兄弟

Sumi

第1話

 ガタガタと馬車が揺れている。久しぶりの再会だというのに、馬車の中には重苦しい沈黙が立ち込めていた。それもそうか、と私は良く回らない頭で考える。隣に座っている、黒衣に身を包んだ彼は、無表情で外を見ている。と、思うと切れ長の瞳をついと動かして私に向かって微笑んだ。この男は私の兄だ。残念なことに顔は全く似ていないが。


「疲れただろう。飲み物でも飲むか。」

 私はよっぽどひどい顔をしていたのか、兄がそう言ってくれた。彼の好意を、有難く受け取ることにする。ごくりと喉を鳴らせば、なんだか少し気分が落ちついた気がした。知らず知らずのうちに、緊張していたのか。


 父の訃報は、あまりにも突然だった。数日前から体調を崩していたことは知っていたが、たいしたことはないだろうと見舞いにも行かなかった。あとから聞いた話だが、兄は父の見舞いに何度も屋敷を訪れていたらしい。それを聞いて、私は後悔した。父は一度も見舞いに訪れない次男のことをどう思っただろうか。また、少し意外にも思ったものだ。記憶の中の父と兄はいつだって仲が悪かったから。


 私にはいつだって優しかった父は、兄の前では別人のように意地悪になった。その証拠とでも言うべきか、私たちが成人すると父は兄に辺境の領地しか分け与えなかった。私には栄えている中心地をくれたというのに、だ。そのせいか、兄の生活は苦しいと風のうわさで聞いた。その兄が父の見舞いに行くなんて。


 そういえば、父の遺産も兄には少しも与えられなかった。最後まで看病したのは兄だというのに。遺書を読みながら、なんとも複雑な気持ちになったものだ。父の莫大な遺産は、そのほとんどが私のものになっていた。



 馬車が大きな音を立てて揺れた。その音ではっと意識を取り戻す。先程飲み物を貰って安心したせいか、いつの間にか微睡んでいたようだ。がたがた、と揺れる感覚に少し酔いそうになる。御者の操縦が荒いのかもしれないな、と私は呟いた。日が落ちたせいか、辺りは薄暗い。ひんやりとした空気が肌を刺す。


 父の訃報に急いで駆けつけた私は、自分が思っていた以上に衝撃を受けていたらしい。自分の邸に帰るのも億劫だと零した私を叱りつけたのは兄だった。馬車で邸まで送ると言ってくれたのも、きっと兄なりの優しさなのだろう。


 また馬車が揺れる。それにしても、私の邸までこんなに時間がかかっただろうか。それに私の邸の前の道は綺麗に舗装されて、こんなに揺れなかったはずだ。田舎の辺境地でも無い限り、こんなに揺れはしないだろう。そこまで考えて、私ははっと息を呑んだ。兄さん、と震える声で呼びかける。


「この馬車はいったいどこに向かっているのですか?」

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兄弟 Sumi @tumiki06

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