1-8「俺の話」

 俺が村から出てから数時間が経過していた。あれから俺はひたすら元来た道を走り森の中へ走った。そして、彼女が目覚めるのを待っていた。


「んっ…んんう……ここは……?」


 彼女が目を覚ました。まだ眠いのか目を擦っている。


「目が覚めた?おはよう」


「えっ………きゃあ…んぐっ………」


「しっ。ここでは叫ぶのはまずい。モンスターに気付かれる!」


 彼女が再び叫ぼうとしたので俺は必死に口をふさいだ。


 まずいなあ、これでは猶更怖がらせてしまうかもしれない。


「モン………スター………?………ああ、そっか………私はまた夢を見て………」


 彼女の村は今日ゴブリンに襲撃されたばかりか今はさらわれて森の中で拾った縄でゴブリンに縛られている。夢だと思っても当然だろう。


「落ち着いてくれ!これは俺も夢だと思いたいけど夢じゃない!!話を聞いたら村に帰す………だからお願いだ!」


 怯える彼女に何度も何度もそう語りかける。数分は経っただろうか、ようやく彼女は落ち着いたようだ。


「本当………ですか?」


「ああ、本当だ!だから俺がここに呼ばれた理由を教えてくれ!君が俺を呼んだんだろう?」


「私が………ですか?」


 村の時と同じだ、彼女は本当に心当たりがないようだ。本当に何も知らないとばかりに首をかしげる。

 

 そんなはずはない………!間違いなく俺を呼んだのは彼女の声なのに………!!どういうこと………なのだろう?まさか彼女に似た声の主がほかにいたのか?それを俺は勘違いして………


「そっか、こんな怖い思いさせちゃってごめん………」


「い、いえ………」


「今から送っていくよ」


 さっきは無我夢中で連れながら逃げ出してきたが、幾ら夜とはいえ大事な娘が誘拐されたのだ…あの男と母親らしき女性の行動は容易に想像できる。

 きっと今頃村を出て探し回っていることだろう。あの腕なら大丈夫だと思うが、万が一のことを考えると………この森にはサイクロプスもいるらしい。もし遭遇するなんてことになったら………合わせる顔がない。

 いや、元々なかったのかもしれない。


 そんな風に自虐をしながら彼女の縄を解く。 が、この後の手がかりのない生活を考えると手が震え思うように動かせない。


 ちくしょう、誰だ!こんなに固く出鱈目に縛ったのは!!俺はこれからどうすればいいんだ!


「あ、あの………貴方は人間なのですか?」


 ふと彼女が俺に尋ねた。


「えーっと…うん」


 そっか………どうすればいいか分からないなら自分のことを話せばいいんだ。

 彼女ではないにしても、似たような声の人が俺のことを知っていてくれる。例えこの先、どこかでゴブリンだと兵士に、モンスターに殺されたとしても俺は人間だったと知っている人がこの世界にいる。

 それは凄く………幸せなことのように感じた………。


「俺はさ、別の世界から来たんだ………」


 そう切り出して俺は俺の話を始めた───。会社でのこと、手先が不器用で紐を解くのに昔から苦労したこと、誰かの『助けて』という声にこたえたこと、ゴブリンの洞窟内でのこと、村に侵入したこと、気絶した彼女を連れて逃げ出したこと───すべてを話した。

 俺が話をする間、彼女は何も言わなかった───気が付くと、手の震えは止まっていた。


「長々と話してごめん、でもこれが俺の知っていることの…この世界でやったことの全部だ」


「いえ、話してくれてありがとうございます。貴方は違う世界のひとなのですね。でも不思議ですね、その声は一体誰のものだったのでしょう?」


「分からない………でもその声以外に心当たりがないんだ。もしかすると雷に打たれた…いや死んだ人間は異世界に行くという決まりがあるのかもしれない。もしかしてこれは夢………?」


「声……?夢……?あああっ!!!」


 すっかり考えこんでいた俺の声を聞いて、彼女は何かを思いついたかのように大きな声を上げた。


「ちょっと…そんな大きな声を出したら!」


「すみません…でも私、もしかしたら………ずっと夢だと思っていたのですけど………」


 そう言って彼女は父からもらった杖にオーブをセットした途端みた奇妙な夢のことを語り始めた、行方不明だと思った兄が帰ってきていたこと、妖精が現れ何か一つ願いをかなえてくれるといったこと、仲間が欲しいと願ったこと………


「つまり、やっぱり俺を呼んだのは君だったということか」


 これは、ここにきて再び差し込んだ蜘蛛の糸だ!その杖に仲間が欲しいとまで願ったほどの彼女の使命をやり遂げれば俺は…元の世界に……人間の姿に戻れるかもしれない!!


「すみませんでした、夢から覚めた後はいきなりゴブリンの襲撃と夢のようなことが起きて何が夢なのか分からなくなっていました。」


「申し訳ない………それで、その杖は?」


「それが………家に置いてきてしまいました。」


 夜だというのに姿が見えない両親を探し無我夢中に飛び出し起きたところをゴブリン…つまりこの俺に攫われてしまったと。

 考えてみれば俺が攫ったときに彼女は杖を持っていなかった。その前に落としたか家の中に置いたのかのどちらだろうが、少なくとも落としたわけではないと分かり安心した。

 となるとこれで彼女の家に杖があれば杖の力は本物、なければ夢というとこになるわけだ。

 できればあることを願いたい………


「よし、じゃあ送っていくよ!君は杖があったかどうかを後でこっそり教えてくれ!!」


 俺は明るい声でそう伝え縄を解くのを再開した。

 いや待てよ………


「君がその何でも願いが叶う杖に仲間が欲しいとまで願ったのは何の目的のため?」


「それは………魔王討伐のためです。あっ…この世界の人ではなかったのですね、それでは一から説明します。」


 彼女は18歳で冒険者と認められること、この世界には魔王がいること、魔王はどこにいるかもわからないが恐ろしい存在だということ、とこの世界のことを説明してくれた。


 魔王討伐………?

 なるほど、世界のどこかにいる魔王を倒す物語………ゲームでよくある展開だ。まあ大体その主人公は凄い才能のある勇者だったりするわけだが………


「どうしてその妖精にもっと…なんというか凄い杖とか自分に凄い才能をとか願わなかったの?」


 簡単な話だ。まず何でも願いをかなえると言ったら俺だったら俺に凄い力を授けてもらっていたことだろう。それ故に、彼女が何故仲間を呼んだのか疑問だった。


「実は………」


 彼女の父曰く、杖自体がかなり強力なものであろうこと、彼女は攻撃魔法を使えるものの威力がとんでもなく周りへの影響を考えると滅多に使えるものではないこと、それ故に彼女は回復と防御魔法以外は使えないに等しいことから一緒に旅をする冒険者がおらず不安なこと、一緒に旅をしてくれるという同期には不満を持っていること、と彼女の話を聞いた。何だか結果的に彼女のことをたくさん知ってしまい申し訳なくなる。


 つまり、彼女は魔法使いなのに攻撃魔法を使えないというハンデを背負い自分で戦えない…そんな自分と旅をしてくれる人を探していたというわけか。

 

しかし、残念ながら俺はゲームでは冒頭真っ先に倒されているであろうゴブリンだ。


「えっと………何でゴブリンなの?」


 仲間にするならどうせならドラゴンとかデーモンとか………いやそれこそチート能力を沢山持った勇者として呼んでくれれば………と思わずにはいられない。


「それは………どうして………なのでしょうね………。」


 彼女も苦笑いをしていた。

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