14‐6「ゴブリンVS魔王」
「さて、始めようか。素晴らしい遊びを」
突如俺達の前に現れ魔王を名乗った男は高らかに笑う。正直、この訪問者が魔王というのはこちらとしても度肝を抜かれ嘘かもしれないと思った。しかし他の者が名乗るメリットもなければ先ほどクローバーの放った矢が突如消えたという怪奇現象も存在する。信じたほうが良さそうだ。そしてそれなら話が早い。
「ダイヤ! 」
「はい」
ダイヤが杖を構える。相手が魔王だというのなら約束通り伝説の杖から放たれる最高攻撃魔法『イクスプロージョン』で終わりだ。
「イクスプロー……駄目です、ここでは」
突然、ダイヤが目をつむり杖を下ろす。その様子を見てようやく魔王の策略に気が付いた。
「そうか、ここで魔法を放つと森どころか町まで巻き込んでしまう」
「そういうことだ、そしてその一瞬が勝負を分けた。愚かな人間よ、その甘さで貴様らの運命は決まったのだ」
魔王は勝ち誇ったように言うと剣を抜いた。確かに、ダイヤの魔法がこの場所で封じられたのは痛い。でもこちらにはまだ彼女の『盾の魔法』──シルドがある。これまでも彼女のシルドが破られたことはない。それだから俺は作戦を立てることができたて生還することができた。今回もそうだ、今のうちに作戦を考えよう。
そう、俺が考えた時だった。どういうわけか魔王は禍々しい妖気を纏う剣を持ち上げるとそのままダイヤのシルド目掛けて振り下ろした。
ガン! と鈍い音が響き魔王は苦痛に呻き声をあげる……はずだった。
「なに! ? 」
信じられないことに魔王の剣はダイヤのシルドをまるで豆腐を包丁で切るかのように切断した。幸い被害はなかったものの空しくダイヤの魔法が消える。
「クソっ」
スペードとともに剣を構え駆けだす。2人で剣を下ろした直後の隙のある魔王に襲い掛かったその時だった。
「『デモンズシルド』! 」
突如、彼女の剣の放った先に強大な顔のように見えるどす黒い色の盾が出現する。
「なにっ! ? 」
「クソっ、剣士なのに『盾の魔法』だと! ? 」
俺達は懸命に剣を戻すと試みるも剣は止まらずにその盾にぶつかった。
「これほど頑丈だなんて……」
「ぐっ……」
鈍い音とともに俺達はのけ反り剣を地面に落とす。状況は一転、俺達に大きな隙が生まれてしまった。最悪なことに男はスペードの目の前だ。溜まらずに俺は駆けだす。しかし、そんな俺をあざ笑うかのように男はスペードの頭に手を翳した。
「遅い、『ゴホム』」
魔王が何やら呪文を唱える。すると次の瞬間、スペードは消え去った。
「スペードさんが、消えた? 」
「……うそ、スペード」
ダイヤとクローバーのすっかり生気の抜けた声が聞こえる。彼女達の気持ちも分かるどころか俺も同じ気持ちだが今はまずい、このままでは俺達は全滅してしまう。
「させるかああああああ」
足を止めず剣を構え横向きに構えると真一文字に切り伏せようと図る。しかし、魔王は微動だにしなかった。
「『デモンズシルド』」
たちまち俺の目の前に先ほどの盾が出現する。俺は再びその盾に阻まれた。激しく全身を打ち付ける。魔王はそんな俺に構わず彼女達の方へと歩いていく。
「『ゴホム』……ほう? 『ウィンディ』」
「……ぐあっ……」
「クローバーさん! 」
背後で声が聞こえた。次はクローバーが……
「ダイヤああああああああああああああああああああ! 」
声の限り叫びを上げる。
「『エンハンス』! 」
するとその思いが通じたのか生気に満ちた声が響き渡る。たちまち俺は『強化の魔法』の赤いオーラに包まれる。奇しくも魔王の戦法は俺達と同じカウンター戦法だ。それならば、こちらが向こうの詠唱速度を凌駕して懐に入り込めば、防ぎきれる。
瞬間、俺は強化された脚力を用いてダイヤと魔王の間に入り込んだ。
「貰ったああああああ! 」
すかさず剣を振り下ろす。例え剣でガードしてもこちらには振り下ろした位置の優位性と強化されたゴブリンの力が存在する。これまでの戦闘で向こうに筋力が優れているという形跡はない。力比べになっても負けることはないだろう。
「その速度、見事だ。しかし……」
危機的状況だというのに魔王は淡々と口にすると剣を俺の剣の軌道に挟み込むように出す。想定済みだ、俺は構わず剣を振り回した。
スカッ
こんな状況でそんな間抜けな音がしただろうか? 分からない。しかし、俺が剣を振り下ろした次の瞬間脳が許容できない事態が発生した。
なんと俺の剣の正に魔王の剣に当たった箇所が消滅したのだ。一部を失い真っ二つになった剣は空しく空を切った。
どういうことだ、まさかあの剣は触れるものを消すのか?
