第131話 人の恋路を邪魔するやつは…… 

 白のシルク生地に、淡いグリーンのシフォンを組み合わせた華やかなドレス姿で登場したテレシア様。


 その美しさに誰もがハッと息を呑んだ。


「テレシア様……綺麗」


 思わず漏らした私の言葉に、周りのみんなは頷いた。


 チラリと、ジョアンヌ様の方に顔を向けると恐ろしい形相で睨みつけている。


 うっわ! 怖っ!

 さっきまでの可憐な容姿はどこ行った?


「わ、わたくし、少し外の空気を吸って来ますわ」


 そう言いながら、ジョアンヌ様は取り巻き青年達を引き連れてテラスの方へ歩きだす。

 扇を握りしめる手が小刻みに震えているのを見るかぎり、相当衝撃的だったようだ。


「マリ、えっと、マリオ、このあとどうする? ……このままじゃ、ご挨拶周りで顔を合わせるよね」


 いつの間にか、隣に来ていたシャノンが小声で囁く。

 ああ、うん。そうだよね。

 しかもあの視線だけで人を殺しそうな様子を見た後じゃあ、これ以上接触させるわけにはいかないよね。

 さて、どうしますかね。

 うーん。


「心配はないよ。我が妹はそんなに弱くはない。むしろ、自分で落とし前をつける気満々だよ」


 そう言いながら、シャルル様は白い歯を見せて笑った。

 頼もしいその言葉に、ホッとしてシャノンに顔を向ける。


 むむむ? こ、これは?

 紅く染まった頬に、潤んだ瞳……そしてその視線の先にはシャルル様が……。


 恋に落ちる瞬間を目撃!

 だけど、非常に残念なことに今のシャノンは『シャン少年』に扮しているのだ。

 女性として意識してもらえるはずは無い。

 むしろ、少年姿のシャノンを意識する方が問題だ。


「もしかして、君たちは何か企んでいるのかい? もしそうだとしたら、危険なことはしてほしくない。まあ、何が起こったとしても絶対に僕が守ってみせるけど。誰も傷ついてほしくないからね」


 おっ、おお!

 今の一言でシャノンは完全に胸を撃ち抜かれたっぽい。

 ふらついたシャノンの肩を抱きながら私は口を開いた。


「あ、あの、シャルル様。質問です! 婚約者はいらっしゃいますか?!」


 場違いな私の質問に周りのみんながポカンと口を開けた。


「ま、マリオ、こんな時に何言ってるの?」


「なぜ今、その質問なの?」


 リリーとドリーの言葉に他のみんなもそうだ、そうだと頷く。

 まったく、君たちときたら……馬に蹴られちゃうぞ。


 そんな中、給仕のボーイに扮しているジーク先生とエリアス先生は『今、食べ物と飲み物をお持ちします』と足早に去って行った。

 まさか、私の脳に栄養が足りていないと判断した?

 もう、今の私の発言には深い意味があるんだからね。

 シャルル様の答えによって、シャノンのこれからの生き方が決まるんだから。


 ほら、シャノンは息を殺しながら、シャルル様の言葉を待っているじゃない。


「あはは、まあ聞かれても別に困らない。婚約者はいないから。僕やテレシアの世代は、王子達と年が近いせいで婚約者選定を遅らせている令嬢が多いんだよ。必然的に男側もそうなる」


 なるほど、婚約者の座を皆さん狙っているわけね。

 それに伴い、令息たちも選定が進まないってことか。

 まあ、第一王子の婚約者はすでに決まっているから、今は第二王子のラインハルト殿下が標的なのね。


「ああ、それと、第二王子と人気を二分するリシャール伯爵令息もまだ婚約者がいないのも要因の一つだな」


 なんと、アンドレ兄様の影響もあるんだ。


「君たちの世代は、第一王子の恋愛劇の影響で政略結婚が少ないみたいだね。ブライアンが連れているご令嬢は学園の友人だと聞いたが、そんなお相手がいて兄としては安心したよ。あとで正式に紹介してほしい」


「「「ぶっ!!」」」


 シャルル様の言葉に、その場にいたみんなが一斉に吹き出す。

 ああ、顔合わせの場にいなかったから女装したダニエルをどこぞのご令嬢と思っているんだ。


「兄上、やめてくれ。こいつはそんなんじゃない!」


「こら、ブライアン! ご令嬢を目の前にしてなんて言葉を!」


「い、いや、だから、本当にそんなんじゃなくて!」

 

 ブライアンの隣で顔を紅くしながらうつむくダニエル。

 肩が揺れいるところを見ると、どうやら笑いをこらえているようだ。

 はたから見ると、恋人にひどいことを言われて傷つくご令嬢にしか見えない。


「ブライアン、それ以上ご令嬢を傷つけてはならない。すまないね、お嬢さん。弟には僕からきつく言っておくから」


「い、いえ、良いんですの。ブライアン様が私の事をそうおっしゃるのは仕方ありませんもの」


 ダニエルがいつもより高い声で言った言葉は、笑いを堪えているがため震えている。

 周りにいる私達も笑い声を挙げないように口を押さえながらうつむいた。

 ああ、笑いたいのに笑えない。


「つ、つらい……」


 思わず漏れた私のつぶやきに、シャルル様が眉毛を上げた。


「まさか、我が弟は、学園でいつもこのご令嬢にこのような態度を取っているのかい?」


「! 兄上! 違います! これにはわけががあるんです!」


「ブライアン、そのわけとやらを後でじっくりと聞かせてもらおう。今は、テレシアの祝いの席だ。誠意を持ってこのご令嬢をエスコートするように。わかったか?」


「……は、はい……」


 あ、なんだろう、すっごい恨みがまし目でブライアンが私を見ている。

 思わず視線をそらすとジョアンヌ様一行が、テレシア様とウルバーノさんに近づいていくのが見えた。


 では、私達も移動しましょう。


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