5-7「蒼嵐剛砕」

 例え話の加減に失敗して屋根を知らぬ間に通過し気付いたら落下していたことが現実にならないよう調整しつつ夜の瓦のひんやりとした冷たさを足で受けながら忍者を追う。すると忍者は既に起き上がり屋根の頂上にいるのがみえた。


「まさかここまでとは……魔法1つ、と侮っていたようだ。しかし其方も拙者を外に飛ばしたのは失敗だったな。狭い天守閣とは異なりここならば遠慮はいらず実力を発揮できる。拙者のだせる最速で迎え撃つとしよう」


 月明かりに照らされ影となった忍者はそんなことを言った。かと思うと次の瞬間、俺の前に現れる。すぐさま右手に握った剣を逆手持ちで振るわれたクナイの軌道に差し込み攻撃を防ぐ。


「ほう、やるな。ではこの広いフィールドで決着をつけようではないか」


 そう言うと小天守の屋根へと飛び移る。どうやらこの屋根全てが戦場と言いたいようだ。


 恐らくこの『強化の魔法』には制限時間があることだろう。だからそれまでには勝負をつける!


 拳を握りしめると俺も小天守の屋根へと跳んだ。


 小天守の右の鯱の前に立っている忍者を左の鯱の前に立った俺が見つめる。そのまま沈黙が訪れる。


「いざ、参る! 」


 忍者が沈黙を破った。そしてその言葉が開戦の合図となり俺と忍者は屋根の中央で互いの剣とクナイをぶつける。


「拙者の全速力についてくるに加え左手が使えないにも拘わらずこれほどの力とは……だがそこまでだ! 拙者は確実に敵の弱点というべき箇所を点く! すればこの通りよ其方は拙者に一撃を加えることは叶わぬ! 」


【てこの原理】を応用しシーソーで子供が大人を持ち上げることが出来るようにこの忍者は必ず最大限に自分の力が発揮できることを瞬時に見極めてそこに刃を差し込み俺の力を抑え良くて鍔迫り合いの状態までに留めることが出来るようだ。俺が必殺技として考案した『蒼嵐剛砕』のコンセプトの理想形といっても過言ではない。


「後学のためにそのコツなんかを教えてもらえないかな? 」


「笑止、敵に塩を送る馬鹿がどこにいるか! 」


 そう言って忍者は剣を掃うと手裏剣を投げて牽制しつつ今度は天守閣の5階の屋根へと移動した。再び俺が斬りかかり鍔迫り合い、払われ先ほどまで俺たちがいたダイヤのいる6階の屋根、頂上と繰り返し移動していく。そして忍者は小天守へと移動した。


「時間稼ぎか」


 再び小天守へと移動した俺は独り言のように呟くと忍者は頷く。


「その魔法、制限時間があると見た。加えてクナイで抑えられているとはいえその出血、其方からすれば望まぬ決着だろうがそれでも拙者の勝利という結果は変わらぬ」


「なら、俺はその時間が来る前に倒す! 」


 そう言い返し再び屋根を移動し剣を振るうもすべてが防がれ再び頂上へとたどり着く。そして再び忍者は小天守屋上へと飛び移ろうと瓦を蹴り跳ぶ。俺はその姿を見て深呼吸をする。


 そもそも、頂上から小天守屋上までは高さがあるとはいえかなりの距離がある。それをこうも跳ぶのは俺にはこの剣を覗いて投げることのできる飛び道具がないと確信しているからだ。だがその認識は誤っている! 俺には剣以外にも投げることのできる物が1つ存在する! !


 俺は奴を追うように剣を背中の鞘に納め瓦を蹴った後、自分の左手に刺さっているクナイを思い切り引き抜き忍者の放った手裏剣目掛けて投げつけた。キィンッ! と鋭い音とともに1本のクナイと2枚の手裏剣が軌道を変え落ちていく。即座に背中の剣の柄に手をかけて再び剣を引き抜く。そのまま跳んでいる忍者の方へと向かっていく。勢いをつけた分俺は忍者との距離を徐々に縮まっていく。


「何と! 」


 そう言いながらもしっかりと俺の剣に合わせるようにクナイで防いだ。だが俺の真の狙いはそこではない! 彼の着地時に生まれる隙だ! 今の攻防で俺の落下時の勢いは消え去り先に屋根に着地するのは忍者がとなる。その時の着地時に体制を崩さずにはいられないだろう! すかさずそこを撃つ!


「愚かなり、空中で身動きが出来ないのは其方も同じ! 」


 俺の推測とは異なり忍者はそう言うと右脚で先ほどのお返しとばかりに俺を蹴とばした。


「ぐっ! 」


 大したダメージはない、問題は一瞬の隙が生まれてしまったことだ。案の定、俺が着地するときには既に忍者は受け身の姿勢を取り着地を済ませたばかりか距離を取っていた。


「まさか流血を抑えていたクナイを自ら引き抜くとはな……正に最後の手段であろう天晴よ。だがここまでだ」


 忍者が俺の健闘を称えるように語り掛ける。彼の言う通り俺の左手はクナイが無くなりあっという間に血が指を伝い屋根へと垂れている。


「それでもまだ、終わっていない! 」


 俺は地面を蹴り忍者目掛けて走る。ただ無策で突っ走っているように彼に見えたかもしれないがそういう訳ではない。最期の秘策があった。


 奴は俺が強化を使ってから攻撃をしかけてくるのは手裏剣だけだ。それはつまり自分が後に回らないと返り討ちにあうと判断しているからだ、だからこの攻撃を今まで通り奴は受けるはずだ!


「無駄だ! 大人しくしていれば楽に死ねたものを! 」


 そう言いながら俺が振るった剣をクナイで受けた。キィンッ! と音がする。それは俺の勝利が確定したことを示す音だった。俺はすぐさま血が流れている左手を剣目掛けて動かす。


「其方……まさか」


「ああ、そのまさかだ! 俺がクナイを抜いた真の目的は手裏剣を掃うためじゃない! ただ剣を握るのに邪魔だったからだ! ! 」


 そう言い終わらぬうちに左手が剣に到達する。


「ぐっ……あああああああ! 」


 感覚はほとんどないばかりか剣に触れ痛みに襲われるが今はそんなのに構っていられない! 今はただこの腕を振り下ろしこの忍者を斬り伏せるしかないのだ!!


「よもやそこまで……」


 忍者が感嘆ともとれる声を漏らす。その手に持つクナイは震えていた。


 あと少し……あと少しだ! 何か…………何か俺に力を! ! 何でもいい……今この瞬間に力を!


「うおおおおおおおおおおおおおおお! 『蒼嵐剛砕』! 」


 大雑把だが今この瞬間は弱所を見極める必要は無くただ振り下ろせばいい! スペードの「必殺技には名前を叫ぶことでテンションが上がり攻撃力が上がる」という言葉を思い出し考えた技名を叫ぶ。すると不思議なことに力が湧き出てきた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ! ! ! ! 」


 パキィィィン! とクナイが折れる音がした。次の瞬間


「見事……」


 その忍者の言葉を聞き終わらぬうちに俺は彼の身体を切り裂いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る