第121話 パーティーにはカクテルがつきものです

 


この回は、ブライアン視点→マリアーナ視点と、視点が変わります。



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 ブライアン視点




 迎えに来た兄上達に囲まれて、笑顔を見せるマリアの姿に僕は目を細めた。

 動くクマのぬいぐるみのべリーチェに、界を渡ってきた真っ白な大型犬のシュガー、極めつけは体のサイズを小さくした飛竜のクラウド。


 マリアの周りだけ、まるで絵本から抜け出したように幻想的で目が離せない。

 学園の登校時に見慣れた情景なのにな。

 ああ、ほら、うちの使用人たちも呆然としてるよ。

 なんといっても、姉上の一件でマリアは強い治癒の力を持った女神の愛し子ではないかと屋敷中で噂されていたからな。

 隣国のナンカーナ皇国では、『女神の愛し子』や『救国の聖女』のおとぎ話が流行っているというから、それに重ね合わせたのだろう。

 これは、マリアの錬成術のことをごまかした結果だが、今のこの光景を目の当たりにした者たちはきっとそれが真実だと思ったんじゃないか。


 それにしても、学園の教師であるエリアス先生がいるのはなぜだ?

 確か、王城魔導師団から派遣の臨時教師だったはず。

 エリアス先生もジーク先生と同じくマリアの護衛として学園に潜入してるってことか。

 王城騎士団と王城魔導師団の護衛。

 ウルバーノさんから、マリアは第二王子の婚約者候補だと聞いたときは半信半疑だったが、この状況をみるに、候補ではなく本命ってことだな。

 青の騎士団の団長と、副団長までお出ましとなると疑いようもない。


 いつ正式に公表するんだろう?

 もちろん、それまでは僕の胸の内にしまっておくつもりだ。

 マリアは僕の姉上、いや、僕達家族の恩人だから。

 綺麗に整った姉の横顔、その姉を抱きしめながら大号泣する父上、そんな二人の背中に手を添えながら涙ぐむ母上。

 三年前は、こんな幸せな場面を見られるなんて思わなかった。

 留学中の兄上に手紙が届くのはもう少し先だが、届いたとたんにきっとすっ飛んでくるだろうな。

 兄上の驚く顔を想像して、胸がじんわりと温かくなった。


 明日は、この屋敷で姉上の快気祝いを兼ねた誕生パーティーだ。


 急に決まったことなので、身内とマリア達だけのこじんまりしたものだが、三年ぶりのパーティーとあって、使用人たちの気合も十分だ。

 食いしん坊のマリアには、ぜひアルフォード領の名物料理を堪能してもらいたい。

 スパイダーキラービーの飴を食べた時のように、驚いた顔をしてくれるだろうか?

 あれは、なかなか可愛かった。

 思い出した瞬間に、トクンと心臓が音を立てた。





 ***************



 マリアーナ視点



 本日は、テレシア様の快気祝いを兼ねた誕生パーティー。

 昨夜、飛竜で迎えに来てくれた一行は、別館に宿泊し今日の朝にアルフォード邸を後にする予定が、テレシア様をはじめとする皆様に引き留められた。

 アルフォード辺境伯様、直々にお願いされては、お断りできないものね。

 それに、お祝いの席に水を差すようなことはできません。

 なので、リシャール邸に向けて出発するのは、明日ということになった。


 招待客は、私達七名と、防衛団の班長と副班長、あとは非番の団員さん達。

 急遽決まったパーティーだが、アルフォード家の楽器ができる使用人さん達で結成した楽団まで揃っている。

 即席の楽団の奏でる楽曲に乗って、べリーチェとシュガーとクラウドが跳ね回るので、裏庭で飛竜のラウルたちと遊んでいてねと言い聞かせたところだ。

 見ている分には、可愛くて萌えるんだけど、調度品なんか壊されたら大変だものね。


 パーティーに出席するなんて想定外の私達は、アルフォード家で衣装をお借りして参加。

 私はテレシア様が十五歳くらいの時に着ていたという白のシフォンドレスを着用。

 ウエストも裾丈もピッタリだったのになぜか、バスト部分はスカスカ。

 侍女さん三人がかりで、お直ししてもらいました。

 悲しい……。





「あ、あの、だから、ウルバーノさん。もう、わかりましたから。頭を上げてください」


 私の前で何度も謝罪の言葉と、感謝の言葉を言いながら頭を下げるウルバーノさんに困惑中。

 パーティー開始からぴったりと張り付いていたアンドレお兄様とエリアス先生が離れたすきに、甘いものでも食べようと食事エリアに移動したところでつかまった。


「マリアーナ様、何度お礼を言っても言いたりません。俺の怪我の治療も、テレシアの怪我の治療も、本当に、本当にありがとうございます」


「いえ、ウルバーノさん。あの、私のことはマリアで良いですから。それに敬語も不要ですよ。ほら、出会った時のように威勢の良い話し方でお願いします。腰の低いウルバーノさんは、調子が狂いますから。敬語禁止です」


「うっ……そ、そうか……」


「あ、そういえば、ウルバーノさんって、ボスフェルト公爵家の護衛をしていたんですよね。公爵家のお抱え護衛なんて、好待遇なんじゃないですか? なんで、辞めて防衛団に?」


「なんでそんなことを知りたいんだ?」


「ああ、ただの好奇心です。事故の加害者と被害者、そしてその婚約者が一つの線で繋がっている。これって、単なる偶然なんですかね?」


「……確かに、繋がっていると言われればそうなんだが……。俺がボスフェルト公爵家を辞めたのは、もともと臨時雇いだったからだ。まあ、その期間が過ぎても居てほしいと言われてそのまま雇われたんだ」


 ウルバーノさんは、とある没落寸前の男爵家の四男で、もと冒険者。

 仕事依頼で、ボスフェルト公爵家ご令嬢の旅行の護衛をしている時に盗賊団から身を挺して守り抜いたことがきっかけで懐かれたらしい。

 それから、ボスフェルト公爵家の護衛として働きだしたが、ある日、ジョアンヌお嬢様からあからさまな好意を示されたことで、辞める決心をしたという。


「それって、ジョアンヌお嬢様はウルバーノさんのことが好きだったということですよね? その反対の感情がテレシア様に向かったってことはないんですか?」


「お、おい。めったなことを言わないでくれ。実は、ジョアンヌお嬢様が防衛団に一度訪ねてきたことがあってな。俺への想いは兄を慕う感情だと気づいたと言われたよ。だから、戻ってきてほしいと……」


 ウルバーノさんの話によると、それを断った時にジョアンヌお嬢様は、『そう言うと思いましたわ。テレシア様との婚約話も出ているそうね。私、応援しますわ。婚約パーティーには是非ともご招待くださいまし』と、笑顔を向けたらしい。

 そんなお嬢様が、わざと事故なんか引き起こすわけないとウルバーノさんは言った。


 うーん。

 気持ちと言葉が一緒ならね。

 女は気持ちと違う言葉を口にできる生き物なのだよ、ウルバーノ君。


「そうなんですね。そういえば、ジョアンヌお嬢様はお優しいと評判でしたね」


「ああ、そうだな。俺が公爵家にいた時、ジョアンヌお嬢様付の侍女が立て続けに二人辞めさせられたことがあってな。お嬢様の宝石箱から装飾品を盗んだんだ。それを聞いたときは驚いたよ。その子達とは、同じ使用人仲間だから話す機会も多くてな、よく買い物に荷物持ちとして同行していたんだが、気立ても良くてとてもそんな罪を犯すような子達じゃなかったんだ……結局、警備団に引き渡すところをお嬢様が庇って、修道院行ということになったんだ。それも、ジョアンヌお嬢様が寄付金をふんだんに送金している修道院だと聞いたな」