恐ろしい予想が過った次の瞬間、俺の目の前に魔王の黒い掌が出現する。
「終わりだ」
ああ、ここで終わりか。諦めが頭を過った時だった。幸いまだ町は遠くない、ダイヤだけでも逃げて欲しい。
そんなことを考えた時だった。
「トーハさああああああああああああん! 」
ダイヤが勢いよく俺を突き飛ばす。それによって俺は魔王の掌の正面から逃れることができた。しかし、そのせいで彼女自身が奴の掌の前に落ちてしまう。絶体絶命だというのに彼女は俺を見てニコリと微笑む。
「トーハさん、私、信じてますから」
「待て、俺はこっちだ! 俺に撃て! 」
「『ゴホム』! 」
俺の訴えも空しく魔王は淡々と呪文を唱え────ダイヤは俺の目の前から姿を消した。直後、ガクンと身体から力が抜け地面に膝をつく。『強化の魔法』がキレたフィードバックが来たのだ。しかし、それだけではなかった。数分前までいた仲間は全員消えてしまった。もう、俺に戦う理由はないのだ。
「貴様が残ったか、まあ良い。順番が変わったが楽にしてやる」
魔王がトドメを刺そうとこちらに歩み寄る。その姿を捕えた途端、俺の頭の中で何かがキレた。
そうだ、まだ終わりじゃない。俺達の目的は魔王討伐だ、それを最後にダイヤは俺に託してくれた。なら、その目的だけは果たそう。
身体に力を入れて起き上がる。心なしか力がいつも以上に漲る。このせいで今後フィードバックが来る恐れが考えられるがどうせこれが最後の戦いだ。それならば、多少無理しても構わない。いや、ここで壊れても構わない。
「ほう、まだやる気なのか」
「黙れ、すぐにその口を聞けなくしてやる」
「ほざけ、『デモンズシルド』」
俺が駆けだすとともに魔王が再び『盾の魔法』を展開する。これまでの経験からあの盾の硬さは知っている。だが、そんなものはもはやどうでもいい。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお! 」
俺は雄たけびを上げながら魔王の『盾の魔法』目掛けて左拳を振り下ろした。
ガァン! という衝撃と共に腕に痛みが走る。鎧の手甲部分が壊れた。だが、構うものか。この盾さえ壊せば魔王の身を守るものは存在しないのだから。
クローバーの顔が浮かんだ。不器用だけど根は素直な子で成長を見守りたかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」
再び拳を振り下ろす。皮がむけたのか血が流れる。でも、僅かに盾にヒビが入った。
スペードの顔が浮かんだ。ぶっきらぼうだけど努力家で彼女の決断力にはいつも助けられた。3度拳を振り下ろす。
骨が折れたのかミシミシと鈍い音がした。でもヒビが大きくなった。
ダイヤの顔が浮かんだ。この旅を始めてからずっと一緒だった。彼女の笑う顔から怒る顔まで全部が好きだった。
4度目の拳を振り下ろす。好都合なことにもう左手の間隔はない。全力で拳を振り下ろす。
「馬鹿な、まさか」
魔王が気付くも時既に遅し、俺の一撃により盾はドゴン! と音を立てて崩れ去った。すかさず懐に入り込む。
「ちぃっ! 」
魔王が咄嗟に右から横一線に剣を振るった。しかし、スペードの剣に比べたら何と無駄が多くクローバーの矢に比べたら何と遅い一撃だろう。俺は膝を曲げて躱すとともに右手に持てる力の全てを集中させる。
「決めるぞみんなあああああああああああああ」
