買い手のモノローグ

植木鉢たかはし

買い手のモノローグ

 闇のなかにいるというよりは、自分自身が闇であるかのような感覚。


 だってそうじゃないか? どんなに暗くたって、自分の手で自分の頬に触れたらなんらかの感触があるはずだ。

 でも、やってくるのは生暖かい風のみ。自分はここに存在していて、していない。……人であって、人ではないんだってね。



 ……彼はそういっていた。


 はじめは、ただの狂人かと思っていたが、そうでもないようだ。意思はハッキリしているし、自分が“罪”を犯したことも分かっているようだ。


 現代の日本では絶対に考えられないような商売。平たく言えば、“人身売買”というそれ。

 素質のある人を集め、欲しい人に売っていたんだとか。証拠はない。そもそも、なんだか駅でふらついていたから声をかけたら、そんな話をしたんで連れてきただけなのだ。


 言っていることが本当なのか、物の例えなのかは分からない。

 売り手も買い手も商品も、気がつくと現れ、気がつくと消えるというのだ。



 彼が売っているのは“ゴミ箱”

 ゴミ箱という名の“人間”


 人が吐き出す汚いものを飲み込む人間を、ゴミ箱として売っているのだ。

 お代は決まっていない。その時々。なんなら無料で。それが本当なら、明らかな罪になる。裁かれなくてはならない。


 ……理解ができない。何をどう考えて、人をゴミ箱と言って売れるんだ。


 そう怒鳴れば、彼はにたりと笑って答えたのだ。



『商品も買い手も、その辺にゴロゴロいるじゃないですか。私はただ、その仲介人になっているだけ』



 次の瞬間、彼は消えていた。残り香のような言葉が耳をつく。



 あなたは――どっちでしょうね。



 その時、頭によぎった考えに、体を震わせた。


 “ゴミ箱”がほしい。


 自分が“ゴミ箱”として売られないためには、“ゴミ箱”を買うしかないのだ。


 ゴミ箱になんかなりたくない。

 ゴミ箱になんかなりたくない。



 ふと、一人の部下が扉を開けて入ってきた。

 どうしたんだと聞いてくる。こんなところで一人で何をやっているのだ、と。


 何を思ったのか、その胸ぐらを掴むと思いきり殴り付けてしまった。苦しそうに顔を歪めるそれを、また殴り付ける。


 お前がぼんやりしているからあいつに逃げられるんだ! 生きている資格なんかない。死んでしまえ!


 そう怒鳴り付けながら、殴り続けた。


 何が起こったのか理解できていない彼はひたすら謝り続ける。何に対して謝っているのか分からなくても、止めて欲しい一心で謝り続けるのだ。



 ……恐怖は痛いほど感じていた。


 自分は今、何をしているんだ。




 ようやく自分の手が殴るのをやめ、口は閉じられた。

 ぐったりとした彼を見下ろし、肩で息を切る。




 その背後には、“売り手”が立っていた。




 ――お買い上げ、ありがとうございます。




 顔は見えない。が、嗤っているのだろう。

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