第89話 赤い記憶鏡と青い記憶鏡

「なんだこれは?」


 突然現れた扉にそう声をあげたのはライ様だった。


 王子様も知らない扉ってこと?

 でもきっとこれがSエリアの扉だろう。

 この中に王家関連の重要な書物が保管されているはず。

 ライ様がドアノブに手をかけて開けようとしたが開かない。

 古くて力を入れないと開かないのかもとジーク先生とルー先生が挑戦したがやっぱり開かない。

 あれ? あの扉、ルメーナ文字の魔法陣が施してある。

 これって……。


「はい、エリアス先生の出番ですよ。お願いします」


 私はそう言ってエリアス先生を前に押し出した。


「ああ、なんか不思議な魔力が漂っているね。魔法で吹き飛ばせば良いか」


「ダメです。吹き飛ばしちゃ。魔力も特に込めなくても大丈夫ですよ。そのままドアノブに手をかけて普通に開けてください」


 私のその言葉に半信半疑の様子でエリアス先生はドアノブに手をかけた。

 すると、先ほどは開かなかったドアがスッと開いた。


 そして私たちは目の前の光景に愕然とする。

 し、し、し、死体だ!

 叫びそうになり、慌てて口を押える。

 そんな私をジーク先生がとっさに駆け寄り、視界を隠しながら抱きしめてくれた。


「大丈夫か? マリア?」


 そう声をかけるジーク先生を見上げると、心配そうな瞳とぶつかった。

 ああ、やっぱりジーク先生の瞳はルビーのように綺麗だ。

 そんなことを思いながらコクコクと頷くとジーク先生は優し気に笑った。

 うおっ! イケメンの不意打ちの笑顔は心臓に悪い。

 不覚にもドキリとしてしまったではないか。

 そんな内心を押し隠し、ジーク先生の腕の中から部屋の様子をそっと窺った。


 これってもしかしてマウリッツ王子の寝室?

 そこにはベッドに横たわるマウリッツ王子と思われる遺体と赤い手鏡を握ったまま床にうつぶせに倒れている血まみれの王妃様と思われる遺体があった。

 

 なんで? 王家に関する書物が保管されている場所じゃないの?

 まさかSエリアのSって『死体』のS?


 それにしても120年前の死体が、今亡くなったかのように腐敗もしていないなんて……。


「これってもしかして?」


 エリアス先生のこの一言に、リシャール邸一行のみんなはお互いに視線を合わせて頷きあう。


「これはどういうことだ? 君たちはこの遺体が誰なのか知っているのか?」


 ごもっともな質問です、ライ様。

 あ、ダメなんか吐きそう……。


「おい、マリア! 大丈夫か? もしかして、気持ち悪いのか?」


 ジーク先生はそう言うと、サッと私を抱き上げてソファに座らせた。


「ちょっと、ここで休んでろ。俺はあの部屋を調べてくる。ラン、ナタリー、マリアを頼む」


「「はい、わかりました」」


 そしてその間、ルー先生がライ様に今まで私たちが調べ上げたことを説明していた。

 エリアス先生とガイモンさんは遺体を調べているようだ。


 ソファでぐったりとしている私のもとへ、べリーチェとシュガーが孵化したリュウちゃんを連れてきた。

 そ、そうだ、赤ちゃん竜が誕生したんだ。

 真っ白な体に黒い大きな瞳の可愛い赤ちゃん竜だ。

「きゅう、きゅう」と鳴きながら座っている私の足によじ登ってきた。

 超絶可愛い!

 うお? お腹にふわふわの羽毛みたいな毛が生えてる、モフモフだ。

 へえ~きっと大人になるとこの毛が抜けるんだね。

 死体を見た衝撃はもう吹き飛んだ。

「リュウちゃん! 生まれてきてくれてありがとう」


「きゅう、きゅきゅう」


「かわいいでしゅね」


「ワン!」


「赤ちゃん竜なんて初めて見ましたがとっても可愛いですね」


「私も初めて見ました。赤ちゃんのときはこんなに小さいのですね」


 ランもナタリーも赤ちゃん竜を見て『可愛い、可愛い』と連呼する。


 そうだ、カッコいい名前を付けなきゃね。

 何にしようかな? この子は男の子かな? 女の子かな? あとで竜至上主義のゴットさんに聞いてみよう。

 そんな感じで和んでいるとエリアス先生が遺体が握りしめていた手鏡をライ様のところへ持ってきた。


「うっ、何やっている、エリアス。それは遺品の鏡ではないか」


「ラインハルト殿下、これはただの鏡じゃないです。『記憶鏡』です。この鏡に見覚えは無いでしょうか?」


 記憶鏡? なんぞや?


