2-5「首都、ニンビギ」

♢ 

トーハさんと別れてからニンビギの門へ向かう。何度も通ったことのある道だけど、思えばいつもは馬車に乗ってきていたのでこうやって歩いて門をくぐるのは初めてだった。


 この距離を歩こうだなんて考えたこともなかった、トーハさんと出会ってからは攫われたりサイクロプスと戦ったりニンビギまで歩いたりと初めての経験ばかりだ………と小さく笑う。ルイーダと旅にすることになっていても馬車で来ていただろう。




 ルイーダ………あのとき私に杖があれば………魔法が使えれば………助けられたかもしれない。




 自分のことを助けに来てくれたのに力及ばず死なせてしまったのは心が痛む。




 しかし、いつまでもルイーダのことを思い出し暗い気持ちになっているわけにはいかない。




 私はギュッとトーハさんからもらった木の棒を握りしめる。




 こうすると力が湧き出てくる………そんな気がする。自分なりにお別れは済ませたのだ。前に進まなくては………




 歩いていると大きな門の前にたどり着いた。鉄製の門は森からは良く見えなかったが開いており中には賑やかな立派な建物や馬車、大勢の人が見える。




 変わらないなあ、としみじみと思う。最後にこの街に来たのは学校を卒業した時だから………1つの月ほど前、それほど時は経っていなかった。




 とはいえ卒業してからは大きな街とのこともあり頻繁に来ることだろうと思っていたのだが、お洒落も冒険者になることを考えると気が進まず。学校では変に浮いていたため友達は1人しかいなかった。




 その友達も卒業と同時に冒険者として旅に出て行ってしまったので、理由もなくなり特に街に来たいとも思わなかったのだ。




「こ、こんにちは。」




 門の前で見張りをしている人と目が合ったので緊張しながら挨拶をする。こうやって見張りの人に挨拶をするのは始めてのことなのに加えこの人は森のほうをみていた。もしかしたらトーハさんと2人でいるところをみられたかもしれない!トーハさんはゴブリンなのでゴブリンの使い魔と思われているかもしれない。


 ここを通ろうとした瞬間串刺しにされるなんてことも………と考えると緊張せずにはいられなかった。




「こんにちは!ようこそニンビギへ!」




 そんなことを考えていたから、予想外に丁寧に挨拶をされて戸惑った。私は笑顔で会釈して彼の横を通った。




 しばらくぶりのニンビギを周りを見渡しながらまるで何十年ぶりに訪れたかのように懐かしみながら歩く。離れていた時期がそれほどでもないのでほとんど変わっていなかった。


 友達と買い物をした書店、たまにこっそり買い食いをした店、何もかもが懐かしい。このまま数年間の習性で学校へも行こうと足が動いたが、考えてみるとこんな魔法使いなので迷惑をかけてばかりだったとすぐさま止まった。そもそもそのような時間はないのだ、王宮へ急がなくては!




 王宮は王様に遠くから初めて来る人も多いためすぐ場所が分かるようにと王宮までの道には道の真ん中から1メートルほどの幅で赤く塗られている。道案内に加え王宮への客人を歓迎するレッドカーペットのようだ。普段は馬車が通るのでこの道の上は馬車専用通行人にとっては目印程度だ。夜になり馬車の道がなくなったらこの上を歩いて高貴な気分を味わいたいというのはこの街に来たものなら誰でも思うことだ………と信じたい。




 私は王宮に行ったことは学校に入学したときに冒険者の卵として入学者全員で挨拶に行ったときだけなのでほとんど記憶はあいまいだったので赤い道を確認しながら進んでいく。


 学校とは正反対の方角なので噴水や橋、みたことのない食べ物やや酒場など新鮮な気持ちで街を歩くことができた。




 しかし、全体的に大理石などで白い建物で作られているこの街に、堂々と赤い橋を置きたくなかったからか橋の上まで真ん中から1メートルは赤く塗られているのはどうなのだろう?と思う。


 デザイナーさんも苦労したんだろうなあ………と私は苦笑する。




 やがて街の片隅に王宮が見える。始めてみたときも感銘を受けたが、やはり王宮はこの国スウサを代表するだけあってとても大きくて美しい。階段も赤く塗られていたが、これは文句なしにレッドカーペット!それにここは階段なので馬車の姿もない、堂々と歩くことができる!


 ついつい気持ちが弾んでしまう。この気持ち、トーハさんは分かってくれるだろうか………?




「何か御用ですか?」




 階段を上ったところで守衛の方に声をかけられる。装備は門の所にいた人と同じのようだが、この人は少し不愛想な感じだった。


 用事のないレッドカーペットに憧れてきた人たちに注意するためにもここの配置の人はこういう人のほうが良いのだろうか?




「私、冒険者登録がしたくて、王様に会いに来たのですが…」




「冒険者登録ですか、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」




「ダイヤ・ガーネットと申します。」




 私の名前を聞くと男は何やらメモのようなものを取り出し上から指さしながら確認をしていった。


 今日来客予定のリストだろうか?




