第3話 母校でデート
爽やかな春浅い青空の広がる清々しい朝のそよ風が心地よい。
長閑な田園風景が広がる母校の裏庭で初恋の人と待ち合わせ。
未だ彼女は来ないなあ、どうしたのかなあ、心配だなぁ。
「あっ、来た、来た、ゆうこさあ~ん!」
「ごめん、ごめん、待ったあ~」
「ううん、ちっとも、天気晴れて良かったね」
「そうね、どこ連れてってくれんの?」
「校舎の周りをさ、ゆうこさんとお散歩したくてね」
「あ、そう、いいよ~、それでも」
二人は校舎のそばに流れている小川に沿って歩き出した。
未だ冬枯れた雑草がところどころに茶色を遺していた。
「なんか懐かしいよね、何十年ぶりに来たけど」
「ええ、学校の周りも何も変わってないわね」
「ねえ、この川の畔で鬼ごっこして走り廻ってたよね」
「あなた、足遅いから直ぐに追いついたわよ」
「ゆうこさん、走るの僕より速かったもんね」
この時、二人の脳裏にはお互い駆けっこして走り廻ってた
情景が思い浮かんでいて、しんみり感慨に耽っていたけど
直ぐに二人は殆ど同時に前を向いて歩き始めた。
校舎の表玄関前の方に向かい少しばかり速足になっていた。
「あっ見て、ほら、学校の前に広がってる田んぼでさぁ、
美術の先生が写生会を開いて、みんなで画板を担いで
狭くて細いあぜ道を渡りながら、好きな場所を探してさ」
「そうだったわね、アタシ田んぼに落っこちそうになって」
「木沢って奴が落っこちて泥んこなって、みんなにバカに
されて泣いてたよな~」
「可哀想だったわよ、アタシと加代ちゃんで手を伸ばして
助け上げたんだよ、お蔭で運動靴が泥んこなったわよ」
「ねえ、もう一回、あぜ道を渡ってみない?」
「うん、いいけど落ちないように気をつけなきゃね」
「そうだね、僕たちもう中学生じゃないもんね」
「アタシは未だ未だ若いわよ、あなたハゲてるし、ぷふふ」
「いいよ、それは認めるよ、だけど、ゆうこさんはずっと
今も変わらずとっても綺麗だよね、ほんとだよ」
「あら、な~んにも出ないわよ~、アハハハ」
学校の前に広がってる田んぼに向かって二人は歩き出した。
少し肌寒いけれど爽やかな春の風がそよそよと渡っていた。
でも陽射しが眩しくて気温も上がり肌寒かった風も段々に
ぬるくなって春はもう近い、そんなお昼どきだった。
冬特有の澄んだ空気の匂いと枯れた雑草や田んぼの泥臭い
匂いが絡まり、春の訪れを邪魔しようとしているみたいに
何とも言えぬ、然し自然の心地良い息吹きを漂わせながら
すぅ~っと鼻に抜けるように清々しく立ち込めていた。
「あっここ土が崩れてる、ちょっと待って、手をつなご」
「ありがとう、ハイヒールでなくて良かったわ」
「だって母校でデートだもん、ズックや運動靴の方がいいよ」
「そうね、懐かしい~、運動靴なんて、ねえ~」
田んぼの脇を流れる狭い水路に沿った今にも崩れそうな細い
あぜ道を二人は歩いて行った。
チョロチョロチョロ~~~
水路を流れる水が陽射しを浴びてキラキラ煌めきながら
まるであの頃へと誘うかのように心地良く流れていた。
「ゆうこさん、ほらあそこに小さなメダカが居るよ~」
「ほんとだ、あの時も男子たちは写生サボってザリガニ採り
してたでしょ、先生に見つかって怒られてたじゃない」
「うん、でも僕はちゃんと絵を描いてたよ」
「アタシだって、ふふふ」
「ゆうこさん、ゆうこさん、こっち見て~、ほら今度は
ちっちゃなカエルが二匹も居るよ、あれは夫婦かな?」
「変なの、カエルなら”番い”(つがい)でしょ、もう~、
夫婦だってぇ~、可笑しい~」
未だ青くない、土色をした小さなカエルが二匹じっとして
並んでいた。きっと春を待ってるかのように思えた。
二人で空を見上げた。
青く澄み渡る大きな空がどこまでも広がっていた。
わずかに白い雲たちが自由にその中を悠々と遊んでいた。
上空にはきっと風が強く吹いているのか、白い雲たちは
丸く合わさったり、行儀悪く四方に千切れたり、雲どうし
追い駆けっこをしているようだった。
「あの白い雲たち、追い駆けっこしてるよ、あの頃の
僕たちみたいだね」
「うふふふ、子供みたいなこと言ってるのね、可愛い~」
このまま時間よ止まってくれ!!
いつまでもこのまま、ゆうこさんと一緒に居たい!!!
空に向かって僕は心の中でそう呟いていた。
他愛も無い、ゆうこさんとの二言三言の会話に
僕は夢うつつながらに幸せを感じていた。
いつの間にか、お日様はアタマのてっぺんを少し過ぎて
時折に春めいた生ぬるいそよ風がゆうこさんのしなやかな
髪を優しく揺らしていた。
彼女は春の予感が漂う温かな陽だまりの中であの頃と何も
変わらない少女のような可愛らしさで輝いて見えた。
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