第20話 その街は、舞踏会に向かない寂れた場所(7)
「ジーン⁉あなた何を……!」
「あ?何にもおかしくないだろ?上司からの命令違反、事態を引き延ばす行為。今アパオシャが邪魔されなければ二層目も壊せた。むしろ今俺はそいつがレイルに何か施したんじゃないかとすら疑ってるぞ?それに宣言したはずだ。邪魔をしたら殺す、と」
ラフィアが抗議を訴えてくるが、一蹴する。見せしめの意味も込めて無詠唱ではなく一詠唱で制裁を加えたのだ。
そうは言っても、確実に殺してはいない。身に纏う神術によって威力は軽減されているだろうし、一詠唱とはいえジーンも手加減はしている。
さすがに妹が見ている中で殺人など起こさない。
「メッカ。話せる程度に治療して営倉にブッ込んでおけよ。それともあれか?アスナーシャ教会には命令違反程度じゃ御咎めなしか?」
「……いいえ。誰か、一詠唱の治癒術のみ使え。その後は宿舎のどこかに縄で縛っておけ」
「メッカさん⁉」
「命令だ。アレを魔物と早計したのは彼女だ。これ以上彼を怒らせるな。導師様も、魔導研究会と事を荒げるつもりはない」
「くっ……!」
命令に従って負傷した女性を運んでいく。メッカも彼女の独断を止められなかったのだ。ジーンの言葉に反論はできない。
(さて、どうしたもんか……。アパオシャを呼んだ上に自力で還したから俺のマナも限界が近い。それであと二層。一層はいけても、もう一層は無理か……)
召喚儀式を行う者が少ない最大の理由として、召喚している間はずっとその相手にマナを供給しなければならないからだ。この性質上、マナのキャパが多い者しかまともに使えない。
ジーンもアパオシャに頼れば破壊できそうだったから呼んだのであって、もう一体はさすがに無理だ。
(……方法はなくはないが、それでもう一層も破壊できるかは微妙だな……)
あまりやりたくはないが仕方がない。エレスにこの後を任せるよりはマシだ。
足元に魔法陣を出す。今度は手ではなく、足元に。描くわけでもなく、足元に出現させていたが陣作成とは異なる。
ただ単に手に収まるほど小さな魔法陣ではなかっただけで、手に魔法陣を出す以外は他の魔導と大差はない。
「暗黒より顕現せよ、裁きの雷。黒く、深く、遠く、どこまでも続く常夜の闇は、地上はおろか主の住まう冥界も、神々が住む天界も、その狭間すら覆うだろう。時に碧く、時に群青、時に紫炎に輝くソレは、全てを包む暗闇の中でさえ仇敵を拒む裁定の光。万雷の使者をもって、深淵よりあまねく
これでようやく半分。これでは四詠唱分だ。まだ足りない。次の一層も破壊するために、確実な威力を。
「届け、届け、届け、誰もがこの
星を創る大爆発にも似た、何もかもを呑み込む絶対的な雷。もちろんそんなものを全力で放てばこの星は消えてしまうし、そんなものは一介の魔導士ごときでは使えない。
範囲も威力も全て限定され、その上で発動する裁定の光。魔導の祖、プルート・ヴェルバーが用いたとされるこの世を乱す者に使われたという絶対的な裁決。それがこの雷だった。
一つ目の層は炸裂音を立てながら、呆気なく粉砕する。そして最後の層へ到達した時、レイルがこちらに恐怖を覚えたように目を見開き、絶叫した。
「アアアアアアァァァアアアアアアアッ⁉」
膨大に広がる神術の波。それが爆発を押し返そうと拮抗する。ぶつかっている場所ではエレスティが発生しており、激突の余波か暴風が吹き荒れた。近くの建物は屋根が飛んで行ったり壁のレンガが割れたり、木も平然と倒れていった。
最も爆心地に近いジーンは術式の発動者として瓦解しないように足に簡易な魔導を用いて足場を固定していた。
エレスとラフィアはお互いがしがみ合っていて、ラフィアが剣を地面に突き刺すことで吹っ飛ばされるのを防いでいた。
アスナーシャ教会の人間は防護術式を発動させて防いでいる者もいれば、それが間に合わず吹っ飛んでいる者もいた。
ジーンは右腕を掲げて術式を維持していたが、エレスティの余波が襲いかかり、右腕から火花にさらされていた。
「ぐぅ⁉」
今ブリッツ・ノヴァを維持しているのは右腕と足元の魔法陣だった。どちらかが失われればブリッツ・ノヴァは瓦解する。ジーン自体が術式の要石なのだ。その要石が消えてしまえば、維持する手段がなくなる。
エレスティにも耐え、二つの異なる力の衝突は続いた。どれほどの時間が経ったのかはわからない。それが遥かに長い刻だったか、ほんの刹那の瞬きだったか。だが、いつしか爆発にも似た雷は消えていた。
「お兄ちゃん⁉」
エレスは近くに倒れていたジーンに近付く。火傷の痕が酷い。右腕は全体的に爛れていて、服もボロボロだ。神術に敗れてここまで吹っ飛ばされてしまったのだ。
「あー……。ダメだったか。レイルを殺さないようにって思ってたら、力を制限しすぎたか……?」
「お兄ちゃん。治癒術使ったらダメなの?」
「エレスティで余計に傷付くだろうなあ……」
エレスはジーンの右腕を掴む。感覚がないのか、触るだけで痛いであろう傷なのに、顔も歪めない。それとも妹のためにやせ我慢しているのか。
「エレス。渡しておいた薬」
「あ、うん」
日中預かっていた小瓶を出す。そこには緑色の液体が入っていた。中身は薬としかエレスは聞いていない。
魔導士には治癒術を行使できない。そのため、魔導士は治癒薬を常備している。大きな怪我をした時に治癒術には頼れないので、様々な薬を旅の際には用意しているのだ。
「半分は右腕にかけてくれ……。もう半分は飲む」
「わかった」
蓋を開け、半分ほどを右腕全体にかけて、もう半分が残った瓶は口元に持っていく。それを左手で受け取ったジーンは一息でそれを飲み干す。
「ハァ……。悪いけど、最悪のパターンだ。俺だけで終わらせられなかった。……エレス。任せてもいいか?」
「うん、だいじょうぶ。お話してくるだけだもん」
「そうだな。……気を付けろよ」
エレスはうなずき、立ち上がって女神像へ向かっていく。その後からラフィアとメッカがやってきた。
「ジーン、大丈夫ですか⁉」
「見てのザマだ。動けはしねーが、命に別状はない。あと、ラフィアは近付くなよ?」
「え……?当初の予定では私が近付いて縄を切るのでは?」
「たぶん近寄れない。魔導士だけじゃなく、人間も拒む防壁だぞ、アレ」
そうしてしまったのはおそらくジーンだ。それほど強力な魔導だったのだから仕方がない。エレスを巻き込まないようにしたことが、結局エレスを巻き込むような結果になってしまうとは。
「私でも無理なのでしょうか?」
「メッカでも無理だな。お前は結界を破壊せずに、受け入れて侵入することはできるか?」
「……それは無理かと。私は生粋の戦闘人間。融和などは無理ですな。正直今回のまとめ役だってヒイヒイ言っていましたのに」
「なら、そういうことだ。役割が違うんだよ」
エレスは近付いていく。そこには何もないように、悠々と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます