第86話 絡まった糸をほどきましょう

 あった!


 ここは王城の裏手にある王家の墓地。

 ゴットさん、べリーチェ、シュガーと共に足を運んだ墓地にカナコさんの名前が刻まれた墓石を発見した。

 そして何気なくその隣に建てられた墓石に目を向けて驚愕する。

 そこには『聖魔導師 ブラッドフォード・ジャクソン』と刻字されていた。

 赤の賢者の墓石だ!


「聖魔導師の称号だと? マリア、確か赤の賢者の名前はブラッドフォード・ジャクソンだと言っていたな。なぜ赤の賢者が聖人に?」


 ゴットさんのその言葉に首をかしげる。


「聖人?」


 私の呟きにゴットさんが詳しく説明をしてくれた。


『聖人』とは国にとって大きな功績を残した者に授与される称号とのこと。

 ゴットさんが知る『聖魔導師』は180年前のナンカーナ皇国との終戦で功績をあげた当時の魔導師団長でその後『聖人』の称号は出ていないという。


 なぜ赤の賢者が聖人の称号を授与されてこの王城の墓地に?

 あれ? でも、赤の賢者の研究をしてた人が墓守に確認したところ『赤の賢者を王城の墓地に埋葬した事実はない』と言われたんじゃなかった?

 頭の中に『?』マークが飛び交う中、じっと墓石を凝視する。


 あ!

 そうか、確かに『赤の賢者』のお墓はないんだ。

 だってここにあるのは『聖魔導師 ブラッドフォード・ジャクソン』のお墓なんだもの。

 そしてカナコさんは最初に埋葬された場所から王城の墓地に移されたってことか。

 でもなぜ?

『界渡りの乙女』だから?

 仮にそうだとしたらちゃんと遺族の許可を得て手続きをするはずだ。

 墓荒らしと言われるような真似をするだろうか?


 わからないことだらけだ。


 その当時の国王陛下の命令で秘匿とされた『ブラッドフォード・ジャクソン』という名前。

 その後人々の間で俗話として語られる『赤の賢者』という異名。

 まるで『ブラッドフォード・ジャクソン』と『赤の賢者』を意図的に別人として認識するように誘導されている気がするのは私だけだろうか?


 なんだか複雑に絡まった糸をほどこうとしてほどけないみたいだ。





 ***************





 ゴットさんが8番の産んだ竜玉の様子を見に青の騎士団に帰った後、私達リシャール邸組は夕食のために騎士団の食堂に向かった。


 そこでみんなに王城の墓地でのことを話してみた。

 すると、今日部活でカナコさんの日記の翻訳を読んだエリアス先生が口を開いた。


「カナコさんと聖魔導師ブラッドフォード・ジャクソンの墓か……実はマリアが翻訳してくれたカナコさんの日記に気になることが書かれていたんだ」


「気になることですか?」


 その言葉に皆食事の手を止めてエリアス先生を見た。


「そう、カナコさんが寝込みだしたころにマウリッツ王子が来訪してきた時の会話に『闇の下界王に魂を売る』ってところがあったのを覚えているかい?」


「ああ、ありましたね。マウリッツ王子のカナコさんへの執着心が感じられますよね」


 それを聞いていたジーク先生が興味深いことを教えてくれた。


「闇の下界王か。死者蘇生の禁術で知られている狂王の話が有名だな。子供の頃見た古い文献にこの王城のどこかにその舞台となった儀式の間があると書かれていたのを覚えている」

 

 死者蘇生の禁術?

 その言葉に少しずつ頭の中の霧が晴れていく感覚があった。


「それなら聞いたことがあるわ。でもそれって300年前のお伽話でしょ? 自分の妻を死者の国から蘇らせたっていう」


「私も子供のころ聞いたことがあります。亡くなった愛する妻を蘇らせるために自分の魂を闇の下界王に差し出した王の話ですよね?」


 ルー先生とランの言葉に「へぇー」と感心したように声をあげたガイモンさんとナタリーを横目に見ながら私の頭の中はすっきりと霧が晴れていった。

 そうか、そうだったんだ。


「墓荒らしはマウリッツ王子の仕業だったんですね……カナコさんの遺体を盗んで死者蘇生を試みた……」

 

 私の小さな呟きにエリアス先生が神妙な顔で頷いた。


「間違いないと思うよ。禁術となっている古代魔術に『死者蘇生の術』があるんだ。でもこれは術というより悪魔との契約に近い。魂を失った体に無理やり術で魂を呼び寄せ遺体に宿らせるんだ。だがその体の持ち主の魂が呼び寄せられるとは限らない。そして術師は大きなリスクを背負うことになる。下界に吹きだまっている悪霊が術に魅せられて術師の魂を入り込もうとするんだ。それに負ければ体は乗っ取られる。だから禁術なんだよ」


 魂を失った体に魂を呼び寄せる……。

 エリアス先生の言葉に複雑に絡まった糸が少しずつほどけていく。

 マウリッツ王子は亡くなった愛するカナコさんの遺体を盗んでこの王城に運び込んだ。

 そして死者蘇生の術を試みた。

 それは成功したのだろうか?

