第6話 楽しい日々、最高のリゾート(その2)
コテージに戻るともう真っ暗だった。
俺達はあわててシャワーだけ浴びて、ポロシャツと綿パンに着替えると外に出て、みんなでロビー近くのレストランへ走っていった。
たしか7時から夕食は始まっているはずだ。
もうレストラン(今日は天気がいいので屋外での食事だった。)ではジャズの演奏が始まっていた。
受付で名前と部屋番号を言うと、テーブルまで案内してくれる。
テーブルには斎藤さんが座って待っていた。
「いかがでした?ゆっくりお楽しみ頂けましたか?」
斎藤さんはにこやかに笑っている。
「そりゃあ、もうサイコーっすよ!」
柴崎が調子良くいう。おまえ、蜜本をゲットするんじゃなかったのか?
「それはよかったです。あなた方が最後でもう他のお客様は食事を始めています。きっと遊びすぎて、夕食の時間を忘れているのだろうと思いました」
「あ、それで斎藤さん待っていてくれてたんですか?どうもすみません」
俺があやまった。
「いいえ、普段は6時半から8時半までに入って頂ければけっこうです。ただ今日だけは食事の最後にこのリゾートのオーナーと責任者からの挨拶があるので、7時までに入って頂くようにしました。それに私は皆さんとお話がしたくて、一緒に食事をしようと待っていたのです」
そこでウェイターが食前酒の注文を取りに来た。残念ながら俺達はソフトドリンクだ。
「みなさん、明日の予定はどうなさってますか?」
斎藤さんがワインを口にしながら聞いた。柴崎は
「うーん、とりあえずこのリゾート内を巡ってみて、それからサーフィンでもやってみようかな?」
と答えた。
俺が「釣りはできますか?」と聞くと
「ええ、釣り竿も貸し出していますよ。やられるならフロントに連絡しておきます。コテージの前に運んでおいてくれるでしょう」
「お願いします」
俺は頭を下げた。前菜が運ばれてくる。
前菜はサーモンのテリーヌだった。これはおいしい。スープはクラムチャウダーで魚料理には海老のクリームソースがけが出た。メインのヒレステーキのキノコソースがけが出てきた時、園田の食事がほとんど進んでいないのに気が付いた。
「どこかお気分でも悪いのですか?」
斎藤さんも気がついたらしい。
「ううん、なんでもない」
昼間は割合元気だった園田がまた落ち込んでいる。
吉岡は黙々と食べていた。ちょっと雰囲気が気まずくなる。
「斎藤さんは今までにここに来たことあるんですか?」
蜜本が聞く。
「いいえ、私も初めてです。研修で内容は聞かされていましたが、実際にきたのは今日が最初です」
「アニキが来ているんだけど、どうしてるか知っていますか?」
柴崎が口いっぱいに肉をほおばりながら質問した。
「柴崎さんのお兄さんって?」
「ああ、なんかこのリゾート開発の中心っぽい所にいるって話ですけど」
「あらっ、じゃあ開発運行研究課の柴崎通さんがお兄さんね」
「あ、知ってます?」
「ええ、まだ若いけどこのプロジェクトの重要な立場にいるらしいわよ」
俺は気になっている事を切り出した。
「ここってどの辺なんです?」
斎藤さんはニコっと笑って言った。
「それは私からは言えないわ。帰って柴崎さんのお兄さんにでも聞いてね」
レストランに9時までいた。最後に開発会社の社長とこのリゾートの責任者の挨拶、総理大臣のおホメの言葉があった。
でも俺達は昼間の疲れと満腹でほとんど覚えちゃいない。
コテージに帰り、風呂にはいって一段落してると宇田川、柴崎、吉岡が帰ってきた。
「飲もうぜ」
吉岡はウイスキーの瓶を2本抱えている。
「じゃあ、女の子たちも呼んでこよう」
柴崎が立ち上がると吉岡は不機嫌そうに
「別に呼ばなくていいんじゃないか?」
と言った。
俺が何か言おうとすると、宇田川が先に
「せっかくだから声だけでも掛けてみようぜ」
と言うので、俺と柴崎とで女子のコテージに行った。彼女らも2つ返事でやってきた。
女の子の持ってきたお菓子(彼女等のバックからはドラエモンのポケットのように菓子が出てくる)を広げ、俺達が持ってきた缶ビールとウイスキーで乾杯となる。
秋田が
「ココ超ムカつくよー。スマホ繋がらないんだよ。Wi-Fiもないし」
と言う。
「おまえ、スマホ持ってきたの。そういうの持ってこないようにって、パンフに書いてなかったか?」
俺はあきれながら言った。
「別にいいじゃん、でもぜんぜん通じないんだよ」
宇田川が「どれ、貸してみろよ」といい、ネットを開こうとするが繋がらない。