 エリアス先生の説明によると、持ち主がその鏡に自分の瞳を映しながら念じると記憶を保存出来、後でその記憶を見ることが出来る魔道具だという。

 記憶鏡は二つでワンセット、記憶を保存する鏡と記憶を映し出す鏡だ。

 エリアス先生の記憶鏡という言葉にライ様は少し考えた後、口を開いた。


「記憶鏡だと? そう言えば、王家に伝わる秘宝に赤と青の記憶鏡があったな。確かそのうちの赤の方は対となる鏡がなかったが、これが対となる鏡ということか」


 赤と青の記憶鏡か。


「その、青の記憶鏡にはどんな記憶が保存されているのでしょうか?」


 エリアス先生のその質問にライ様は眉毛を寄せながら答えた。


「それが、いまだに誰も見たことがないんだ。第9代国王の遺言で『赤い鏡が揃いし時、青の鏡とともに映し出すこと』と書かれていた。これまで対となる赤い鏡が行方不明だったからね。あ、そう言えば、遺言にはその続きがあったな。確か、『扉を開けし者が記憶の受取人となる。真実をその者へ返還することが王家の贖罪である』だったかな。」


 なるほど、じゃあ今この部屋で遺体となって発見されたマウリッツ王子と王妃様の死の原因がこれで解明できるってわけだ。

 そしてエリアス先生がその記憶の受取人か。

 リュウちゃんの頭を撫でながら自分の考えに没頭していると、ガイモンさんが私に近づいてきた。


「マリア、あの扉に仕込まれた魔法陣はルメーナ文字のものだったな。エリアスが扉を開けたということは、もしかして……」

 

 ガイモンさんのその言葉に私は頷く。


「そうです。その、もしかしてです」


 ルメーナ文字をほぼ習得したガイモンさんもわかったか。

 あの魔法陣に書かれた条件を。

 この場でそれを分かったのは私とガイモンさんだけだろう。

 私はリュウちゃんを抱きかかえながらエリアス先生の元に近づいた。


「エリアス先生、あなたは赤の賢者であるブラッドフォード・ジャクソンさんと界渡りの乙女であるカナコさんの子孫ですね?」


「ど、どうしてそれを……?」


 エリアス先生のその一言に、その場にいた一同がハッと息をのんだ。


 私がもしかしたらと思ったエリアス先生の言葉を思い起こす。

 それは、エリアス先生の瞳が赤いことを言い当てた時と、研究ノートを見せてくれた時だ。


『実は僕の一族は黒い瞳か赤い瞳しか産まれないんだ』

『我が家に代々伝わる赤の賢者に関連する書物なんだ』


 そして、確実に動かぬ証拠となったのはたった今。


「この扉にはルメーナ文字の魔法陣が施されていたんです。その魔法陣には『この扉を開けし者は赤の賢者の異名を持つ、ブラッドフォード・ジャクソンと界渡りの乙女であるカナコの血縁者なり。それ以外の何人たりとも開けることはできない』と。今まで、エリアス先生の一族が研究してこられた赤の賢者の真実がこれでわかりますね」


「マリア……ありがとう。君には感謝しかないよ」


「いいえ、これはブラッドフォードさんとカナコさんのお導きでしょう。と言うか、亡くなった王妃様のお導きかな?」


「王妃様の?」


「はい。ここからは私の推測ですが、この扉のルメーナ文字の魔法陣を構築したのは王妃様です。多分、ブラッドフォードさんとカナコさんの血縁者ならその魔法の才能からいずれ魔導師団の団長の地位まで上り詰めると予想したのではないでしょうか。歴代の魔導師団団長と副団長はまずこのSエリアの扉が開けることが出来るかを試し、出来ない場合は状態保存の魔法をかけることを任務としていたのでしょう」


「なるほど、だから遺体が腐敗していないのか。団長と副団長しか入れないSエリアのからくりが発覚って感じだね。あんなに出世しなくちゃと思ってたのに拍子抜けだな」


 おどけた感じのその物言いにその場の空気が緩んだ時、ルー先生が声を上げた。


「おい、なんだか廊下が騒がしくなってきたぞ」


 お? そう言えば、ルー先生ったらさっきからずっと男言葉?

 こりゃあ、相当怒ってるのか?

 そんなことを考えていると、べリーチェが一言。


「誰かくるでしゅ。たくしゃんの人でしゅ」


 その言葉が終わらないうちに、大きな声が響いた。


「おい! これはどういうことだ!!! お前たちこんな夜中にそろってなにやってるんだ?!!」


 あ! まずい! 第一王子のヒューベルト殿下と護衛の方々だ。

 さすがに深夜に王家の居住区付近でこんな大騒ぎしたらばれますわな……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る