14‐7「魔王の魔法」♢

 魔王の呪文を受けた私は突如身体全体がグニャグニャするような奇妙な感覚に包まれる。多分、これが死の世界への入り口に向かうときの感触。

 トーハさん、どうかご無事で……彼の無事を祈り私は彼のためにこの身を捧げた。この選択に後悔はなかった、彼ならば最後には魔王を倒してくれると信じているから。

 目を瞑り精一杯彼との、彼等との思い出を振り返る。時期に意識が消えて私という存在はなくなってしまうだろう。でもその直前まで、私は彼等との思い出を振り返っていたかった。

 ふと、奇妙な感覚が終わり私はどこかに尻もちをついたような感覚に陥る。


「痛! 」


 思わず生前ならばお尻があったであろう摩ると確かにそこには私のお尻の感触がある。意識が途切れるどころか感覚すら存在する。一体これはどういうことだろう、ここはどこなのだろう。心なしかどこか懐かしい匂いがする場所がどこなのかを知りたくて恐る恐る目を開けるとそこには懐かしい勉強机に椅子、ベッドが存在した。


「私の、部屋? 」


 目を疑う。こんなことあり得ない、どうしてスーノにいた私が南の国スウサの故郷トータスにいるの? これが死後の世界なの?

 何とか頭を働かせてこの不可思議な現象を納得しようとする。とはいえ、大賢者様が自身を好きな場所に移動させるという魔法が使えることは知っている。でも、他者を……他者だけを移動させるなんていう魔法は聞いたことがない。


「ということは、ここは死後の世界? 」


 私が呟いた時だった。


「なんだ今の音は、そこにいるのは誰だ」


「貴方、気を付けて」


 懐かしい2人の声が響いたかと思うとその次には階段を急いで登る音がしたかと思うとバンと勢いよくドアが開いてお父さんとお母さんが姿を現した。


「曲者め、大切な娘の部屋に忍び込んで何を盗むつもりだ」


 鋭い剣幕でお父さんが私に右手に構えた剣を向けながらも左手ではお母さんを守るようにお母さんの側にある。見たことないながらも両親の仲の良さがちょっと嬉しくなる。でもこれが幻覚もしくは2人に化けたモンスターだとしたら戦わないといけない!

 私が意を決して杖を構えた時だった。


「ダイヤ、ダイヤか! 一体どうしてここに」


 ふとお父さんが表情を緩めて剣を下げる。するとそれを聞いたお母さんが前に出る。


「あら本当、どうしてここに? 」


「夢じゃ……ない……? 」


 2人の反応は旅に出たはずの私が突然帰ってきたばかりか部屋に上がり込んでいたというようなもので幻覚とは思えない。

 頭を悩ませているとお父さんがそれに気付いたのか肩に手を当ててくれる。


「どうやら何かあったようだな、話してみなさい」


 私は父の温もりを感じながらこれまでのことを両親に語った。


 ♢

「そうか、ほんの数十分前までスーノにいたのか」


「別の街どころか別の国にいた人を移動させるなんて私も聞いたことがないわねえ」


 お母さんが首をかしげるとお父さんが人差し指を立てる。


「相手が魔王というのならこの際我々の常識は通じないのだろう。ひとまずは先入観を取り除いて起こったことのみで考えてみよう」


「起きたことというと、私がスーノにいて気が付いたら家にいたということくらいだけど」


「そこだ、魔王が誰かを別の場所に移動させることができるとしてその場所は無差別だろうか、それとも選択ができるのだろうか」


「それは……」


 お父さんの顔を見つめる。お父さんはもうわかっているのだろうか? それは分からないけれど言われたとおりに考える。この場合、考えるべきは私が魔王に住所を知られてしまうような何かをしたということだろう。それなら答えはノーだ。


「多分、できないんだと思う。それなら、私が一緒に旅をしていた人達もここにいないとおかしいから」


「そうだな、それじゃあ無作為か、と言われるとそれも違うだろう。何故なら移動させられたものが移動させられたものの家の中の更にそのものの部屋の中にいる、なんてことはこの広い世界でで考えると不可能だろう。無論その可能性が0ではないが無作為だとしたらほとんど海に落ちてしまうだろうからね。恐らく何か法則があるんだ」


「もう、分かっているなら早く言ったらどうなの? 」


「すまんな、こうやって考える癖を身につけさせたくてな。結論から言うとズバリ魔王がダイヤに使った魔法はその者を帰るべき場所へと帰す魔法だ。恐らく潜在意識の中にある本来帰るべきと思っている場所へとその者を帰すのだろう、そう考えたほうが無作為よりは仲間の場所の見当がつかないか」


 お父さんに言われてハッとする。それならば、この状況の説明がつく。それならスペードさん、クローバーさんはそれぞれの家に帰っていることだろう。トーハさんは……

 彼の顔が浮かんだ。すると自然と私の身体がある場所を目掛けて動き出した。

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