第81話 いよいよ部活動開始

 部活動の立ち上げも順調、学園祭も概ね形が出来上がってきた。


 テレビもゲームもない娯楽の少ないこの世界で暇を持て余していた血気盛んな十代の若者達は順応が早かった。


 部活動の概要を理解すると、後は自分達で行動を起こした。

 学年の垣根をこえての交流は子供の狭い世界を広げるのに良い刺激になったようだ。

 特に最終学年となる三年生は最後の思い出作りにと張り切っているようだ。



 私も『魔道具と赤の賢者研究部』を立ち上げた。

 部員は私、シャノン、聖巫女様のドリアーヌ、そして編入生のリリアーヌ。

 まあ、魔術科の女子全員ってこと。

 最初コミュ障だったドリアーヌも少しずつ私達に馴染み、今ではドリーと呼ぶ仲に。


 長すぎる前髪の隙間から覗く瞳は綺麗なピンク色。

 どうして前髪で隠すのかを聞いたところ、暗い場所で見ると赤く見えて気持ち悪いと言われたことが端を発しているらしい。

 それから前髪で瞳を隠し、人と目を合わせるのを極力避けていたようだ。


 それを言ったのは先妻の娘。

 ドリーにとっては腹違いの姉だ。

 ドリーの母親は奥方を亡くされたブディオ侯爵家当主に後妻に入った。

 世間ではドリーは妾腹の子と噂だが実はブディオ侯爵当主の実の娘。

 いろいろな大人の事情が入り組んでいるようだ。


 何にしても、ここに瞳の色でいやな思いをしている少女がいるという事実が重要なのだ。

 早急に『赤の賢者の真実』を突き止めなければ。


 そして、私を追ってこの学園に編入までしたリリアーヌ。

 今ではドリー同様にリリーと呼んでいる。

 この子が目下の悩みの種。

 何でもシャノンと張り合おうとする。


「マリア! マリアの席はここよ。はい、座って」


「あら、リリー。マリアはこの部屋の時はいつも窓際の席なのよ。まあ、知らなくてもしょうがないわね。私の方が長い付き合いだから」


「むっ! 私の方が知り合ったのは早いのよ。学園入学前ですもの。それに私はマリアのお屋敷にも招かれたことがあるわ」


 ああ、それたぶん義足作成の時だね。


 遠い目をしてそんな事を考えているとシャノンとリリーがキッとこちらに視線を向けた。


「「ゴットさん! なにマリアの隣に座ってるんですか!」」


 あら、シャノンとリリーったら息ぴったり。


「ここは俺の席だ。なぜなら、マリアの隣だから」


 うん。この人はいつだってブレない。


 そんなやりとりをソッと笑いながら見ているドリー。

 このところ、ドリーの笑顔が増えて私も癒されている。


「今日も賑やかだね」

 そう言いいながら魔術科の部屋に入って来たのはエリアス先生だ。

 この『魔道具と赤の賢者研究部』の顧問をしてもらっている。


「エリアス先生! 早速ですが、赤の賢者について教えてください」


「マリア、すごい意気込みだね。実は赤の賢者についてはいろいろと説があるんだよ。生涯独身で孤独が故に気が触れたとか、もともと残忍な性格で日頃たまった鬱憤が爆発したとかね」


 残忍な性格?

 ないな。


「私が思うに、赤の賢者は人を思いやる優しい人だと思いますよ」


「マリア、その根拠は?」

 エリアス先生のその言葉に、ルメーナ文字は使う人を選ぶこと、それは人を恨む心を持たない人でなければいけないことを説明した。


「だって、文字自体に魔力があるんですよ? それで呪いの言葉を紡いだらどうなると思いますか? それに赤の賢者が監修しているルメーナ文字の辞書は人を貶める言葉が一つも載ってなかったです」


「なるほど……」


「あ、あの……私も赤の賢者は優しい人だったと思います。今、私達の生活に欠かせない灯りや水道のスイッチ魔石の開発は人が好きでなければ出来ないことだと思います」


 遠慮がちにそう言うドリーにエリアス先生は優しい微笑みを向けた。


「私もそう思います。お料理に例えると、食べてもらう相手の事を思いながら作ると美味しくなるという原理と同じだと思います」


 シャノンのその言葉に今度はリリーが頷きながら口を開く。


「わかるわ。人々の生活が少しでも快適になるように考えてないと出来ないことですわ。それに赤の賢者は貧しい人でも買えるように低価格で高性能化をなし得たと聞きました」


「うん、そうだね。皆が赤の賢者に偏見を持っていなくて良かったよ」


「噂に惑わされるなんて頭の悪い奴のする事だ。自分の目で見て感じたことだけ信じればいい。ましてや瞳の色で差別などくだらない。赤い瞳の竜は火炎魔法を使う最強の騎士だぞ」


 あーはいはい。

 やっぱり、基準は竜なんだね。

 さすが、竜至上主義のゴットさんだ。

 でもね。


「でもね、ゴットさん。それが人間なんですよ。人間だから噂に惑わされるし、恐怖を感じる物は自分達の視界に入れたくないと思ってしまうんです」


「人間社会は面倒な事だな。竜の社会では力の有る者だけが生き残る」


 ゴットさん、すっかり竜側に立ってますが、あなたも人間社会の一員ですからね。


「だから、人間は面白いんですよ。力の弱い者でも知恵を使ってのし上がることが出来るんです。そして噂の威力はすごい。人ひとりの人生を左右する事が出来るんですよ。私達が思い描く赤の賢者と俗話として語られる赤の賢者。人物像にこんなに違いが有ると言うことは誰かが故意に間違った情報を植え付けた可能性が有ると思います。今度はこちらがその噂の威力を利用しましょう。噂の犠牲になった赤の賢者とその親族、そして赤い瞳の人達のために」


 私のその言葉にエリアス先生は頷きながら呟いた。


「赤の賢者とその親族……そして赤い瞳の人達のため。そうだね……」


 そしてギュッと目を閉じたかと思うと何かを決心したように目を開いた。


 そして持っていたマジックバックから古びた本を四冊と薄いノートを五冊取り出した。


「実はね、これは我が家に代々伝わる赤の賢者に関連する書物なんだ。」


 代々伝わる赤の賢者に関連する書物?


 エリアス先生によると、物心つくころには家にあって、家を継ぐ者が管理をしているらしい。

 研究を進めるようにとサモア家の家訓になっているようだ。

 エリアス先生の話によると、赤の賢者は奥さんもいて子供もいたという。


 赤の賢者が引き起こしたと言われる王都の大量殺戮事件のあと、奥さんの存在も子供の存在も無かったかのように人の口には上らなくなり、赤の賢者の残忍な犯行だけが人伝に広がるようになった。


「あの、どうして赤の賢者に奥さんもお子さんもいたってわかったんですか?」


「ああ、それはね。この手記の中に書いてあったんだ。当時赤の賢者の屋敷で働いていた侍女と赤の賢者本人の日記、それに赤の賢者の弟子の少年が書いたと思われる日記にね。だが、残念なことに一冊だけ解読不能な手記があって、それだけいまだに読み解くことが出来ないんだ」


 なる程、古びた本だと思っていたものは120前の粗悪な荒い目の紙を一つにまとめ、大事に保管するために厚紙を表紙と背表紙にしたかなり分厚い物だった。


 エリアス先生の許可を得て赤の賢者が書いたと思われる日記を手に取ってみた。


 シャノン、ドリー、リリーもそれぞれにそっと古びた日記を手に取る。


「120年も前の手記だから紙の質も粗悪だしインクも滲んで読みづらいでしょ? それらの日記の内容をわかりやすく書き出しのがこのノートなんだ。先祖代々の研究の成果もこのノート達に纏めてあるんだ」


 そんなエリアス先生の言葉が私の思考を滑り落ちる。

 なぜなら、赤の賢者の日記に『カナコ』という文字を見つけたからだ。


 カナコ? もしかして日本人?

 赤の賢者の日記は日記というよりも研究ノートに日常の事を書き留めている感じだった。


『料理をする時のコンロの火を三段階に分けるには?』そう書いてある言葉の横に魔法陣の見本が書かれており、用紙のちょっとした空欄に『カナコはこのコンロでお料理をするのが楽しみのようだ。早く完成させたい』と書いてあった。


 また違うページには『カナコが食品を一定の低い温度で貯蓄できる箱があると良いと言っていた。作ってみようか?』そう書かれた下には今現在市場に出回っている冷温貯蓄箱の絵が書かれてた。

 注意書きとして、『大きめの魔石にルメーナ文字の魔法陣を込めるため高価な物になるかも』と記されている。


 こ、これって、カナコさんは絶対に日本人だ。

 もしかして界渡りの乙女なの?

 そんな事を考えていると、リリーが一冊の日記を捲りながら呟いた。

「これ全く読めないわ。どこの国の言葉なのかしら?」


 その言葉に私は勢い良くリリーの手元を覗き込んだ。


 日本語だ!

 カナコさんが書いたと思われる日記は日本語で綴られていた。

 懐かしい日本の文字に思わず泣きそうになった。






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