8‐12「北の国スーノへ」
一夜明けて早朝、俺達は港の船に乗り込むところだった。本当は次の船に乗ろうとしていたのだけれど自意識過剰かもしれないけれど早朝のほうが静かに出航できる気がしたのだ。この行動は予想外だったのだろう。昨日の出来事を把握しているであろう船員の男性が俺たちの姿を見て目を泳がせた。
「それじゃあ、馬車を乗せなきゃいけねえから先に行くぜ」
「また船内で会いましょう」
ディールと店長が船員に誘導されながら馬車を引いて先に船に上る。店長曰く「久しぶりに北の国へ行きたくなった」ということで嬉しいことにこれからも共に旅をすることができるようになったのだ!
俺達は二人に手を振る。船員曰く馬車を先に乗せなければならないらしいので俺達はしばらく待機だ。
「にしてもいい景色だよな~」
スペードがしみじみとした様子で言う。言われてみて町の様子を見るとずらりと並ぶ色とりどりのレンガの建物に遥か向こうの山道を登った先には展望台と絶景だった。
「そうだね」
本心からそう思って俺が答える。
「風も気持ちいいですからね」
ブロンドヘアを風になびかせながらダイヤが言う。俺が彼女のほうを見るとふと目が合った。その時だった。
「おい、あれって」
スペードが小声で俺の肩を小突く。彼女の視線の先を追うと数人の人影がこちらに向かって歩いてきた。
「ま、まずい! 行こう! 」
「いや、オレ達悪いことしてねえんだから別にいいだろ? 」
「トーハさんは少し恥ずかしがり屋なところがありますから」
そんな二人の会話を他所に俺は船に乗るべく踵を返して船へと歩き出すも受け付けの船員に阻まれる。
「失礼ですがお客様、まだ馬車とともに乗船のお客様へのご案内がまだ済んでいないのでもうしばらくお待ちください」
船員は胸を撫で下ろしながら告げる。その反応を見て俺はもしやと思って尋ねる。
「もしかして、この馬車が先に乗らなきゃいけないとかいう規則も実は存在しなかったり」
「申し訳ございません」
疑問に答えるように店員は詫びを入れる。やられた、馬車云々は俺達が彼等に出会わずに出航をすることのないようにするための時間稼ぎだったのだ! まさか早朝出航まで読んでいるなんてあの町長もなかなか用意周到だ。
俺が頭を抱えるのとほぼ同時に息を切らしながら「おーい」と叫ぶ町長の声が聞こえた。
「いやいや、クリフトンが早朝に出発するかもしれないと言い出した時はまさかと思いましたが本当に早朝に出発しようとするとは」
町長が息を切らしながらそう言うとクリフトンさんはバツが悪そうに顔をそむけた。そんな彼の裾を少女が摘み引っ張る。
「まあ、それに関しては何というか……」
「こちらも色々と事情がございまして……」
そう言って二人が俺に視線を向ける、俺は恥ずかしくなって顔を背けた。
「まあ、とにかく間に合って良かったです」
そう言うと町長は言葉を切り深呼吸をする。落ち着いた様子の彼は朗らかながらも町長としての威厳というべき気品が漂っている。
「改めて皆さん、ありがとうございます。おかげでこれまでのようにこうしてブンセは船を出すことができます」
「いえ、お役に立ててなりよりです」
こういうのをキザな感じで言うと「降りかかる火の粉を祓っただけ」というのだろうか、と考えながら俺は答える。
「今の我々にはこちらの船代をこちらで負担させていただくことくらいしかできませんがまた何か困ったことがございましたら何でもお申し付けください」
「ありがとうございます」
俺がそう答えると一度首を縦に振ると船員に視線を向ける。
「彼らのこと頼みましたよ」
「はい! 」
船員がハキハキと答える。
「元気でな、また来いよ」
「ありがとう、ダイヤお姉ちゃんにスペードおねえちゃんにゴブさん! 」
「おう! 」
スペードが元気よく答える。
「クリフトンさんに……あれ」
俺は彼女の名前を聞いていなかったので言葉に詰まる。
「アンだ」
悟ったクリフトンさんが少女の名前を教えてくれた。俺は腰を落とすと少女の眼を見つめる。
「……アンちゃん」
「えへへ」
少女が満面の笑みをこちらに向ける。
「皆様、お世話になりました」
ダイヤがそう言った後、俺達は彼らに背を向けて船に乗る。デッキに上り振り返ると彼らが手を振っていたので俺達は振り返した。
「面と向かって人に感謝されるってのも悪くねえだろ? 」
ふとスペードがそんなことを呟く。言われてみると俺はこれまでの旅でこうやって直接人から感謝をされたのは初めてだった。
「そうだね」
彼らの顔を思い出しながら答える。俺がそう答えると2人が嬉しそうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます