第3話 出発の日

8月5日、出発当日。俺達は朝6時に駅前に集合した。

男は全員来ていたが、女子はまだ誰も来てない。

俺はこういう女の子の時間にルーズな所が、けっこう気に入らない。

「我がクラスの女子どのは、まだ誰もいらっしゃらないようですな」

と嫌味が漏れる。

吉岡が「まあ、女子は準備に時間がかかるから仕方ないよ」と苦笑しながら言う。

こういう女の子への理解が、きっと女子に受ける秘訣だろう。

柴崎が花壇のふちに昇りながら言う。

「しかしおせーなー。時間わかってるんだから、もっと早くから準備しとけばいいだろうに」

「来ないって事はないだろうな」

俺は1週間前に秋田に聞いたことを思い出して不安になった。男4人でリゾートホテルに行っても様にならない。

「それならそれで連絡くらいよこすだろう」

柴崎が道の向こうをのぞきながら答えた。

結局女子が来たのは、集合時間より20分も遅れてだった。

「聞いてよー、朝から超ムカつくよー。うちの犬が出る時、飛びかかってきてさー」

秋田の一発目のセリフがこれだった。超ムカつくのはオマエの方だ。まず最初に遅れて来たことを謝れよ。他の女どもも別に悪びれたようすはない。もっとも俺以外の男も、彼女らを責める様子は無さそうだ。

電車の中で俺が1人黙っていると、そばにいた赤川が

「遅れてごめんね、みんなけっこう待っていた?」と聞いてきた。

やっぱ赤川は他の女どもと違う。俺は一気に機嫌が良くなった。

「20分くらいかな、どうしてたの?」

「みんなで待ち合わせしてたら遅くなっちゃったの。最初からバラバラに駅にくれば良かったんだけどね」

「ちょっとみんな心配してたんだよ。来れなくなったのかと思ってさ」

「うん、ウチの親も実は反対してたんだけどね、やっと説得して行かせてもらうことが出来たんだ」

その『やっとの説得』は誰のためだろう?その時、邪魔モノがやってきた。

「あー、なに話してんのー、あやしー」

秋田だ。

「秋田、おまえ『あやしー』って言葉、好きだね。おまえの存在の方がよっぽど怪しいよ」

俺は秋田にどっか行ってもらいたくて、わざとそっけなく言った。

「宮元君たち、20分も待ってくれてたんだって」赤川が言った。

「そんなに遅れたっけ、まあいいじゃん気にすんなよ。人間が小せえなぁ。」

こいつの言うことが一々カンに触るのは俺だけだろうか。

俺が秋田にどう言ってやろうかと思っていると、秋田が

「アカ、ソノちゃんが駅についたら一緒にお母さんに電話して欲しいって」

と言い、赤川は、向こうに行ってしまった。

「宮元、なにチャンス狙ってんだよ」

変な笑いを顔に浮かべて、秋田は迫ってきた。

「チャンスじゃねぇだろ、おまえらが遅いから、その理由を聞いてたんだよ」

俺はますます怒り度数が上がるのを感じた。赤川が行ってしまってコイツと2人で話さなければならないなんて、こんな理不尽な事があるのだろうか?

「でもそのおかげでアカと2人で話せたんだろ?」

これ以上コイツと話してたら、電車から突き落としてしまいそうだ。

俺は「柴崎に話す事がある」と言ってその場を離れた。


新宿から西武新宿線に乗り換え所沢駅に着いた。集合場所には大型バスが待っていた。

スーツの男に柴崎が招待状を見せると「こちらです」と言って俺達をバスに乗せた。

宇田川が「柴崎、オマエ電車で行くって言ってなかったか?」と聞いた。

吉岡も「これでまた他の駅まで移動するのか?そんな線あったけ?」と言う。

「ああ、新しい路線らしいから、そこの駅までバスで行くんだってさ」

と柴崎が答える。

バスには一般社員関係の招待客だけのようだ。隣のバスは報道関係者らしい。

おエライさんは特別なお迎えの車でもあるんだろう。

所沢駅をバスは出発して山の方に進んでいく。宇田川がまた柴崎に聞いた。

「線路ってあの山にあるのか?」

「大丈夫だって、心配するなよ」

心配はしてないが、どうも疑問が残る。海のリゾートでどうして秩父の山の中に駅が?


