15‐11「侍現る」

 洞窟を抜け山を下った俺達は身を隠しながら移動をして人間側の本拠地である王都の手前の森までたどり着いていた。ヤギリさんの読み通り1人で行動するのは意外と動き安く警備にも見つからずにここまでたどり着けたのだ。


 でも問題はここからだ


 頭上に聳え立つ王都に視線を向ける。ここからはモンスター側の本拠地ほどではないけれど登り坂が存在しそこには幾つもの矢倉が見て取れる。トータスと同じ状況でここから飛び出て登り坂にたどり着くまでには数メートルの平地を通らなければならずそこを狙い撃ちされてしまうだろう。本陣の周りはそればかりか登り坂の前には巨大な門と武器を構えた数十人の兵士が存在する。2人でこの人数を突破というのはなかなかに厳しそうだ。


「どうしましょうトーハさん」


 ダイヤが手をギュッと握る。この状況を突破するのは彼女も厳しいようだ。相手は人間、戦争に見えてその実兄弟喧嘩となると彼女に本陣ごと魔法で蹴散らしてもらうというのは不可能である今、切り札は『強化の魔法』だ。魔法で俺の身体を強化すれば大幅に向上した身体能力により戦士たちを気絶までに留めながら門を突破することができるかもしれない。

 しかし、『強化の魔法』には切れた後のフィードバックがある。以前までとは異なって意識を失うことはなくなったけれど体力を消耗してしまいほとんど戦うことが出来なくなってしまうのだ。その状態で侍に挑むのは無謀だろう。


「そうだなあ」と相槌を打ちながら顎に手を当てるとダイヤが呟く。


「兵士の皆さんに私達が味方であると事情を説明するのはいかがでしょうか」


「そうだね、こちらの話を聞いてくれるといいんだけど」


 現状、厄介なのは唯一の部外者である侍だ。彼さえ倒してしまえば再び人間軍とモンスター軍、けんかに付き合わされたもの同士で八百長ができるのだ。その旨を伝えれば通してくれるだろうけれどそれがもし王様も耳に触れでもしたら大変なことになってしまうだろう。だからなるべく敵対して出し抜いたという形のほうが良いのかもしれない。何か良い手がないものか考えると妙案が浮かんだ。


「よし、こうしてみよう」


 俺はそう切り出すとダイヤに作戦を説明した。


 ♥♢

 数分後、俺とダイヤは平地を堂々と歩いていた。数メートル歩いてもう半分となった時だった。


「ゴブリンだ、かかれぇ! 」


 門を見張っている剣に槍と様々な武器を構えた兵士たちが雄たけびを上げこちらに走ってくるとともに数本の矢が俺を目掛けて飛んでくる。


「『シルド』! 」


 すかさずダイヤが盾の魔法を展開してくれるとともに矢が盾に阻まれ突き刺さる。大雑把だけれど門にいる兵士たちはこちらを目掛けて走ってきているのだから頃合いだろう。「ダイヤ、耳を」と近くにいる彼女に声をかけると大きく息を吸い込んだ。


「俺は侍を倒しに来た! ! ! 」


 大声で叫ぶと動揺したのか兵士の動きが止まる。その隙を見て俺はすかさず地面に向かって拳を振り下ろした。


 ドン! という激しい音と共に地面が割れ土煙が舞う。


「ダイヤ」


「はい、『ミニマァム』! 」


 土煙の中俺の身体が彼女の魔法によりみるみる小さくなっていき掌サイズになったところをダイヤがすかさず掌に乗せてくれたのだろう身体が浮き上がり先ほどと同じくらいの目線で丁度土煙がはらわれ兵士の様子が見てとれる。


「なんだ、あいつらどこにいったんだ? 」


「侍を倒すってのは……まあそうなってくれりゃ有難い気もするけどな」


「馬鹿、早くあのゴブリンを探すんだ。遠くに入っていないはずだ」


 上手くいった、今の騒動のおかげで門から多くの兵士たちは離れた上矢倉の者も俺達を見失ってこれ以上の追撃は不可能だ。


「今のうちに」


「はい」


 目の前で行われたゴブリンの消失に驚く彼等を他所にダイヤは門の方向へと歩き出した。幸運なことに門の前の兵士たちも先ほどの出来事に気を取られていて石ころよりも小さな僅かに浮いて見える俺の存在に気が付くことなく通り抜けることができた。


「うまくいった、あとは侍だ。どこにいるんだろう」


 山道を半ば上ったところでダイヤに尋ねながらも門の前でどっしりと構えている侍の姿を想像した時だった。


「相変わらず趣味が悪いこって……」


 突如声が頭上から降り注ぐ。声のした方向をみるとそこには以前と変わらない風貌の侍の姿があった。

 それにしても奇妙なのは今のセリフだ。まるで侍は今ダイヤが見えているかのように声をかけた。ダイヤが思わず息をひそめる。しかし、そんなことはお構いなしに侍は続ける。


「やはりそうか、何者か知らねえがさっさと姿を現しな」


 侍は吐き捨てる様にそう口にするとともに崖を飛び降りた。その様子はまるで友人を見つけた悪戯っ子のようだったけれど、先ほどは気付かなかった以前と違う1つのことに気が付いた。刀だ、侍は刀を抜いているのだ。そしてその刀は今、見えていないはずのダイヤを真っ二つにしようとばかりに彼女へと向かっていた。

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