幕間「重大な見落とし」
「よっ! はっ! せっ! 」
スペードが振る木刀を右へ左へと避ける。特訓を始める数週間前は剣無しでただ躱すという作業は厳しかったけれど今では慣れたおかげで彼女が振る剣を受けることなく見切ることができる。そして……
「ここだ! 」
スペードに向かって右足を蹴り上げて彼女に当たる直前でピタリと止める。本来ならここで蹴り上げるところだけれど仲間にそれはできない。
「よし! これで魔王と戦うことになっても大丈夫だな」
スペードが汗を手で拭いながら満足げに述べる。彼女が口にした通りこれは魔王との戦いに備えた特訓だ。魔王が持つ伝説の剣は刃に触れたら終わりの強力な剣で武器で防ごうとすると武器が消されてしまう。だから俺達は素手で攻撃を躱し隙を突く練習をしていた。
「いや、まだだ。念のため『強化の魔法』をかけた状態でも動けるようにしておこう」
「いやそれは考えすぎ……ってわけにもいかねえか。確かにそれも大事だな、特にトオハはダイヤの魔力が底上げしている分慣れて置かねえと不利になっちまうかもしれねえ」
「……確かに、蹴る力が強すぎて距離を測れなかったりが本番で起きるのは怖いな」
「よし、じゃあクローバーが大賢者様と特訓しているときに付き合ってもらうとして……オレからやらせてもらうぞ」
スペードはそう口にすると木刀をオレに投げて寄越す。
「『エンハンス』! よし来い! 」
俺が木刀を受け取ると同時に彼女がパンと両手を叩いて音を鳴らす。それを合図と受け取ってすぐさま俺は彼女に向かって木刀を振るった。
♥♢♤♧
それから数日後、ここ数日日課となった特訓がダイヤが見ている前で始まった。
「それでは行きます、『エンハンス』! 」
俺の身体が赤いオーラに包まれるのを確認するとスペードが木刀を構える。
「よし、それじゃあ行くぜ! 」
スペードが駆け出して右側から真横に木刀を振るう。手加減なしの避けにくい一振りだ。しかし、『強化の魔法』があれば避けるのは容易くなる。とはいえ、問題は力加減だ。大賢者様との特訓で大幅に成長したダイヤの魔法はこの強化も例外ではなく力を制御するのが難しいほどになっていた。
今回で言うと跳んで避けることはできるけれど問題はその跳んだあとだ。余りに高く跳びすぎると着地地点で待ち伏せされたりとその後に大きな隙が生まれてしまう。実際初日はそんなケースが多々あった。
しかし……
「ここだ! 」
俺は足に力を込めると地面を蹴り上げ跳ぶ。狙い通りのジャンプで彼女の一振りを躱した直後、第二撃が来る前に綺麗に着地をする。
「やるな、だがまだまだ行くぜ」
そう言うと彼女は右上左下左上右上と様々な方向から木刀を振るってくる。それをひたすら身体を右左時にはしゃがんで躱す。数日たったら意外と慣れるもので一太刀も受けることなく赤いオーラがフッと消えた。
「お見事ですトーハさん、スペードさんの攻撃を全て避けてしまわれるだなんて」
「だな、一切手加減してねえってのにすげえよ」
「2人のお陰だよ」
本心から言葉を述べる。実際これはスペードが教えるのが上手でかつ最後まで付き合ってくれたのとダイヤの強力な魔法のお陰だった。
「これで私の攻撃が防がれても安心ですね」
「いやいや、縁起の悪いことを言うなよダイヤ、ダイヤの攻撃で終わるのが一番なんだから」
「そうだね、ダイヤの魔法に俺とスペードのこの特訓、そこにクローバーが加われば敵なしd……」
ふと言葉を切る。本当にそうだろうか?
悪い癖かもしれないがそんな疑問が頭を過った。考えてみればおかしな話でユウキは大賢者様も太鼓判を押した程の実力者だったとのことだ、それなのに負けてしまった。それは本当に実力なのだろうか?
ひょっとすると彼らの心を揺さぶる何かがあったのではないか?
「トーハさん? 」
ダイヤが不安気に尋ねる横でスペードが窘めるように言う。
「トオハ、不安な気持ちは分かるけどよ。別にオレ達は慢心してるわけでもねえ、ここまで揃ったらもう負けねえんじゃねえか? そうやって気にしすぎるより魔王を倒した後どうするかとか考えようぜ」
確かに彼女の言う通りだ。考えすぎてしまうのも良くないだろう、しかし、気分転換だとしてもスペードらしくないと言うべきか魔王を倒したら恐らくお役御免の俺に対して魔王を倒した時のことを振るのはミスではないだろうか。
そんな考えを巡らせていると休憩中なのか輪に加わっていたクローバーの横でダイヤが意を決したように口にする。
「私はこの4人でずっと一緒にいることができたら幸せだなって……」
「……いいね、『ワープ』もあるから冒険者じゃなくても一緒に暮らせる」
ダイヤの言葉にクローバーが同意を示すのを見て胸が締め付けられるように苦しくなる。それは無理なんだ、大賢者様の話からすれば俺の肉体はもう無くなってしまった。恐らく魔王を倒した後に俺を待っているのは死だけだろう。その話はクローバーは知っているはずなのに、いや知らなくても魔王を倒した後俺が消えるかもしれないなんてことは皆分かって……
思わず「あっ」と声を出す。そうだ、これだったんだ。俺は今まで重大な見落としをしていた。俺とダイヤ達の考えのズレに気が付かなかった。
顔を上げると声を出した俺を心配したのだろう彼女達が視線を向けていた。
取り返しがつかなくなる前に今、伝えておかないといけない
決心をして口を開く。
「ごめん、皆。それは無理なんだ、俺は魔王を倒したら消えてしまうから」
彼女達の表情が一瞬で凍り付いた。
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