着いた所は駅というより巨大な研究所のようだ。つくば研究学園都市に似てる。

木と芝生で整地された公園の中のような所をバスは走っていく。

バスは未来的なコンクリートの建物の前に止まった。他にも何台ものバス、自衛隊のヘリ、政府関係者しか乗らないような黒塗りの車がいっぱい止まっていた。まわりには自衛隊員や警察官もいる。

吉岡が「これってけっこうすごくないか?見ろよ、あそこにいるの桜井総理だよ」と小声で言ってくる。

「さっきチラっと聞いたけど、文部科学大臣や経済産業大臣、国土交通大臣、内閣官房長官も来てるらしいぞ」

宇田川は官公庁関係に詳しい。

「な、だから言っただろ、おエライさんも大勢来るから心配ないって」

柴崎は得意そうだ。

「でもどこにも線路なんて見当たらないぜ」

俺はさっきから疑問になっている事を口にした。ヘリポートはあるけど、線路らしきものはどこにもない。

そのうち俺達は建物の中のホールに誘導された。俺達一般客は席の後ろの方に座らされた。

壇上にはここの所長や開発した財閥企業の経営陣、技術者が演説をし、このシステムがいかに画期的であるか、またリゾートの概念を全て変えてしまうなどと発言している。

そして総理大臣や各大臣が祝辞を述べる。どうやらおエライさん方は、どういうリゾートなのかを知っているらしい。しかし一般の人はさっぱりと言った顔だ。

最後に報道関係者も含めて全ての人に、これからのシステムについて機密情報を知る事があっても、決して口外しないようにとの誓約書にサインをさせられた。なおこのリゾートは近いうちに一般公開するらしい。

分厚いパンフレットを渡された。ちょっとした雑誌なみだ。なお係員の指示には絶対に従ってもらいたいと説明があった。敷地外にも決して出ないようにと。

「あの壇上で右側の2列目の端にいるのが俺のアニキだよ」

柴崎が小声で教えてくれた。

「本当はどんなリゾートなんだ?」

「俺もぜんぜん知らないんだよ。ただアニキが「絶対に来た方がいい」っていうから」

やっと説明&演説が終わり、俺達は列車の方に案内されることになった。

まさしく「研究所」としかいいようのない中を、超大型のエレベーターに案内された。

密閉された箱型ではなく、地下深くまで大型の資材を運ぶための傾斜がついたエレベーターだ。

「しかしすごい大規模設備の駅だな」

吉岡が言った。

たしかにこんな設備の駅はない。非常時には核シェルターにもなるという国会議事堂前駅だって、ここまですごくはない。

45度くらいの傾斜をエレベーターは降りていく。なんだか俺は自分がリゾートに行く気分ではなくなってきた。

地下についた。ほんとに映画に出てくる核シェルターみたいだ。天井はすごく高い。10mはあるだろう。ここは地下の秘密実験基地か?

分厚い金属性の三重に密閉されたドアが空き、俺達は最下層の通路を進んだ。

色々なパイプだの配電盤だのが、廊下のあちこちに配置されている。

最後の合金性のドアが開くと、やっと駅のホームらしくなった。しかしこれが駅のホームだろうか?とりあえず列車はあるが、今まで見たどんな列車とも違っている。

ホームもやけにだだっ広く、あちこちに調整機関室だの最終点検室だの鉄筋コンクリートとガラスで囲まれた部屋があり、その中で技術者と思われる人々が忙しく立ち動いていた。

テレビで見たアメリカの粒子加速機を思い出す。直径10キロくらいあって、電子と陽電子をぶつけてクォークを見つけるとかいうやつだ。

列車は最新式のものだろうか、窓は一切ない。単に銀色に流線型をしていて、車両の中程には、様々なパイプや計測器らしいものが付いている。俺はロケットのエンジン部を思いだした。まさしくSF映画に出てくる列車のようだ。

