零と芽生 妹①
「兄さん兄さん」
大月家の料理担当は二人いる。一人は自分こと
そしてもう一人、我が家の料理担当が話しかけてきたところである。
「ん?どうした
時刻は夕方5時30分。そろそろ夕ご飯を作り始める時間。ちなみに今日の担当は芽生。得意料理は洋食系全般。
「今日は二人で作りませんか?夕ご飯」
「いつもみたいに分担じゃなくか?」
「はい。たまにはどうかなー……なんて」
そう言って少し恥ずかしそうにはにかむ芽生。
「ま、そうだな。たまにはいいか」
特に断る理由もないため了承する。というか別に料理自体は嫌いではない。
「それじゃ、何作る?昨日は洋食だったから今日は和食がいいか」
大月家ではその日の料理担当が献立を決めるのが絶対のルール。作ってもらう者には選択権はないのだ。
「そうですね。ごはん、味噌汁、あとは……」
「冷蔵庫に刺身があるぞ。安かったから買っといた」
学校帰りによった魚屋で買ったものである。本日釣ったばかりの大変新鮮なやつらしい。
「流石兄さん、準備が早いですね!じゃあそれで作っちゃいましょうか」
「おう」
普段から料理慣れをしているためその手際はいい。零がごはんを研ぎ、芽生が味噌汁の準備に取りかかる。トントントン……とキッチンに包丁の音が響く。
「そういえば芽生はこの前のテストはどうだったんだ?」
「テストですか?いつも通りといった感じですね、可もなく不可もなく」
「ま、芽生なら心配入らないか」
「あ、でも友里恵ちゃんがテストを返してもらったあと青い顔してましたね。あれは多分なかなかの結果ですよきっと」
「あいつ……最低でも基礎はやっておけって言っといたのに……」
他愛もない会話をしながらも二人の手が止まることはない。元々家事をやっていた零は勿論、零に料理を教わった芽生はそろそろ師匠の腕を抜きそうなレベルに到達しつつあったりする。
「ぁ、兄さん」
「お?どうした?」
見ると、冷蔵庫から出した切り身を手にこちらを向いていた。
「えっと、これの切り方がよく分からないんですけど……」
「刺身の?」
「はい、平切りをするって言うのは分かるんですけど……」
「やりかたか。確かに若干癖があるからな」
「はい。なので……」
「おう、じゃあ俺がやっちゃうから芽生が――」
「いえ、あの、教えて欲しいなぁ……なんて」
何故に頬が赤いのか。まあ、できないのが恥ずかしいのだろう。
「まあ別に良いけど、じゃあ指示出すからその通りに」
「後ろからお願いします」
「はい?」
「うしろから。二人羽織みたいに」
……この子は何を言っているのだろうか。妹とはいえ義理だぞ?そんな妹に後ろから抱きつく兄……。アウトだねそれ。
「芽生。兄を犯罪者にしたくないのなら頼むから指示の方にして欲しい」
「だいじょうぶですよ!兄さんっ」
何が大丈夫なのだろうか。どう見たってアウトだ。
「もし兄さんが警察のお世話になっても私が一生お世話してあげますから!!」
なんにも大丈夫じゃなかった。むしろ悪化してる。
「いや、そういう問題じゃないから。な?だから指示で――」
「二人羽織で」
「しj――」
「二人羽織で」
鉄壁の笑顔だった。
「……今回だけだぞ」
「……はいっ」
花が咲いたような笑顔だった。
「それじゃ、こうしてっ」
芽生を後ろから抱きしめるような形で包丁を持つ手に触れる。……女の子の手だなぁやっぱ。そして何もかもが柔らかい。
「……」
芽生は今更恥ずかしくなったのか耳まで真っ赤にして黙ってしまっている。
「えっと。刺身のさくの目が右上から左下に行くようにして」
「は、はい」
真っ赤な顔のままの芽生の手を導く。ていうかこのお互いの体温が直に伝わる感じはまずいなぁ。
「……で、目に対して直角に刃をいれて、よし」
取り敢えず1つ作ってみる。これでやり方も分かったはずなのだが。
「あの、兄さん」
「あと一回、あと一回だけやってもらえませんか?」
こちらをまっすぐ見つめて必殺のおねだり。兄は逆らえない。
「……あと一回だけな」
「はいっ」
★ ★ ★ ★ ★
まあ、結局は芽生の根気に負けたわけだが。夕食が完成し、いつもの夕食が始まる。部屋にいた残り二人の
「兄ちゃん、いつもありがとね!いただきます!!」
「ん。おにぃのご飯はいつもおいしい。いただきます」
「あ、いや。今回は二人一緒に作ったんだ」
「あ、そうなんだ。めぐねぇもありがと……ってなんでちょっと顔が赤いの?」
「ううん。何でもないよ?」
「……むぅ」
流石にこの二人には話せない。うむ。ここは黙っておくことにする零なのだった。
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