「ダイヤ…ダイヤ…ああはい、見つかりました、ダイヤ・ガーネットさんですね、王様がお待ちですので中へどうぞ。王様の部屋まではこれまで同様赤い通路を目印にお歩きください。」




「ありがとうございます。」




 長く待たされるのを覚悟していたが意外にもすんなりと中へ入れて困惑する。しかし、中まで赤い通路があるとは………


 門を手で開いて中に入る。中はとても広くて銅像や鎧が等間隔で並べられていて2つの螺旋階段、遥か頭上にシャンデリアがみえる。そして、ここからは赤く塗られているのではなく………本当にレッドカーペットが敷いてある。レッドカーペットは道の中央にあった1メートルではなくこの城の床の真ん中から半分以上を占めており、2つに分かれて階段へ…更に上へと続いている。


 この気合の入った内装をみて本当にカーペットは部屋まであるのだと確信した。


 ここまで豪華なのは客人を持て成すだけではなく他の国に自分の国の国力を見せるという意味もあるのだろうか?そんなことを考えながら階段を上って行く…かなり長い階段だが登るたびにシャンデリアや綺麗な天井が近づいてくる感覚に心が弾む。




 階段を上ると左右に幾つも部屋があるのが伺えるが残念ながらカーペットはそちらではなくまっすぐ行ったあとの大きな扉につながっていた。




「すみませんが、荷物はこちらでお預かりいたします。」




 扉の前にいた男性に声をかけられる。トーハさんの言う通り、荷物検査だ………!私は男にカバンと杖を手渡す。


 とはいっても荷物の中を調べられるということはないようだ。カバンの中にトーハさんがいるというわけではないが安心してしまう私の所にもう一人の女性、が近づいてきた。




「すみませんが、身体検査のほうをさせていただきます。」




「はい、どうぞ。」




 そう言って私は両手を挙げて万歳の姿勢を取る。杖は渡したが身体に何か忍ばせていて悪事を働く………ということは十分に考えられる。


 彼女が私の身体を触り始める、ちょっとくすぐったいけどここは王宮だ、ということを考えると笑いをこらえたほうが良さそうだ。




「おや?」




 足のつま先から動いていた彼女の両手が不審そうに私のポケットで止まる。しまった!ポケットには………彼女は「失礼。」と頭を下げた後に私のポケットに手を入れトーハさんからもらった木の棒を取り出した。




「こちらは………?」




「あ、す、すみません!」




 と私は彼女に詫びながら木の棒を受け取りカバンの中に入れた。




「大切なものなのですか?」




「はい………」




 どこにでもある木の棒だろうけど、私にとっては彼がくれた大切なものだった。物が物なだけあって幸い没収ということはないようだ。


 身体検査が再開される。他には、特に問題もなかったようで彼女も手馴れているのだろう、すぐに終了した。




「それでは中へどうぞ、王様がお待ちです。」




「すみません、もう王様にお会いしても良いのですか?」




 私は思い切って尋ねる。だって王様だ!こんなに簡単に待たされることもなく面会ができるのかと疑問に思ったのだ。




「はい、何より冒険者登録の方が最優先と王より仰せつかっておりますので。」




 そう言って彼女はお辞儀をして門を開いてくれた。冒険者を陽がくれないうちに送り出すための配慮、魔王を倒せるかもしれない冒険者を1人でも多く、早く送り出すことが何よりも大切だということだろうか。


 いずれにしても私には有難い計らい。




「おお!よくぞ来てくれた。」




 扉を開けると入り口に負けずとも劣らない赤と金色の内装の豪華な玉座の間に出る。このニンビギの赤い道はこの部屋が終点のようだ。


 武装した兵士2人に護衛された少し遠くの赤と金色の玉座に座る赤いマントに王冠を被った男。小太りではなくスラっとしており白髪をみるに年配の人のはずだがそれを感じさせないようにキリっとした鋭い目を持っているこの人が王様だ。


 念入りな身体検査の後に護衛を2人側にいるというこの状況で影武者なんてことはないだろう。




「この度は国王陛下の貴重な時間を割いていただいたことに感謝いたします。」




 私は頭を下げる。冒険者が最優先していると聞くと余計に畏れ多く感じる。




「よいよい、其方はオパールの娘だったな。3年前、兄のトパーズをこうやって見送ったことを思い出す。トパーズは元気か?」




「それが………」




「そうか………」




 私の様子をみて察してくれたのだろう、王様も言葉に詰まる。




「ですが私は、兄はどこかで生きていると信じています!」




「そうだな。」




 王様は遠い目をして答えた。ここに来る途中にトーハさんから便りがないのは良い便り、という言葉の意味を教えてもらった。遠くにいる人から長い間連絡がないのは、悪い知らせが来るというわけではないのだからむしろ無事であるという意味のようだ。


 実際、兄からの行方は途絶えたものの兄が死んだという知らせは私たち一家にも国王の耳にも届いていないようだ。1冒険者なら家族や王の耳に知らせが来るということはないのかもしれないが、父が冒険者としてかなり有名だったのを考えると知っている人がいてもおかしくないのではないかと思う。




 人知れずどこかで………という可能性もあるがいい方向に考えたい。




「すまなかった………それで、冒険者登録の話だったな。非常に申し訳ないのだがこの場ですぐに………というわけにはいかんのだよ。」




「え?」




 すぐに冒険者登録ができない………?一体どういうことだろう………?

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