11-8「女湯にて」♢

「わあ……」


「……大きい」

 

「ちょっとそんなジロジロみないでくれ」


 脱衣所で私とクローバーさんはレイズさんのスタイルの良さについつい目を奪われてしまい結果彼女は恥ずかしそうにタオルで胸を隠す。


「ほら、行こうぜ! 」


 唯一スペードさんだけはそう言うと浴場へと向かった。彼女は本当に凄いと思う。私なんて何度もレイズさんと私の身体を見比べて「ああなれたらいいなあ」なんて考えてしまうのは冒険者としての心意気がまだまだなのかな。


「よし! スペードに続くよ! 」


 スペードさんが出て行ったのをみてこれ幸いとレイズさんも中へと向かう。どうやらこの話題はここまでみたい。私はクローバーさんと目配せをしてから彼女達を追いかけた。


「よいしょっと! 」


 身体を洗い終わったスペードさんが温泉に一番乗り。それに続いてレイズさん、そして私とクローバーさんが続く。


「いやー、今回は温泉にありつけて良かったぜ。なあダイヤ! あの時はどうなることかと思ったぜ」


「なんの話だい? 」


 スペードさんの話に興味深いとレイズさんが尋ねる。その時、私は信じられないものを目にして目を奪われた。


「幻想の街ってとこがあってよ、そこが温泉に見えたけど実は廃墟だったんだ」


「……そんな町が」


「大丈夫だよクローバーちゃん、ここはチェックしてみたけどおかしなところは見つからなかったから」


「……お姉さん修道女なの? 」


「ああ、魔法使いとちょっと間違えやすいかもしれないね。回復とかその手の邪気とかの感知はお手の物さ」


「それじゃあ安心だな……ダイヤ? ダイヤ? おーい! 」


「えっ……」


 咄嗟に我に帰るとそこには3人が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「何かあったのかい? 」


「……心ここにあらずって感じだったけど」


「え、えっと……その……いえ」


 い、言えない。レイズさんの胸が温泉で浮いてるのをみてましたなんて言えない! どうしてあんなに浮いているの? 私はそんなことなんてないのに……いや、今はそうじゃなくてこれがバレたらトーハさんみたいとか似てるとか言われてしまうかと……いや、それな嫌な気はしないけれどここは何とか誤魔化さなきゃ!


「大丈夫です! はい! 幻想の街は大変でした。トーハさんがいなかったらどうなっていたことか……本当にトーハさんに出会えて良かったと思います! ところでレイズさんはコールさんとどうやって知り合ったのですか? 」


 何も考えていなかった故に早口でまくし立てた上にいずれ尋ねようとしていた2人の出会いをこんな形で聞いてしまった。

 私は恥ずかしくなって顔を温泉に沈める。


「出会いか……そうねえ話すと長くなるんだけど」


 レイズさんは真面目にそう答えると昔話を始めた。


「まああれは……コールが今とは違って可愛い子どもの頃だったから何年くらい前かねえ。私は昔は恥ずかしいことに女格闘家でね。冒険者というより武者修行の感覚でモンスターと戦っていたのさ」


「格闘家ですか? 」


 彼女の身体を見て思わず問いかける。温泉でみる綺麗な身体は格闘家のものとは思えなかった。


「ああ、喧嘩の実力に修道女故の回復力も加わって自慢じゃないが負けたことはなかったよ。まあ今のようにベヒーモスやなんだはいなかったのもあるだろうけどさ、それでも衰えってものは自分でわかるものでね。そろそろ潮時かな〜って思ってた時にコールと出会ったんだ」


 懐かしそうにレイズさんは男性用の温泉があると思われる方向を見上げる。


「酷い有様でね、盗賊らしかったけど食べ物をやったんさ。そしたらすごい美味そうに食ってね、『このお礼に今度はオレがうまいものを食わせてやる! 』って言ってね、まあその時の私は本気にしてなかったんだけどね、それから2年前だね。『懐かしいな元気かな』なんて思ってあいつとあった場所に寄ったらそこでさ『姉さん、冒険者になったんだ』って声をかけられて誰が姉さんだいって振り向いたらそこにコールが立ってたのよ。今みたいに槍を構えてね。それ以降だな、2人で行動するようになったのは……ってつい話し過ぎちゃったか、知りたいのは出会いだったねごめんごめん」


「いえ、素敵なお話でした。お話ししていただきありがとうございます」


 私は彼女に言う。その言葉にウソはない。心から素晴らしいと思った。それは私だけなのだろうか?


 2人の様子を伺うと「そんなことがあったんだなと」スペードさんは口にしたけどクローバーさんは何も言わなかった。心なしか少し苦しそうだ。


「……コールは立派だ、きっかけがあってそこから1人で立ち上がって……ボクは……」


「クローバーさん」


 言葉が続かない。恐らく彼女は今コールさんと自分を比べてしまっている。


「そんなことねえって! クローバーも立派にここまで旅して変わったぞ! それでいいじゃねえか! 」


「ごめんねクローバーちゃん、そんなつもりじゃなかったんだ。それにね、コールと出会ったのはあいつがもう少しクローバーちゃんより年を取っていた時さ」


 やり取りから察したのだろう。レイズさんが言う。


「……でもボクはあの時、皆に誘ってもらえなかったら、またあの生活を続けていたと思う」


 どうしたらクローバーさんに納得してもらえるのだろう? 彼女を励ますために何を言えばいいのだろう?

 分からない、それなら……

 私は意を決して口を開く。


「そうかもしれませんね」


「お、おいダイヤ」


 スペードさんが慌てる。この反応は予想できた。けれども私が伝えたいのはその先。


「でも、今はそうではありませんよね。過去のことはどうしても戻りません、私もトーハさんと出会わなかったら……とか考えることもありますし死んでしまったルイーダのことを思うと無力感に襲われます」


 話しながらも胸が苦しくなり手を当てる。


「でも、悩んでも苦しくなるだけで過去は変わりません。彼らのことを思いながら今を精一杯生きるのが償いになると思うんです」


 辺りがシンとする。トーハさんに倣って思ったことを話してみたけどダメだったかな……


「……今を……ありがとう。そうだね、今を頑張る。心配かけてごめん」


 クローバーさんが私を見て微笑む。良かった、元気になってくれて。

 私も微笑み返すとそれを合図にしたのか


「ダイヤも言うようになったんだな」


 とスペードさんに言われてしまう。


「ちゃ、茶化さないでください! 」


 顔を手で覆って答える。突然顔が火照ったように感じるのは温泉のせいだ……と信じたい。


「本当にごめんねクローバーちゃん」


「……ううん、レイズさんは悪くない。もう大丈夫だから安心して」


 すごい恥ずかしかったけどレイズさんとクローバーさんもより仲良くなれたみたいで話して良かったかな。


「じゃあそろそろ上がるかな、そうだ、皆あがったら今度は3人の旅の話を聞かせておくれよ」


 そう言うとレイズさんは勢いよくザパン、というお湯の音とともに立ち上がると脱衣所目掛けて歩き出した。そのまま脱衣所に向かうのかと思って見送っていたらふと彼女は立ち止まり振り返る。その顔には微笑が浮かんでいる。


「お礼としてダイヤちゃんにバストアップの秘訣を教えてあげるからさ」


 き、気付かれてた! ? 私が胸をみていたのに?


「あ……あ……」


「バストアップって何の話だ? 」


「……分からない」


 レイズさんは恥ずかしさのあまり言葉を失った私と何の話か分からない様子のスペードさんとクローバーさんを残して脱衣所へと消えて行った。

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