14‐15「父の想い」♢

 顔に生暖かいものがかかる。赤いこの液体は一体何だろう? 果実のジュースだろうか? それともお酒だろうか? そんなはずはない。これは血だ。それなら誰の血だろう? お兄ちゃんは本物だった? それも違う、だって吸血鬼に魔法でコントロールされていたから。

 それなら、この血は一体誰のものなのだろう?


 答えはもう出ている、目を通してありありと伝わってくる。でも信じたくなくて途方もないことを考える。


「父……さん」


 パチパチと炎が家を燃やす音と共にお兄ちゃんの姿をしたモンスターの声が聞こえる。ううん、何も聞こえない。何も見えない。信じたくない。

 それでも、認めなければいけない。咄嗟に彼をかばってお父さんが胸を一突きにされたこの現実を認めなければ、ここで皆が死んでしまう。


「貴様、いつの間に……どういうつもりだ」


 お父さんは答えずに自らを突き刺している吸血鬼の腕を掴み剣を構える。


「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 雄たけびと共にお父さんは剣を振り下ろし吸血鬼を切り裂いた。再び身体を切り裂かれた吸血鬼はコウモリの姿になり力なく撤退していく。その様子を見つめるとともにお父さんは力なく彼とお母さんの側に倒れた。動かない足を無理やり動かして3人の元へと向かう。


「トパーズ、ダイヤ……無事そうだな、2人の怪我がなさそうで本当に……良かった」


 苦痛に耐えながら涙を流してお父さんを支える彼をみながらお父さんの胸に手を当てる。治して見せる、絶対に!


「待ってて、今治すから……『ヒール』! 」


「止めなさい……ダイヤ」


 お父さんの身体が緑色に包まれるとともにお父さんが私の手を掴む。


「もう……無理だ。私が……一番……良くわかる。その力は……あいつを倒し……村を……皆を守るために使って欲しい」


「父さ……いや、僕は本当のトパーズじゃないのにどうして」


「分からん。どうして……だろうな。ただ……偽物とはいえ……トパーズの姿をした者が殺されるのは忍びなくてな……気が付いたら……駆け出して代わりにこうなっていた」


「お父さん」


 目から涙が溢れる。お父さんの気持ちは痛いほど良くわかった。


「ゴホッ……」


 お父さんが血を吐きながらも顔を彼に向ける。


「私からの願いだ……できれば、この村を守る間だけで良い……トパーズでいて欲しい。そして、ダイヤ……トーハ君を……仲間を大切にな……ダイヤなら魔王を倒せる……そう信じている。それから……サファイアに……パーティーに参加できずにすまない、と伝えてくれ……愛しているよ。我が家族達……」


 お父さんの首が力なく倒れる。


「お父さん、お父さん? 」


 お父さんに呼びかけるも返事がない。

 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。


「お父さん、返事をしてお父さん! お父さん! お父さん! 」


 何度も呼びかける。それでも、お父さんがもう目を開けることはなかった。


「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 歯を食いしばって立ち上がる。村の門のほうを見ると丁度村と門の半分辺りを飛んでいる数匹のコウモリの姿が目に入った。恐らく先ほど逃がしたコウモリ達でどれかが吸血鬼の本体だろう。


 あの吸血鬼のせいだ、私達を散々玩具にして楽しんで。挙句の果てにはお父さんを……


 憎しみを込めてコウモリを睨みつける。


 許せない。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる


 怒りに身を任せてオーブを黄金の輝きを放つものから深紅のオーブへと変えると杖を構える。


 もう、あの吸血鬼を殺せれば私がどうなっても構わない。


「イクスプロージョン! 」


 私は力を振り絞って最大威力の魔法の呪文を唱える。たちまち吸血鬼は哀れな断末魔と共に爆発に巻き込まれて消滅するイメージが浮かび上がる。

 ──しかし、実際は何も起こらなかった。コウモリは今も悠々と私を嘲笑うかのように空を飛んでいる。


「イクスプロージョン! イクスプロージョン! イクスプロージョン! 」


 何度唱えても爆発が起こらない。


「どうして? どうしてどうしてどうしてどうして! 」


 そんなことをしているうちにコウモリの姿は見えなくなった。ガクリと力が抜けて膝をつく。


 私、また攻撃魔法が使えなくなっちゃった……


 チャンスを生かせず父の仇も討てないばかりか再び攻撃魔法が使えなくなる、憎しみが一転して惨めさに変わり涙が溢れた。


 せっかく、トーハさん達のお陰で使えるようになったのに……


「ごめんなさい、トーハさん。スペードさん。クローバーさん。ごめんなさいごめんなさい」


 何度も何度も彼らに謝罪をした。

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