9‐5「彼らのためにできること」♧

 日の出、ボクはタアハをポケットに入れると外へ出て手頃な家の凹凸を利用して屋根に上ると様子を伺う。ボクは生まれつき目が良くてそこを生かせとお父さんに言われて弓使いを目指していたから遠くのものでもはっきりとみえるので見張りをする場所は塔から離れてさえいればどこでもよかった。


 すると日の出というアバウトな指定だったけれど奇跡かスペードらしき茶髪の女性が20軒ほど離れた遥か先の塔から屋根に降りて屋根伝いに指定の屋根に移動して袋を置くところが見えた。赤い屋根に白い袋と言うこともあり目立ったので遠くからでも視認できる。彼女はその後急いできた道を戻り塔へと戻っていく。


 ボクは彼女を見るとともにもう一人のダイヤという少女の存在を意識して周囲の様子を伺う。実を言うと昨日の手紙はほとんどタアハに言われた内容を書いた物なので、彼が何か企んでいないかを警戒している。


 ただボクも何も考えずにそれを通したわけじゃない。暗号が隠されていないかは何度も探したし説明も求めた。例えば早朝なのは目撃者が少なくするのと一番タイミングが計りやすいだろうと考えたからでダイヤと言う女性でなくスペードと言う女性を指名したのは魔法使いであるダイヤに屋根を渡る身体能力があるのか不安なのと魔法使いだから近距離型のスペードと比べて遠距離から何か策を講じてくる恐れがあり安心できないであろうということかららしい。一人を指名したのもそのためということだ。


 そういうことで一見なにもなさそうに見えたけれど、何か裏があるかもしれないと考えてこうしてボクは見張りをしている。でも見晴らしのいい屋根の上には人の姿はない。塔のほうを見ると彼女は自分がみていたらボクが来ないと判断したのか反対側を向いていた。


 チャンス!


 ボクは姿を見られていないことをいいことに目的の屋根との距離を詰める。移動するときに真下の様子を伺って誰かが潜んでいないかと探ったけれどそのような気配もなかった。


 本当に裏なんてなかったんだ。


 タアハが入っているポケットを見つめる。彼は本当に私に持ち金を全て渡すつもりで計画をしていた、彼を疑った自分を恥じながらボクは一目散に目的の屋根を目指した。


 目的の屋根の屋根にたどり着くとすぐに袋を手にしてしゃがみ込んでフードを脱いで念のために着ていた赤い服を露わにする。


 屋根と同じ色で見つかりにくい服、これならきっと大丈夫。


 素早く袋の中を確認するために開くと中はそんな必要はないといわんばかりに黄金の輝きを放つ金貨が詰まっていた。


 これだけあれば、ボクはこれ以上盗みを働かずに冒険者の資格を満たす年齢まで暮らしていけるかもしれない。いや、もうこの町に拘る必要もない、これだけあれば遠くの故郷に帰ることだってできる。故郷には大切な思い出の詰まった家にボクのことを知っている人たちもいる。それがいい。


 今後の暮らしに期待を膨らませながら背中にかけていた弓矢を一度屋根に置いて。ポケットからタアハを取り出す。


「ちゃんと確認した? 」


 どういうわけか心配そうに尋ねるタアハに疑問を抱きながらも頷いて答えると輪の部分を矢に通して弓を構える。


「そういえば、俺の分重くなってるけど大丈夫? 」


「少し勝手が違うけれど的が広いので問題はない」


 ボクは淡々と答える。念のため風向などを確認したけれど問題はなさそうだった。


「そっか、じゃあ元気で」


 柔らかい口調で彼は言う。そこでようやくボクはこれで彼ともう会うことはないだろうということに気が付いた。


「さようなら」


 お父さんにもお母さんにも言えなかった別れの言葉を彼に告げる。ギリギリと弓が音を立てる、伝えるべきことは伝えた。だから後はこの矢を放つだけ……なのに何故か視界が滲んだ。考えなくても理由は分かる。ボクはただ誰かに今のボクを咎めて欲しかったんだ。そんなボクを彼は叱ってくれた、ボクが機嫌を損ねたら何をするのか分からないという状況で彼に得なんてないのに、それが嬉しかったんだ。


 ふと、脳裏にある映像が過った。ボクとタアハ、そしてダイヤとスペードという女性の4人で旅をしている。もしかしたらあり得たかもしれない可能性だった。でも、彼はボクを誘ってはくれなかった。当然だ、ボクは泥棒なんだ。ボクも彼らの仲間になりたいなんて恥ずかしくて口が裂けても言えない。だから、彼らのことを思うなら今のボクに出来ることは確実に彼を塔の仲間の元に届けることだ。


「大丈夫? 」


 なかなか矢を放たないことに疑問を覚えたのだろう彼が尋ねる。不思議だけどその声を聞いて心が晴れた。


「大丈夫あと……」


 涙を拭って塔の彼女の手が届く壁に狙いを定める。


「ありがとう」


 その言葉とともにボクは矢を放った。矢は空中を素早く一点を目指して風を切って移動する。そして、目標の位置に突き刺さったのを確認するとボクはフードを再び身に着けると金貨の詰まった袋に手を伸ばす。一瞬取ろうか悩んだけどもう今のボクにはこれしかないからと拾うとその場を後にする


 ……はずだった。


「『シルド』! 」


 突如背後から声が聞こえ慌てて振り返る。でも、不思議なことに誰もいなかった。気のせいだったと今度こそ後にしようとして異変に気付く。


 前に透明な壁があるのだ!


「うそ、どうして? なに……これ」


 突然の奇怪な現象にボクは冷静さを失いパニックになってしまった。どれくらいそうして見えない壁を触っていただろう。気が付くとすぐ一軒前の屋根をスペードという女性が渡ってこちらに来るのが見えた。




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