零と芽生 ショッピング① 

「兄さんっ。次はあっちですよ!!」


「待て、兄さんもうこれ以上は持てないんだが」


 ショッピングモールの中で一組の男女が早足で歩いている。一人はモール内の地図を確認後ちゃっちゃかちゃっちゃかと動き出し先に歩いている。遅れて両手に食料品などを詰め込んだバッグを持っているもう一人が追走するが、その表情は疲れ切っていた。


 休日。カップルならデートをするが、家族なら何をするだろうか。親がいる家庭であるならば、どこかに出かけるのかもしれない。あるいは家でゆっくりと休んでいるのかもしれない。しかし、大月家は両親が海外で働いているため休日はほとんどの場合買い出しに出向くことになる。

 普段は長女の芽生が近くのスーパーマーケットで買い物を済ませているのだが、今日に限って何やらいつものスーパーから少し遠いところにあるショッピングモールで大感謝セールかなにかが行われているらしく、唯一の男手である零が連れ出されていた。


「でもまさか、ここまで混んでるとは……」


「今日は土曜日ですからね。それにセールがあるのもあっていつもより人がかなり多いですよ」


「なるほど……それでこんなに混んでるのか……」


人混みはあまり得意ではない。はぐれたりすれば面倒だし。何より暑苦しい。


「じゃあ兄さん。はいっ」


「ん?」


 何やらこちらに向かって手を差し出してくる芽生。意図が分からずぽけっとしていると、


「もうっ兄さん! 良いですか?」


「お、おう」


「人が多いですよね!」


「まあ、そうだな」


「はぐれたりしたら良くないですよね?」


「それは、そうだな」


「じゃあ、はいっ」


 再び手を差し出す芽生。ああ、成る程。


「芽生さんや。兄さん両の手がすでに予約でいっぱいなのですよ。これを見てくださいな。こんなに荷物を持ってるんだぞ?」


 そう言って両手に持っている大量の荷物を持ち上げる零。どこにも芽生の手をつなげるスペースなど無い。


「兄さんなら大丈夫です! 片手で私と手をつなぎながら片手に荷物を持つことくらい!!」


 無茶言うんじゃありません。もげます。間違いなくもげます。


「無理です」


「できます!! じゃなきゃ私はここで意図的に迷子になります!!」


 めんどくせぇ!!


 がんとした態度で手つなぎを所望する芽生。その目からは絶対譲らないという覚悟さえ読み取れる。


「……はぁ。分かった分かった。じゃあこれでどうだ?」



     ★  ★  ★  ★  ★




数分後、片方の手にそれぞれ一つずつ荷物を持ち、空いた方の手で手をつなぐニコニコ顔の妹と複雑そうな表情をした兄がショッピングモールの中を歩いていた。


「流石兄さん。天才ですね」


「俺はこれで妥協しちゃった自分が嫌いになりそうだよ……」


 なんだかんだ言って妹の要望を聞くあたり相当甘い零なのであった。


「で、これからどうするんだ? まだ他の店に行くか?」


「あ、それが私兄さんと行きたいところがあるんですよ」


 そう言って、芽生は零の手を引きながら進んでいくのだった。




                          ……カフェ編に続く。


 







 

 

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