愛、会い、哀、I

辻川優

プロローグ

 「僕は今までずっと優しい人間だと言われてきました」

 

 「それなら、どうして彼女を殺したんですか」

 

 「それが、彼女の望みだったからです」

 

 「本当に、そんなことを望んだんですか」

 

 「はい」


 「もう、話すことはないですか」


 「いえ、最後に、少しだけ僕の話を聞いてもらっていいですか」


 「どうぞ」


 「僕は、優しい人間と言われる反面、優しさが何かわかりませんでした」


 「分からないから、人から求められることを極力やってきました。そうしたら周りの人たちは喜んでくれました」


 「優しいね、ありがとう。なんて決まり文句を言いながら。優しさって、こういうことなんだって思いました」


 「でも、何度も何度も僕が同じことをしていたら、次第に周りは僕にありがとうと言わなくなりました」


 「僕は優しくて当たり前。きっとそういうレッテルが張られていたんだと思います」


 「でも、そのせいで、僕はまた優しさが分からなくなりました」


 「でも、彼女だけは、最期まで僕に優しいと言ってくれた。僕はそれだけで十分でした」


 「僕が首を絞めた瞬間彼女は笑顔でありがとう、と言いました」


 「泣きながらごめんねと言う僕とは対照的に」


 「結局、僕は今も優しさが何かわかりません」


 「同時に、彼女を失った僕は、愛が何かも分かりません」

 

 僕は、優しさを知らなかった。

 彼女は、愛を知らなかった。

 

 愛と、優しさ。


 それが何なのか、よくわからないまま、自分の中で作り上げた。

 

 そんな不完全な愛と優しさを持ち合わせて、僕らは互いを補い合った。


 あの時、僕らは生きていた。

 僕は優しさをはき違えながら、彼女は愛をはき違えながら。

 

 僕らは、生きていた。それは後に「日本で一番優しい殺人事件」として人々の心に残りながら。

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