11‐12「フェンリルの潜む洞窟へ」

 翌日、俺達は第3のオーブがあるといわれたレヴィン近くの洞窟前に立つ。心なしか洞窟からは雄たけびが聞こえた気がした。


「姉さん、もう一度聞くけど正気か? 」


「おら、さっさと行くよ! あんたも少しは世界のために役に立ちな」


 ため息をつくコールと彼を鼓舞するレイズさん、今回は頼もしいことに彼らも力を貸してくれるようだ。リヴァイアサンと同じようにダイヤの『盾の魔法』でカウンターをして怯んだ時間にどれだけ与えるかの勝負なので2人の参戦は嬉しい誤算だった。

 しかし、ただで協力してもらうというのも悪いので依頼料を支払おうとしたのだけれどそれはレイズさんに断られてしまった。


 そんなわけで俺達はいつもより賑やかに戦いに臨む。洞窟は雪が降っているほど外が冷えているのもあってひんやりとしているばかりか凍り付いてつららが生えていた。予想通り、足場はかなり悪そうだ。


「ダイヤ、お願い」


「はい、『フラッッシュ』『フロート』」


 彼女が呪文を唱えると杖に灯が灯るとともに身体がふわりと浮いたような感触に包まれる。


「これで、皆さん恐らく氷の上も平地のように歩けるはずです」


 ダイヤに言われて一歩氷に足を踏み入れるも俺の脚は氷ではなくその僅か数ミリほどの空間を踏んでいるようで滑るということはなかった。


「あたしたちの分まですまないね」


「いえ、お安い御用です」


 レイズさんが言うとダイヤが微笑んで返す。6人全員に魔法をかけるのはかなりの負担だろうがそれをしてしてくれる彼女に感謝だ。


 1人が通れるほどの幅の冷気が漂ってくる洞窟を岩肌に沿って進むと左右に道が分かれている場所にたどり着いた。


「どうしましょうか」


 分かれ道の前で立ち止まって尋ねる。正直、この事態は予想外だった。


「そうだねえ、どっちにも怪物がいて挟まれるのも癪だし……よし! せっかくだから、ここで分かれるか、『フラッッシュ』」


 レイズさんは両手をパンと鳴らし灯をつけるとコールさんにボソボソと何かを囁いた。確かにここでは挟まれる危険もある。しかし、それはいたとしてもかフェンリルが2体ということはないだろう。挟まれるリスクと二手に分かれたどちらかが単体でフェンリルと戦うリスク。どちらが大きいかというと後者のほうが大きいのではなかろうか? その旨を伝えると彼女は首を横に振った。


「確かにそうかもね、でもあたし達だってダイヤちゃんの支援もあって神話だろうが2人でいけるよ」


 確かに彼女の言う通りだ、彼らの実力は確かなものでそれは俺が一番よく知っている。コール曰く奥の手というのもあるなら心配はないのかもしれない。肩の力を抜く。


「分かりました、ではまた無事に出口で会いましょう」


「おう、んじゃあオレ達は右に行ってフェンリルを倒してやっから洞窟の散歩でも楽しんどけよ」


「心配すんなって、オーブはちゃんと渡すからさ」


 コールは肩の後ろで槍を枕代わりに、レイズさんが片眼をつむって自信ありげに言う。


「お気をつけて」


「何かあったら呼べよ」


「……死なないで」


 去り際にダイヤ達も彼らに言葉をかけると彼らはその言葉を背に手をひらひらとさせながら左側の道を進んでいく。


「俺達も行こう」


 善は急げ、俺達も右側の道に身体を向けるとともに足早に歩き出した。


 15分ほどモンスターも現れず一切変化のない一本道を歩くと遂に変化が訪れる。これまでの俺達の苦労をあざ笑うかのように巨大な壁が現れた。行き止まりだ。


「くそ、こっちの道は外れか」


 スペードが悔しそうに口にする。しかし、そうとは限らない。このように一見行き止まりに見えても隠し扉の可能性もあるのだ。そして、こういうのを見つけるのは目の良いクローバーが適任だろう。


「クローバー、隠し……」


「タアハ、戻ろう! 」


 俺が彼女にその旨を伝えようとすると切羽詰まった様子で彼女が口にする。隠し扉の発想は真っ先に彼女が浮かびそうなものなのにどうしたというのだろう。真っ先に浮かんでもよさそうなのに彼女らしくない。


「まだこちらの道が外れとは限らない。どこかにこの扉を開けるスイッチか隠し扉が……うわっ」


 例を見せようと行き止まりだと思っていた壁に手を触れたとたん、あっという間に壁がくるんと回転した。回転した先に足場はなく態勢を崩していた俺は真っ逆さまに落ちて行った。


「トオハ! クソ、なんだこれ開かねえぞ」


 スペードの叫び声が聞こえる。やられた、これはトラップだ。恐らくスペードの一度扉が回転するとしばらくは回転しない仕掛けになっているのだろう。この先は剣山かあるいは奈落か……とにかく、このままではまずい!

 俺は鞘からグレイプニルを巻いておいた1本の剣を抜くと力を込めて壁に突き刺した。

 ドォン! と激しい音と共に壁に突き刺した剣により落下が止まる。


「これからどうしよう、イチかバチか力任せにあの回転扉を壊してみるか」


 上空を見上げる。しかし、暗闇により少し離れた場所である回転扉があったであろう位置はほとんど何も見えなかった。


「万事休すか」


 がっくりと肩を落とす。その時だった。下の方でポツりと一つの光が見えた。

 どういうことだろう? チョウチンアンコウは灯でおびき出して獲物を食べるというけれどその類だろうか?

 考えても仕方がないので俺は幸い手にしていたグレイプニルを命綱として下へと下っていく。もし罠だったらすぐにこの崖を登ればいい。灯の主に悟られないように息を殺しつつ慎重に一歩ずつ下っていく。

やがて光と同じくらいの高さになると信じられないことに踵が固いものに触れる。地面だ。一番下まで下ってきたのだ。


「よし、これなら」


 俺は更に腰に下げていた剣を一本引き抜くとじりじりと灯に近付く。残り5メートルと言うところから息を止めて忍び足で近寄る。

 残り4メートル──3メートル


「おっとそこまでだ、気配をビンビンに感じてたぜって言っても無駄か」


 なんということか、残りまだ3メートルもあるというのに鋭く目の前に刃物のようなものを突き出される。あと一歩踏み込んでいたらこの一撃で終わっていた。しかし、このリーチの差をどう覆すか。いや待て、このモンスター喋ったぞ? いや、この声にこのリーチの武器……もしかして


「もしかして」


「喋った! ? ってその声……」


 さっと目の前に灯が現れる。灯の正体はランプだったようで透明な容器の中でじりじりと炎が燃えている。


「やっぱりか、元気そうではねえよなお互い」


 ランプの灯に照らされたコールが苦笑いを浮かべた。


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