 ふーん。

 まあ、警備団に引き渡したら前科一般とかになっちゃうもんね。

 評判通り優しいご令嬢ってことなのかな。


「あ、ダンスの曲が演奏されましたね。さあ、ウルバーノさん、主役のテレシア様を迎えに行ってください」


「そうだな、じゃあ、行ってくる。その前に、マリア。ウルバーノ・ザケットはマリアーナ・リシャール様の危機には必ずはせ参じます。お忘れなきよう」


 片膝をつきながら、右手の拳を胸に当て私を見つめるウルバーノさん。

 盛装している強面のイケメンが、騎士のように誓いの言葉を言うなんて反則だ。

 イケメン耐性がなかったら、心臓発作で倒れちゃうぞ。





 一通り、ダンスの申し込みをこなし、アンドレお兄様のエスコートでテラスに避難。


「マリア、疲れただろう? ここに座ってて。僕は飲み物を取って来るよ」


 それは、ありがたい。

 もう足がガクガクです。

 それにしても、アンドレお兄様とエリアス先生が交互にダンスの申し込みをしに来たのには、まいった。

 二人とも踊るのが好きだなんて、意外だった。


「お待たせ。はい、これアルフォード領名産のグレーハニーエールだって。ベースはブドウのジュースで、甘いから女性に人気らしいよ」


 そう言いながら差し出されたトールグラスには綺麗なパープルの液体が入っていた。


「ありがとうございます。いただきます。んー! 甘くて美味しいです」


 これはまさしく、炭酸のグレープジュース。

 このシュワシュワがたまりませんな。


「気に入ったようで、良かったよ。それに……マリアが無事で、本当に、本当に良かった」


 思いつめたようにそう言いながら私の頭を撫でるアンドレお兄様に、胸がギュッと締め付けられる。


「心配をおかけしまして……申し訳ないです」


「それ、もう禁止」


「え?」


「その敬語。距離を感じるから禁止。僕はマリアのもっと近い位置にいたいから」


「……近い位置?」


 ん? 兄妹って一番近い間柄だよね?


「ま、それは置いといて。マリア、どうしてあの転移の魔法陣の上に足を乗せたんだい?」


「え? どうして? それは……」


 あれは……界を渡るために作られた魔法陣だった。

 亀裂が入ったのを目にして、咄嗟に駆け寄ったんだ。

 どうして? 懐かしい日本語で書かれた地名を見たから?

 帰り……たかった……?

 でも……私はマリアーナ・リシャールとして生きることを決めたんだ。

 だから……。

 隣に座るアンドレお兄様の綺麗な瞳とぶつかった。

 探るように覗き込む、お兄様の瞳に私の……マリアーナの顔が映る。


「わ! マリア、泣くな! ごめん、意地悪な言い方をした」


 泣いてる?

 私が?

 なんだか、頭の中がフワフワとしてきた。

 でも、ごめんなさいを言うのは私の方だ。


「ち、ちがう……。アンドレおにいしゃまはわるくないのれしゅ。ごめんなしゃい……」


 ありゃ? 舌がうまくまわってにゃい?


「マリア、大丈夫か? まさか、酔ってる?」


「酔ってにゃんかにゃいの」


「典型的な酔っぱらいのセリフだな。これ、意外と強いカクテルだったのか? いや、子供でも飲めるジュースのようなものって聞いたんだけど。あ、こら、もう飲んじゃダメだ。もうお暇して、部屋で休もう」


「あーらめー。ジュースもっとのむの。アンドレおにいしゃま、おこっちゃいやなの。でも悪いのはわたしなの。だって、お兄しゃまとお父しゃまを幸せにしゅるってきめたのに、わたし、ごめんなしゃーい! わあーん!」


「ま、マリア、泣かないでくれ。僕も父上も幸せだよ。君がいてくれてとても幸せだよ」


「わたしも、わたしも、しあわせよ。アンドレおにいしゃま、だいしゅき! もっと、もーっと、しあわせにしゅるからね」


「っつ! 殺し文句だ。とにかく、部屋に連れて行こう。ほら、マリア、僕の首に腕を回してつかまって」


「ふわあー。お兄しゃまの抱っこだ。お姫しゃまみたいね」


「くうう、可愛すぎだ。マリア、とりあえず、話は家に帰ってからだ」


「うん。お家に早くかえりたいね」


「マリア……確認だけど、マリアの帰りたいお家はどこ?」


「? マリアのお家はアンドレお兄しゃまと一緒よ。他にはないの」


「そうだね。ありがとう、マリア。大好きだよ」


 フワフワした頭の中で響く優しい声に、だんだんと瞼が落ちていった。




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