第5話彼氏の事情5

「雉ちゃん、雉ちゃん」


「…………」


 ん~。


「起きて。昼休みだよ?」


「むに……」


 昼休み?


「キスしちゃうよ?」


「止めて」


 一瞬で覚醒する。


「冗談冗談」


 くつくつと秋子は笑っていた。


 相も変わらず僕への扱いに長けた奴である。


「くあ……」


 欠伸。


 首をコキコキと鳴らす。


「もう昼休みか……」


「よく寝てたね」


「ああ、後で授業内容を並列化してちょ」


「うん」


 持つべきものは良き友人。


「やっぱり昨夜も?」


「ああ、オドに潜ってた」


 カチャリと音がした。


 隣で弁当を食べていたクラスメイトが箸を落とした音だった。


 こちら側に転がってきたので拾ってやる。


「信濃さん、どうぞ」


 僕は信濃さん……信濃夏美しなの・なつみさんに箸を渡した。


 信濃さんは赤い髪に赤い瞳をした美少女だ。


 髪はショート。


 瞳はルビーの様。


 胸は残念だけど、お顔の印刷が良いので男子にはよくモテる。


 入学早々新入生としての人気を秋子と相半ばしているヒロインだ。


 知ったこっちゃないけどね。


「箸を洗うのは自分でやってね」


 そう付け加えて、僕は量子変換によって秋子作の弁当が僕の机に具現化したのを見て取った。


 一人分には多い量。


 当然だ。


 僕と秋子の兼用であるのだから。


 そして、


「いただきます」


 と一拍。


 秋子と一緒にモキュモキュと弁当を食べる。


「どうかな雉ちゃん。美味しい?」


 だから今更だって。


「美味」


「えへへ」


 くすぐったそうに笑う秋子。


 お安いね君は。


 まぁ実際美味しいし僕の胃袋は秋子に支配されているため文句をつける義理も無いのだけど。


 そんなこんなで秋子と昼食をとっていると、


「あの……」


 と隣から声が届いた。


 信濃さん。


 信濃夏美さんだ。


 赤い短髪が揺れる。


 赤い瞳孔に僕が映る。


 黒髪黒眼の冴えない男子。


 土井春雉が。


「ん? なぁに?」


 おにぎりを嚥下して僕は返す。


「オド……って?」


 そんな質問。


 そういえば僕がその言葉を口にした直後に信濃さんは箸を落としたね。


 よく考えれば、あの時信濃さんは動揺したのだろうか?


「オーバードライブオンラインってネトゲ。それが?」


「オド……やってるの?」


「ということは信濃さんもやってるの?」


「うん……。始めたばっかりだけど」


「ふーん」


 特に感慨を覚えるわけでもない。


 僕は九割九分ソロプレイだから特に意識することもなかった。


 ので、閑話休題。


「やっぱり秋子の出汁巻き卵は美味しいね」


「雉ちゃん……ありがと……」


「お礼を言うべきはこっちだけどね」


「そんなことない。雉ちゃんが食べてくれるだけで私は幸せ。その上、美味しいって言ってくれて至福。そのためだけに私は雉ちゃんのご飯を作ってるの」


 さいでっか。


「あの……土井さん……?」


 これは信濃さん。


 赤眼に映るは動揺と慎重。


「オドでのレベルは?」


「52」


 僕は一桁切って捨てた。


 本来のレベルを言えば多分ドン引きされる。


 別に引かれてもいいけど興味を持たれる方が面倒だったので嘘をついたわけだ。


「ふぅん……。52……ね」


 納得したのかしてないのか。


 そこはわからなかったけど、それ以上は突っ込まれなかった。


 僕は秋子の弁当に意識を戻す。


 おにぎり。


 ポテトサラダ。


 肉巻きアスパラガス。


 エトセトラエトセトラ。


 締めに水筒に保管されていた味噌汁。


 うん、体が温まる。


 味噌汁の是非について秋子が恐る恐る問うてくる。


「どう……かな……?」


「美味しいよ」


「そっかぁ……」


 何度言ったかわからない擦り切れた言葉を大切な宝物として心に秘める秋子だった。


 悪い気はしないけどさ。

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