第70話墨洲の告白1


「あー。うー」


 缶コーヒーを飲みながら僕はだらだらと瀬野三に向けて登校中。


 カフェインが効きだすまでもう少しかかる。


 起きた時に目覚ましコーヒーを振る舞ってもらったけど、それとは別口でコーヒーを飲んでいる始末。


「なんで学校行かなきゃなんないの?」


 哲学的命題だ。


 およそ全ての子どもが一度は考える疑問。


 ありとあらゆる不条理の中でも最大級のソレだ。


「あー。うー」


 だらだら。


「もうちょっと早く起こした方が良かった?」


 幼馴染のそんな声。


 隣を歩いている。


 言うまでもなく秋子だ。


「むしろ寝せたままにしてほしかった」


「駄目だよぅサボりは」


「だいたい学校行かなくても自立できてるし僕……」


「だけど大学まで行こうよぅ。楽しいよ?」


 どうだかね。


 コーヒーを飲み干して余った缶を量子化する。


 すると、


「えい!」


 と掛け声一つ。


 秋子が僕の腕に抱き付いてきた。


 六根清浄六根清浄。


「こら。調子に乗らない。離れる」


「うぇへへぇ……雉ちゃん雉ちゃん、大好きだよ?」


 顔を赤らめて幸せそうな秋子だった。


 腕を振り払う気も失せる。


 というか本当に僕は、秋子や量子が惚れるほどの美少年なのだろうか?


 図に乗っていいのだろうか。


「ううむ」


 ちょっぴり悩んだけど破却。


 毎日鏡で顔をあわせてるけど、僕には魅力的に見えないし。


「きーじちゃん?」


「な~に?」


「何でもないっ」


「でっか」


「えへへぇ」


 安いなぁ。


 秋子はさ。


「きーじちゃん?」


「なんでがしょ?」


「秋子ちゃんにばっかり構わないの」


「しょうがないでしょ」


「しょうがなくないよぅ」


「んなことさえないよ」


 ちなみに声の主は秋子じゃない。


 そして立体映像が虚空に投射される。


 ゴッドアイシステムの応用だ。


 薄紫の髪をした美少女……のアバター。


 対外的変装を施している量子だ。


「仕事は?」


「暇を貰ったから愛に来たの」


 ん?


 今のセリフ、ちょっと変換間違っていたような気がするけど誤聴かな?


「とまれ」


 と量子。


「私も学校通いたい」


「あ~、あるよね。芸能人御用達の学校って……」


「そうじゃなくて」


「じゃなくて?」


「雉ちゃんとスクールライフを送りたい」


「それは……ちょっと……」


 まぁアバターで登校している生徒もいるけどさ。


 そういうのは例外で基本的にコミュニケーション……人間の輪の作り方と対処の仕方とを学ぶため生きている人間にこそ教育が必要なのだ。


 かっこ僕を除くかっことじ。


「こうやって登校を一緒にしているとやっぱり私も雉ちゃんや秋子ちゃんと一緒に学校に行きたいなって」


「上の人に聞いてみれば?」


「けんもほろろ」


 既に提案はしたらしい。


「秋子ちゃん。雉ちゃんを独占したら駄目だからね?」


「や」


 子どもか。


 子どもだね。


 まだ高一の僕らです。


「雉ちゃんも秋子ちゃんにデレデレしない」


「しているように見える?」


「うーん。思考地図見るわけにもいかないし……」


 物騒なこと言うね。


 もっとも、量子とて僕と秋子の事情には精通しているだろうから、本気で言ってるわけじゃなかろうけど。


「じゃあ私はそろそろ次の仕事いかなきゃ」


「あいあーい」


「ばいばーい」


 僕と秋子はヒラヒラと手を振る。


「なんだかなぁ」


 と不満を残して量子の立体映像は途切れた。


 ヒュルリと夏の風が吹く。


「風と共に去りぬ……か」


「雉ちゃん? 二人きりだね?」


 ギュッと僕の腕に抱き付いたまま嬉しそうに秋子。


 そうですねー。

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