秋田がさらに「それにテレビも映らないし。せっかく嵐が出る番組があったのに」ときた。
こいつはとことんアウトドアには不向きじゃ。
「そういえばさ、」
宇田川が話はじめる。
「遠くの方に岬みたいのが見えたけど、道路らしい物も見えなかったし、車もぜんぜん見えないよな」
「おまえの目が悪いんじゃないの?第一そんな遠くで車とか見えるか?」と柴崎。
「いや、遠くても道路とかはわかるよ。それに電柱とか鉄塔とか本当に何もないんだぜ」
宇田川は力説した。
「人工物っていえば、砂浜もすっごくきれいに掃除されてたな。缶とかビンとかコンビニ袋なんか1つもないもんな」
と宇田川は言う。
「でも海草とかはあったぜ」
と俺が言うと、
「そうだな、絶対に自然のものしか残さないんだな」
と宇田川も納得したように言った。
すると柴崎が
「なに、おまえら、それに何か不満があるわけ?ゴミだの鉄塔だのが無い、おおいにけっこうなことじゃない。それともおまえら、ここまで来て缶だのビンだのコンビニの袋だのが落ちていて、イモ洗うみたいに人がいっぱいの海の方がいいわけ?」
そりゃそうだ、ただ普段からゴミゴミした東京にいる俺達は、もはやゴミがある事が生活の一部になっていて、それで少し奇異な感じを受けるのかもしれない。
柴崎が言った。
「外に出ようぜ、部屋の中で飲むよりずっといいよ、そんなのいつでもできるしな」
外は降るような星空だった。
「うわぁー」
みんな首が痛くなるほど空を見上げた。
「天の川が見えるよ。」
蜜本が指さした。星をちりばめた天空にガスがかかったように、天の川が横たわっている。
天の川なんて教科書や図鑑以外で初めて見る。
「ミルキーウェイって本当だね」
赤川が言った。
そうだ、ここが海の底なら、星をちりばめた海の水にミルクをすーっと流したような感じかもしれない。
満天の星空とはこういうのを言うのだろう。
「あ、流れ星みっけ!」
吉岡が言った。
「え、どこどこ?」
女子はいっせいに聞いた。
「もう、消えちゃったよ、あのあたり」
吉岡は西の空を指した。
「流れ星が消える前に3回願い事を言えれば、願いが叶うって言うよな」
俺は自分の事と、園田の気持ちを思い浮かべて言った。
俺がガラにも合わない事を言ったせいか、宇田川が
「おまえね、流星なんてコンマ1秒くらいで燃えつきるんだぜ。その間に3回も言えるかよ。第一音速の10倍以上のスピードで落ちてくる隕石が、そんなに長い間飛んでてみろよ、成層圏つきぬけて地上に激突しちまうだろ」
と、理屈詰めのチャチャを入れてきた。
くそっ、ムードも夢も無いヤローだ。
「星座ってわかる?」
赤川が聞いた。
「北斗七星くらいなら」
俺は答えた。
「俺はカシオペアもわかるぞ」と宇田川。
「それにプラス、オリオン座くらいかな」と吉岡。
「こんなに星があるのに、みんなあんまり星座がわからないなんて、ちょっと残念よね。」
めずらしく赤川が多くしゃべる。
「こんなにきれいな星空だったら、物語を考えるのもわかるな」
そう、地上に一切の光がないため、星空が星空として存在できるのだ。普段なら絶対に見えないガスのように細かい星が、大きな代表的な星をかざっている。
ん、地上に一切の光がない?
そう気付いてあらためて見回すと、なんの光も見当たらない。普通はどんな遠くても、道路の街路灯とか電車の光とか何か見えるのに。
その時、西の方にある遠くの岬の突端に光が見えた。
でも光が妙に赤っぽい。電気の明るさではなく、焚き火か何かの光のようだ。
みんなで知っている限りの星の話をして、そのうち秋田が
「そんな話、つまんないよー。もう部屋に帰ろう」
と言うので、それぞれ部屋に帰って寝ることにする。
新しい木の香がする部屋の中で眠ろうとする。しかし疲れすぎていたのか、寝付けない。
しかも他3人が先に寝てしまって、寝息やいびきが気になる。
うとうとしていると夢うつつの中で、浜辺で大釜を焚いているシーンが出てきた。
俺が見た光はその火だった。
釜を焚いている前で、1人で長い髪の着物を着た少女が踊っている。
いつも夢で見る少女だ。悲しそうな顔だった。よく見ると泣きながら踊っていた。
すすり泣く声を共に釜の前で踊る少女に、いつもにも増して心を引かれる気がしながら、俺は眠りに入っていた。
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