第37話 彼女は、見覚えのある綺麗な髪をした女性だった(12)
今も天使と戦っているファードルを横目で見ながらモードレアは呆れていた。天使には遠距離から攻撃し、足止めに徹しろと言ったところよく働いてくれていた。
ジーンは吹っ飛んだラフィアの様子を確認しようとしたが、そのまま建物の中まで吹っ飛んだラフィアの容体はわからなかった。生きているのかどうかすらわからない。
またモードレアと切り結ぶためにジーンは身構えるが、モードレアの方は特に構えていない。
今は戦うのではなく、話がしたいと主張しているようだった。
「さて。わざわざ代わってもらってまで言いたいことがあるのよ。魔導研究員首席さん?いえ、
「どういう理由があるのかも知らないが、魔導士を巻き込むやり方は見過ごせない。特に力のない子どもはな。俺の主義主張に反する」
「神術士ならいいわけ?」
「……訂正だ。協力ならまだしも、強要し、理不尽に搾取・暴走させるのはごめんだ。大方地力が足りないとか二柱の協力を仰げなかったとかだろうが、それで他人を傷つけていい理由にはならねーだろ」
本来現象であるエレスティと呼ばれたことに、ジーンは是とも非とも言わない。
もう一つの要件である同盟も断る。このやり方は気に喰わない。どんな方法を用いているのかはわからない。だが、特に関係のなかった一般市民が苦痛に顔を歪める様など見たくなかった。
「世界に犠牲がなくて達成できる偉業なんてあるのかしら?」
「その偉業って何のことだよ?」
「世界の不平等の排除よ」
「……十年前と同じか」
「そうね。焼き増しにならないように下準備してるところ。いつからの悲願だったかなんて知らないわ。それでも、
「否定はしないさ。だがな……。方法が致命的に間違ってるんだよ‼」
ジーンは魔導を周りに展開させる。先程まであまり気にならなかったエレスティが、モードレアの傍で起きていた。モードレアの方が押し負けているのだ。
「正しいアース・ゼロ……。そのためには二柱の協力が必要不可欠だってわかっただろ⁉どっちも見付からないままで、
「そうね。もちろん
「結局サブも続けるならお断りだ!俺を見つけるのに十年、もう片方見つけるのに同じ時間がかかるとしてもう十年!その間に何人の人間を犠牲にする⁉」
「さてね。
彼女たち「パンドラ」は犠牲を諦めている。死人が出るのも苦しむ人間が現れるのも悲しみ人間が産まれるのも、全てを許容している。
それは
「そもそも、俺は候補にはなりえないぞ?十年前の器はたしかに俺だ。だが、愛想を尽かれていなくなったんだ。あいつらは同じ人間を二度も選ばない。それぐらい知ってるだろ?」
「……プルートが、あなたを見限ったって?」
「ああ。
この事実を、一般市民が知ればどうなるか。アース・ゼロを引き起こした張本人として裁判にかけられるか、有無を言わさずに殺されるか。
何にせよ、ロクな目には遭わないだろう。
そこにどんな理由があったとしても、五千万の命を奪った事実は変わらない。その当時幼くとも、どのようなことをしようとしていたとしても、大罪人の汚名は覆らない。
それでも今はまだ、その事実を伏せる。やることがある。裁きを受けるとしたらそれを完遂してからだ。
「プルートの最後の慈悲だろうな。もし同じことを企てていても、二度目は巻き込まれないように」
「……じゃあ、あなたのその桁外れな魔導は……」
「実のところプルートと契約した副作用だ。あの頃から力だけなら成長していない」
「……それがわかったなら、なおのことサブで進めないといけないわね。器が見付からないなら、それに匹敵した力を再現するまでよ!」
交渉は決裂。いや、最初に「パンドラ」が取った行動からして交渉の余地もなかった、という方が正しい。
また最初のようにトンファーと剣が交じり合う。
お互い召喚術を行い、その上で維持をしているために持っていかれるマナが多い。だから二人はマナの消費が少ない無詠唱で拮抗し合う。
状況からして、ジーンの方に分がある。
目の前のモードレアとどこかにいるグレンデルを捕まえるのが勝利条件で、ここは首都。騎士団とアスナーシャ教会の本部がある時点で、時間さえ稼げば増援が来る。
対して、モードレアの勝利条件は実験の完遂。今はジーンが呼び出したダエーワによって一部中断されており、正確な結果は出ないかもしれない。その上、これ以上の増援も望めない。
いつ、騎士団やアスナーシャ教会が到着するか。あるいはファードルが天使を倒すか。それが勝負の分水嶺となる。
「ピラーズ・ショット!」
「アテナ・ヘケト!」
氷柱を八本ほど投擲したが、部分展開された防護壁によって防がれた。
状況はジーンに有利なはずなのに、二人の戦いを見ている限りだとジーンの方が劣勢に見える。先ほどから呼吸が荒かったが、今は肩で呼吸をしている。
「あら?スタミナ切れ?それともマナ不足かしら?」
「チッ!」
反応が一瞬遅れた。防ぐことはできたが、剣によってジーンは押し込まれていた。
ジーンの主な生活は研究のための読書、及び研究会で必要になる資料作成だ。毎日魔物と戦っているわけでもなく、体力作りなんて行っていない。
戦闘継続能力があるかと言われれば否だ。
「まあ、先日から大活躍だったようだし?それでほぼほぼ同格のあたしと戦うなんて辛くないわけがないわよねぇ?」
「ほざけ……!この程度で、倒れてたまるか!」
強引に弾き返す。返せはしたのだが、大振りをした左手側のトンファーはすっぽ抜けており、どこかの民家の壁に突き刺さっていた。
「……プッ、アハハハハッ!」
「クソ!」
(左腕の動きが、鈍い?)
右腕に比べて左腕の動きと脳が発する命令に誤差があった。振り抜いた際のセーフティーラインを超えた力が出たのか、衝撃に耐えられず左手からトンファーが消えていた。
左腕全体が麻痺しているような感覚だった。何合も打ち合った弊害かとも思ったが、ジーンは右利き故に右からの方が攻めてもいるし守ってもいる。限界を感じるなら右腕の方が早いはずだった。
モードレアの武器に痺れ薬でも仕込んであるかとも考えたが、モードレアはそんなものを仕込んでいなかった。
これ見よがしにモードレアは高笑いをしながら猛攻を仕掛けてくる。片手一本で二本の剣を防げるわけもなく、逆に弾き飛ばされた後に無詠唱で黒い剣を形成し、ファードルの見よう見まねで扱ってみるが上手くいかない。
「付け焼き刃ね!動きからして剣は初めてですって語ってるわよ!」
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