヂョウの倉

「ん…。」

どこだここ、家?

さっきまで外にいた筈じゃ‥。

「お、目ぇ覚めたか!」

誰だこの人‥人?

緑色で、角が生えてる。さっきはタコがいたけど、今度は…鬼?

「飯、出来てるぞ。」

目を開く度に景色は変わるが、それのどれもがおかしな風景。退屈はしないだろうが穏やかでは無い。

「飯‥って、何?」「飯は飯だ。」

「食え、美味いぞ」「…‥。」

男はそう云うが、どうも気が進まない。

「どうした、毒なんか入ってねぇぞ。遠慮しねぇで食えったら」

‥見た目が普通の飯なだけ、怪しいんだよなぁ。

「…‥」仕方ない、食べてみるか‥。

箸を取り、おそるおそる口へ運ぶ。

「‥美味い!」「そうだろ?」

想像を絶する美味さ、箸を止める事を拒むほど舌に合い、胃袋を掴んだ。気がつくと茶碗は空になり、総ての献立を平らげていた。

「ふっー」すっごい美味かった。

「‥異常は、無さそうだな」「へ?」

他愛無き独り言か、意味深な呟きか、判断しかねるよりも前に台所へと消えていった。

「やっぱりマズイもの食べさせられたんじゃ‥」

「どろん!」「わっ!」

焦りと不安の応えを教えたのは鬼男では無く以前の赤いアイツだった。

「お久しぶりデス、元気でシター?」

「タコ男‥なんでここに。」

「アリャ、全部たいらげたミタイデスね。それでも町の影響はなさソーダ」

町の影響?何の事だ?

「やっぱり何か入ってたのか‥。」

「入ってまセンヨ?」「え…じゃあ」

 タコ男は相変わらず人の言葉を無視し、事態の説明を始めた。

「貴方が此処にイルのは偶然デス。本来行くベキだった処から逸れて偶々着いたのガこの町。」

「たまたま?

僕は何処かへ行く予定だったの?」

「ハイ、本当はもっと広くて素敵な処に行くハズが、手違いでココヘ」


「一体何処に‥?」「天国デス。」

「天国‥!?」

理解が追いつかず、思考が働かない。

「死んだ貴方の魂は天国へ向かうハズが移動中に弊害あったのでショウネ、この町に流れてキマシテ。」

死んだ‥僕が?

「ちょっ、ちょっと待ってよ!

なんで僕が天国に、何が原因で死に‥」


「ワカリマセン。」「なんで‥!」

「セイシキに天国へ向かえバ死因として処理されルノでショウが、この町に降りたった時点デ生前の記憶はマッショウされ無いモノにナリマス。」

〝死んだ〟という事実すらも無くなる。生も死もない〝無〟の存在。

「ダカラ私は貴方に云いまシタ、おめでとう御座いますと。町へ来た事を労う、そして生前のキオクを消すコトが、せめてもの礼儀ナノデス。」

「……」

納得は出来なかった、だが悲しみという感情が素直に湧かなかった。目の前にいる者が、人間離れしているせいか、己が人から遠ざかっているのか。

話を聞いて男は、泣くでもなく、憤る訳でも無く、静かに問いかけに興じた。

「僕の名前は?」

「この町ではセイメイと。」

「セイメイ‥」

死んでるのにセイメイか。

「ここから抜け出す方法は?」

「ありまセンヨ、貴方は天国へ行けなかった。死にシッパイしたのデスカラ。」

「君は誰‥?」「私は朱廼坊。」

「この町の案内人、あの世でいう死神デス。」

「死神‥。」想像と異なり過ぎる。

普通の天国とはやっぱり違うのか‥。

「他に聞く事は‥っと」

頭の中の疑問を添削し、導き出す。

「あ、そうだ。さっき御飯食べたとき、町の影響がどうとか。」

「アラ、そういえば説明してまセンでシタ。」

重要な事柄として死神に届いた。

「ここに来たモノは普通にしていテモ町の影響を受けるのデス。」

「主にどんな?」「ハイ」

「一番ワカリ易いノガ姿の変化、町の空気を吸ったり、モノを食べる事で異形なモノに変わリマス。」

「異形なモノに。」「ソウデス。」

町に来てから奇妙なものしか目を通さない為、異形の基準は曖昧なものになっているが、町の住人は徐々に変化を遂げているようだ。

「しかし貴方はこの町に来てからイッサイ変化ぎ見られナイのデス。空気を吸っテモ飯を食べテモ。」

しかしセイメイには逆転の疑問があった、自らに変化が伴わない事より、住人について。


「シュノボウっていったかな、一つ聞いていい?」

「ハイ?」

「住人は沢山いるけど、一体どれが変化した人達なの?」

「……」 「どした?」

シュノボウは目を丸くして唖然としている。

「セイメイさん、何イッテるんデスカ。貴方が見た町の住人、皆んな人間デスヨ?」

「えっ‥?」「正確には元デスが。」

「住人ソレラ総てが町にアテラレテ変化してルンデス…。」

生唾をごくりと飲み、噺を終わらせようとセイメイはシュノボウに最後の疑問を投げかける。

「この町の、名前は‥?」

「マチの名前‥セイカクな名はアリマセンがこう呼ばれてイマス。」


「アナザー天国」

セイメイは、この町に来た事、自らの死の失敗を改めて理解した。

















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