 目を閉じて今日見たカナコさんとブラッドフォードさんの墓石の刻字を思い起こす。

 並んで建てられた墓石の亡くなった日付は二人とも一緒だった。

 ブラッドフォードさんの弟子であるマーカスさんと侍女だったサリーナさんの日記にはカナコさんの亡くなった日は書かれていなかった。

 でもブラッドフォードさんの亡くなった日より前なのは確かだ。

 と、言うことはカナコさんの蘇生は成功した?

 そしてブラッドフォードさんと同じ日に二度目の死を迎えた?


 はっ! マウリッツ王子はどうなったんだろう?

 禁術を発動した後は?

 きっとそこにブラッドフォードさんが『聖人』となった理由とカナコさんと並んでお墓が建てられた理由があるに違いない。

 キーパーソンはマウリッツ王子だ。


 こうしちゃいられない、図書室でマウリッツ王子について調べなきゃ!


「私、今から図書室に行ってきます!」


 そういう言いながら席を立つと私は騎士団の食堂を後にした。





 ***************





 私の後を追いかけて図書室にどやどやと入ってきたリシャール邸の一行に司書官のダンさんは目を丸くした。

 本当にすみません。

 何もこんな全員で来ることないですよね?


「あたし達はマリアの護衛なんだから当然でしょ? ゴットさんがいないときは離れるわけにはいかないんだから」というルー先生にジーク先生とエリアス先生がそうだとそうだと頷く。


「あ、俺はたんに暇だからついてきた。ラウルの義翼作成が終わったからやることがないからな」とガイモンさん。


「私たちはマリア様の専属侍女兼護衛なので当然です」


 ん? 専属侍女はわかるけど、護衛?

 ランとナタリーの言葉に首をかしげていると、ルー先生が頷きながら言った。


「ランとナタリーは、騎士団の食堂の仕事がない時間に訓練場であたしが剣術を教えているのよ。二人ともなかなか筋が良いのよ」


 まさかの戦闘侍女!

 ラン、ナタリー、あなた達はいったいなにを目指しているのでしょう?

 何だか、婚期を逃さないか心配だ。


 さて、図書室が閉まるまであと一時間、急ピッチで調べましょう。

 いつものようにリュウちゃんをテーブルに置き王国の歴史の本を開く。

 皆にも手分けしてマウリッツ王子の事を調べてもらう。


 このシャーナス国の歴史は意外と古い。

 戦争やお家騒動で国が滅びたり政権が交代とともに国名が変わる情勢の中、100年ほど歴史が続けば一国として認められるところ建国400年の歴史を誇る。

 今代の国王陛下は第12代目の国王だ。

 マウリッツ王子は第9代目の国王の第三王子。


「これ、おかしいですね? マウリッツ王子の生誕の記録は載ってますが、没年月日が記載されてませんね。それに王妃様も……」そう言いながら王家の家系図を広げて見せたのはランだ。


「おい、こっちの歴史書にはマウリッツ王子は120年前に亡くなってるぞ。死因は不明らしい」そうガイモンさんが言うと、続けてジーク先生が声をあげた。


「マウリッツ王子と同じ日に王妃様も亡くなっているな」


 え? 王妃様まで?


「それっていつですか?」


「シャーナス国歴280年、5月20日だ」


 シャーナス国歴280年、5月20日?

 うそ!


「そ、それって、カナコさんとブラッドフォードさんの墓石に刻字されていた没年月日と一緒です」


 私がそう声を上げるとみんな一様に驚いた顔をした。


「どういうことなのかしら? その日に4人の人間が亡くなってるってこと?」


 ルー先生の言葉にみんな首をかしげる。


「あの……赤の賢者の大量殺戮に巻き込まれて亡くなったってことはないんですか?」


 ナタリーのその言葉に私は首を横に振る。


「それはないと思うわ。だって王族を手にかけたのに聖人として王城の墓地に埋葬されるなんてありえないもの。その日に何かがあったんだわ」


「きっとそうだね。この王家の家系図だけど、『真実の書』の術がかけられている魔法紙だ。だからこの家系図には不確かな事柄は記載出来ない。そう考えると、もしかして誰もマウリッツ王子の遺体を確認していないのかもしれない。王妃様のもね」


 そう言ってエリアス先生は家系図の空欄の場所を指でトントンしながら眉を寄せた。。


 それって……

 亡くなっているけど、遺体がなくて死を確認できないってこと?


 いったい、死因は何だろう?

 そして二人の遺体はどこに?


 













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