俺は力を振り絞り魔王に渾身の右ストレートを放つ。
「ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお」
俺の一撃は見事に魔王の胸部に命中し魔王は後ろの木に叩きつけられた。
「ぐ、ぐぬ。その身体、貴様が異世界から来た。ゴブリンか……とはいえただのゴブリンの貴様がこれほどとは。見くびっていた。しかしその身体、まともに動けないだろう。じきにここへ人間が来てもゴブリンを手当てするものはいない。この勝負は私の勝ちだ」
魔王はそう言ったかと思うとあっという間に姿を消した。
「待て、逃げるな! 」
叫び声をあげるも返事はない。
「クソ、どこに逃げようと生き延びて俺があいつを見つけ出して必ず殺してやる。お前だけは俺の手で殺してやる」
怒りに身を任せ叫んだ時だった。
「……ハ……メ……」
背後から微かな人の声が聞こえた。もしかして……
堪らずに振り返り声のした方向に駆けだす。すると丁度俺が立っている場所の真正面の茂みの陰に人が倒れている。
「……タアハ、その身体で無理しちゃ……ダメ……」
クローバーだった。クローバーが荒い呼吸をし出血をしながらも懸命に右手を伸ばして俺に呼びかけていたのだ。クローバーが生きている。途端に目から涙が溢れだす。
「クローバー……ありがとう、ありがとう、生きててくれて」
俺はお礼を述べるとぼやける視界の中必死にバッグを右手で漁るとダイヤ特性の薬草を取り出した。
「もう大丈夫だ、安心してこれを飲んでくれ」
俺は必死の思いでクローバーの身体を起こし液体状になった薬草の半分を飲ませるともう半分を彼女の出血している左肩周辺に塗った。するとたちまち彼女の呼吸が穏やかなものになった。良かった、彼女がもう安心だ。安堵のため息を漏らしたその時だった。
「ほっほっほ、残った薬草全てをその者に与えて。お主はどうするのじゃ」
背後から何者かに声をかけられる。すごく落ち着いた声だった。ゆっくりと声のした方向を振り向く。すると、そこには薄紫色のローブを身に纏い白いあごひげを伸ばしたいそう立派な杖を持った老人が立っていた。
老人の言っていることの意味が分からず俺は自身の左腕を見る。するとそこには緑ではなく真っ赤に染まった俺の左手の姿があった。
「すまん、ちょっと意地悪な質問じゃったな。『ヒール』」
老人が呪文を唱えるとともに俺達の身体が緑色の光に包まれる。
「これでひとまずは大丈夫じゃろう、それに……ふむ、仲間が跳ばされたようじゃの」
老人が丁度ダイヤとスペードが消された辺りで立ち止まると呟く。
「跳ばされた?」
今老人は跳ばされたといった。消されたではなく跳ばされたと。ということは……
俺の考えていることが分かったのか老人が頷く。
「安心するがいい、お主の他の仲間も生きておる」
生きている? 本当に? 老人の言葉にスッと胸が軽くなり安心感に包まれる。いや、そもそもこの老人は何者なのだろうか
「あの、貴方は一体……」
尋ねようとした時だった。気が緩んだからか先ほどのフィードバックとでもいうように激しい睡魔に襲われ崩れ落ちると瞼を閉じる。
「フォッフォッフォ、魔王相手に生還したとは大したものだ。今はゆっくりとお休み。目覚めたら色々と教えてやろう」
老人のその言葉を最後に、俺の意識は途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます