第17話 導きの女神 黒の騎士団長 セブルス・ウオーヘン視点①

 そろそろ帰ろうとしたところであわただしく騎士団の休憩室に飛び込んで来た者がいた。


 ジークフィード・トライアン

 俺が率いる黒の騎士団の団員だ。仲間内ではジークと呼ばれている。


 この国の騎士団は四つの所属に分かれている。


 黒の騎士団は、魔術、剣術に長けたもの達の集団。


 赤の騎士団は、騎馬隊と呼んでいるが乗りこなすのは馬を始め、様々な使役魔獣だ。


 青の騎士団は、飛行隊、竜騎士だ。


 白の騎士団は、医師の知識をもつ治癒魔術士。


 それぞれ特化した才能があるため魔物討伐の依頼の際は各色の団長が集まり最終的に騎士団総団長の指示を受けることになっている。


 ちなみに騎士団総団長は俺の親友であるセドリック・リシャールと言う男だ。


 社交界では『鋼鉄の貴公子』、騎士団では『金の獅子』と呼ばれている美丈夫だ。

 一年前、彼の愛妻が不慮の事故で亡くなって以来『鋼鉄』に磨きがかかり一切笑わなくなった。


 それに加え愛妻の忘れ形見である娘がバルコニーから転落して目が覚めないと来た日にゃ、セドリックがもうどうかなってしまうんじゃないかと気が気じゃ無かった。


 だがその娘も無事に目覚め、この騎士団にセドリックを訪ねてきたというから胸をなで下ろした。


 その時の報告を部下のジークフィードから聞いたときは驚いたがな。


 ジークもセドリックの笑顔を始めて見たと言って何か天変地異の前触れではないかと恐れていたのが笑えた。


 そして、ジークが飼い主を探していた『界渡りの乙女』の子犬をセドリックの娘が引き取ることになったという。


 その報告をしたときのジークのなんとも寂しそうな顔が印象的だった。

 この国に落ちてすぐに亡くなってしまった『界渡りの乙女』はきっとジークの初恋の女性だったに違いない。

 まあ、20歳にして初恋と言うのはかなり遅すぎるがジークに限ってはしょうがないと言うしかない。


 この先、ジークに惹かれる女性は苦労するな。


 死んだ人間には勝てないし、ジークは美化した彼女と目の前にいる女性をいつも比べるだろう。


 ジークは自分の赤い瞳が人に受け入れられないと思っているようだがそんなのは、ほんの一握りの迷信好きな奴らだけだ。

 まあ、初めて見たやつは一様に驚きの顔をするがそれは仕方ない。


 それだけ『赤の賢者』の俗話は時を経ても語り継がれていると言うことだ。


 ジークの容姿は瞳の色を抜きにしても整っている。

 青みがかった銀髪に意志の強そうなつり目、高い鼻筋は貴族特有の品が漂っている。




 そんなジークの顔を見ながら俺は声をかけた。


「どうした? ジーク、そんなにあわてて。お前、セドリック達を送ってそのまま帰宅の予定だっただろう?」


「セブルス団長! 大変です。リシャール邸から罪人を連行しました!」


「何?! とうとうセドリックが狂ったのか?! いったい、誰をったんだ?! 娘も目覚めて極めて順調だったはずじゃないか!」


「何言ってるんですか、団長。総団長は誰もってませんよ。総団長のお嬢さんの転落事故、あれは事故じゃなくて殺人未遂だったんです。リシャール邸の侍女長と執事を連行しました。俺、たまたま騎士団の馬車で総団長達を送って行ってそのまま夕食に呼ばれてその場に居合わせたんです」


 へ? 侍女長と執事?



 翌日からリシャール邸の侍女長と執事の取り調べを開始した。


 取り調べを進めるうちに次々と明るみに出る事実。

 なんと、一年前のセドリックの愛妻の不慮の事故はこいつらが仕組んだことだった。


 領地の森に奥方とお嬢さんがピクニックに行くと言う情報を得て奥方には魔力封じの魔道具、お嬢さんには魔物寄せの魔道具をそれぞれの髪飾りに仕込み、ご丁寧にも侍女自ら領地まで届けにいったとさ。

 しかもそれをセドリックからの贈り物と言って渡したと言うから恐ろしい。

 どうやら侍女のミリーはセドリックに懸想していてそれをビクターがけしかけたようだ。


 その後の出来事は周知のこと。

 奥方が亡くなってからセドリックは仕事に打ち込むようになり、屋敷に帰るのは夜遅く。

 そこにつけ込まれたらしく、もともといた優秀な執事と侍女長夫婦の一人息子を誘拐し、脅迫の上、追い出した。


 えげつないことに自分達を次の侍女長と執事に推薦させたって言うんだからどこまでも厚かましい連中だ。


 そして母親が亡くなってから今まで領地で過ごしていたマリアーナ嬢をこの王都の屋敷に呼び寄せたがまたそれが裏目に出てしまった。


 奴らは10歳の子供にあること無いこと吹き込み周りに助けを求められない精神状態まで追い込んだようだ。


 そして睡眠薬で眠らせたマリアーナ嬢を二階のバルコニーから落とした。


 そこまでの自供をしたところで別室にいたはずのセドリックが取調室のドアを乱暴に開けた。


「セドリック! 止めろ!」


 俺の制止の声もむなしく、鬼の形相で部屋に踏み込んだセドリックはビクターの胸ぐらを掴むと殴りつけた。


 何度も何度も、泣きながら。

 三人係で止めに入りようやく休憩室に引きずってきた。


 殴った時に痛めた右手に包帯を巻いてやりながら俺は泣きはらした親友の顔を見る。


「ひどい顔だぞ。お前、もう家に帰れ。俺があいつらの犯した罪を洗いざらい明白にするから」


「・・・帰れない。今までマリアがどんな想いであの屋敷で過ごしていたのかを考えると・・・心が引きちぎられるようだ」


 そう言って顔を覆った。


 俺の後ろで控えていたジークに小声で指示を出す。

 リシャール邸に息子と娘を迎えに行くようにと。

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