第71話墨洲の告白2


 さてさて。


 嫉妬。


 羨望。


 悪意。


 憧憬。


 欲情。


 敵意。


 そんな視線に晒されながら僕と秋子は昇降口から教室まで練り歩いた。


 さもあらん。


 薄着になった制服のせいで秋子のワイシャツの胸部は特盛だ。


 ブレザーの時よりさらに過激になっていた。


 変幻自在に形を変える辺り、もはや兵器と呼んでいいんじゃなかろうか。


 これはこれで一つの力かもしれない。


「…………」


 ま、そのせいで僕にやっかみの視線が集まるんだから、なんだかね。


 教室に入ればそれらの視線は消え失せる。


 さすがに二、三ヶ月ほどイチャラブしていれば、


「またあいつらは」


 と思ってしまうものなのだろう。


 クラスメイトの中には秋子に下心を持っている人間もいたにはいたけど、今となっては過去のモノ。


「春雉と秋子は二人で完結」


 そんな不文律が出来上がっている。


 多分に諦観と微笑ましいものを見る目とが、クラスメイトの概ねの処世術だ。


 例外もいるにはいるけどね。


「おはよ。秋子さん。春雉」


 総一郎が気さくに挨拶してきた。


 黒髪ショートのツンツン雲丹頭のリア充。


 さっき言った例外が此奴。


 ともあれ、


「おはよ」


「おはようございます」


 見知らぬ人間でもないので挨拶を返す。


「結局ヘラクレスアバター幾らで売れた?」


「秘密」


 教える義理もない。


「ふーん。まぁいいけど」


 あっさりさっぱり言い切る総一郎。


「ところでさ。秋子さん」


「何でしょう?」


 僕の時と違い丁寧な口調になる辺りATフィールド全開と云った様子だ。


「今度超過疾走システムのアシストのコツを教えてくれない? 同じイレイザーズのギルメンのよしみでさ」


「それなら私に聞くより雉ちゃんに聞いた方が良いですよ」


「まぁそう言わずに」


「私から教えられることはありません。オーバードライブオンラインについてなら雉ちゃんか夏美ちゃんに教えてもらってください」


 そう言って僕の腕にギュッと強く抱き付く秋子だった。


「……ふむ」


 チラリと。


 少しばかり。


 総一郎の眼に苛立ちが光ったのを僕は見逃さなかった。


 秋子は気づいていないだろう。


「じゃあ春雉。教えてくれるか?」


「僕でよければ」


「じゃあまた後で」


 そう言って総一郎は僕と秋子の前から立ち去り、スクールカーストの天辺のグループに入り交じった。


 誰も彼もがオシャレや化粧に力を入れているクラスのトップグループだ。


 総一郎もその一人。


 ツンツンはねた雲丹頭。


 だらしなく結ばれたネクタイ。


 腰の下までおろされたパンツ。


 まぁ年齢的に鑑みて特別意識するほどのことではないけど、秋子の価値観に立ってみればこれがいけない。


 秋子はチャラい男子に嫌悪感を覚えるのだ。


 つまり総一郎は盛大に自爆していることになる。


 言わないけどさ。


 チャラ男を演じることでスクールカーストの最高位にいるというならば、それも一つの処世術だろう。


 少なくとも秋子はともあれ他の女子には総一郎は人気だ。


 それだけで価値があるのだろう。


 僕には理解できないけど涙ぐましい努力だ。


 いっそ泣けてくる。


 閑話休題。


「ほら秋子。自分の席に着く」


「うん」


 素直に頷いて秋子は自身の席へと向かって行った。


 僕も自分の席に着く。


「おはよ」


「おはようございます」


 お隣同士挨拶を交わす。


 僕と夏美。


「暑くなってきたね」


「ですね」


「昨日サマウォ見たよ」


「どうだった?」


「古典映像作品として面白かった」


「でしょ?」


 夏美はオタクだ。


 それも重度の。


 デザイナーチルドレン故に、スクールカーストの最高位にいてもおかしくない逸材だけど、キュアプリについて熱く語ってドン引きされた過去を持つ残念な感性の持ち主でもあった。


 合掌。


 そしてウェストミンスターチャイムが鳴る。


 朝のホームルーム開始だ。


 ……………………寝よう。

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