係員がアナウンスした。

「ピースメーカーなどをお付けの方は、係員にお申しつけください」

「これってリニアモーターカーなのか?」

宇田川が言った。

誰もそれには答えず、ただ黙って列車を見つめていた。

やがて搭乗時間になった。俺達一般客は最前部の列車だ。それにしても列車は先頭の銀色の部分(前は新幹線のぞみ号に似ているが、後ろはロケットエンジンみたいなやつだ)と次に運転部、そして2両客車となって最後尾がまた銀色の流線型の全部で5両だ。

俺達は列車に乗った。中は意外にも普通の新幹線や飛行機とあまり変わらない。

もちろん指定席制だ。柴崎と吉岡、俺と宇田川で列車の左側の席に2人づつ座り、右側に赤川と蜜本、園田と秋田が座った。

チッ、通路をはさんで秋田と隣になっちまった。

座った途端、目の前の液晶ディスプレイがコンパニオンの姿を写しだした。

「御搭乗のお客様、本日は「コナン・ドイル」に御搭乗いただきまして真にありがとうございます。当「コナン・ドイル」ではお客様の快適な御搭乗のため、様々なサービスが用意されています。なお全てのサービスはクルー以外にも、皆様の目の前にあるこのタッチパネルでお申しつけください。当クルーが即座に必要なサービスをお持ちいたします。なお御搭乗時間は長くはありませんので、あまり立ち歩かないようお願いいたします。また列車運行中、気分が悪くなる事もあるかと思いますが、一時的なものですので御心配はございません。なおどうしても気分が悪い方は、このタッチパネルでお呼び出しください。なお当「コナン・ドイル」のサービスは・・」

サービスについての説明が流れていると、宇田川が指さしながら言う。

「さすがに最先端だな、このタッチパネルは音声認識も対応してるらしい」

「ああ凄いな。ところでこのコナン・ドイルってどっかで聞いた名前だよな」

「確かイギリスの作家で、シャーロック・ホームズを書いた人だろ」

宇田川が答えた。でも他にも何かあったような・・・。

「それにしてもこの駅といい列車といい、ここまでアミューズメントに凝るかね?」

宇田川は半分あきれたように言った。

「いくらテーマパーク流行でもさ」

前の席の柴崎が覗き込んで話に入ってきた。

「いや、さっき係員が話してたの聞いたけど、一般の運行の時は東京駅から普通に発車するらしいぜ」

吉岡も「そうだろうな、所沢からバスで来て、こんな地下のこんなゴツイ設備を見たら、普通は驚くもんな。そこまではしないだろ」

隣ではさっそく女子がお菓子の箱を開けている。彼女らにはこの施設の異様さや列車の懲りようなど、どうでもいいのだろう。

車内アナウンスが流れた。

「それではこれよりコナン・ドイル101便、10時丁度に発車いたします。みなさまご着席の上シートベルトを締めてお待ち下さい」

俺はシートベルトを締めながら宇田川に聞いた。

「一体どのくらい乗ってるんだ?」

「俺が知るかよ」

宇田川もシートベルトを締めながらシートに深く座り直す。

ヒュウゥゥゥゥゥ

列車がタービンを回すような音をさせた。窓がない列車は動いてるのか動いてないのか、わからない。しかし徐々に加速を上げるにつれ、ほとんど振動も感じないが動いている事は確かなようだ。

そのうち気のせいか、左にゆるいカーブを曲がっているような気がした。

とてつもなく大きな円を回っているような錯覚を覚える。

女子達は相変わらず楽しそうにダベりながら菓子を食ってる。それと正反対に男達は無言だ。何もかもわからない乗り物に乗るというのは、こんなにも不安なものなのか?

アナウンスがまた入った。

「これより特殊運転に入ります。少しの間ですがお気分の悪くなった方は、シートの前のタッチパネルでクルーにお知らせください」

特殊運転ってなんだ?

そう思う間もなく、俺の意識は後ろに吸い寄せられていった。

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