第9話 集落

魔法。それは呪文と言うちからある言葉によって導き出される奇跡のことである。魔法を使うものを、一般的には魔法使いと呼び慣わす。魔法使いはめったに見られるものではなく、その多くが偏見や迫害にあわぬよう魔法の行使を隠す。故に、またも魔法使いへの周囲の偏見は深まる悪循環なのであるが、こればかりはどうしようもないものがある。魔法の力は強大であり、その世界を変革する力は無前代の可能性を秘めていると言っても過言ではないからだ。ことに魔法使いは、ここ東部辺境において『シェルーゲンの妖術使い』として名高い女辺境公のおかげで散々に忌避される存在となっているのだから。


 ~ファルド帝国風土記より東部森林地方における記述より抜粋~


 ◇


 イングラスは広間で自分の背負い袋を見つけ、中身に不足がない事を確認するや、迫り来る蜥蜴人リザードマンに向かって精霊魔法エレメンタリズムを解き放つ。


「凍てつく氷の精霊よ、ブリザードとなって顕現せよ」


 が、イングラスが鎚を持つ蜥蜴人リザードマンの攻撃を避け、体を捻る。氷の魔法が行き着いた先はイングラスの正面に立ち塞がる蜥蜴人リザードマンではなく、建物の中央、すなわち広間の中央に立つ人外、森のフォレスト・ガーディアンり手であった。


 ◇


 エリアスは見た。蜥蜴人リザードマンを模した石人形パペットが氷のブリザードに巻き込まれるのを。そして石人形パペットは静かに動き出す。

 ミーナも見た。氷のブリザードの呪文の発動を。そしてその魔法が石人形パペットを包み込むのを。


 彼ら二人は見る。誤射したはずのイングラスの顔に、笑みが張り付いていることに。


 ◇


 だが、その笑みについて考えている暇など無い。

 エリアスは「英雄ヴァルトよ! 俺に力を!」と腰の剣を抜き放ちざまに斧を構えた蜥蜴人リザードマンの首筋を払う。魔剣から迸る紫の魔力が軌跡を残して光と変わる。蜥蜴人リザードマンの首から赤い血が噴き出すも、エリアスはそれに構わず別の一匹、棍棒を持ったそれの腹を切りつける。硬い外皮に覆われた蜥蜴人リザードマンは倒れない。見れば魔剣の輝きは無く、剣から英雄ヴァルトの魔力が消えていた。

 エリアスの背中に冷たいものが走る。

 そして焦ったエリアスはかの英雄ヴァルトの名を再び唱えるのだ。


「頼む、英雄ヴァルトよ!」


 エリアスは英雄ヴァルトに祈る。


「お願いだ英雄ヴァルト! 頼む、この俺に力を!!」


 祈りに祈る。

 願いが届いたのか、剣から魔力が帯となって噴出する。エリアスの口が嬉しさに綻んだ。

 勝機を得た彼は振り降ろされた棍棒を脇を掻い潜る。エリアスの手にする魔剣、紫の軌跡はまたも敵の首筋を捕らえていた。


「ミーナ、引き上げだ!」


 エリアスはあらかじめ決めておいた集落の外れを目指す。

 しかし、エリアスの遥か後ろでミーナが、


「助けてエリアス! 石人形パペットがこっちに来る!」と金切り声を上げる。

「なんだって!?」


 エリアスは足を止め、即座に反転する。


「ミーナ!」


 エリアスはミーナに向けて石の拳を振り上げている石人形パペットに追いつかんと、軋む床を蹴る。


英雄ヴァルトよ! 間に合ってくれ!!」


 たわむ床、跳び掛るエリアス。敵の石腕は今にもミーナの頭を叩き割りそうで──、


「頼む、英雄ヴァルトよ!」


 頼む、届けと願いつつ、エリアスは戦利品の丸盾ラウンドシールドの影から紫電の速さで剣を振るう。


「ミーナに手を出すな!」とエリアスは吼えて、紫の軌跡がエリアスの上段から走り抜ける。

 鋼の感触、石人形パペットの体と腕の間接部に命中。

 関節球は砕け散り、ミーナに迫っていた腕が千切れた。

 だが、ミーナの額からは一筋の赤い血が流れる。おそらく石人形パペットの腕が掠ったのであろう。

 石人形パペットがエリアスの方を向く。そしてその石人形パペットは、残った左腕を掲げてエリアスに向け一歩踏み出した。

 無造作に、そして無慈悲に振り下ろされる左腕。

 エリアスはその強靭な刃、先の打撃で刃こぼれ一つしなかった魔剣で弾く。そしてそのまま首の間接を突く。刃は金属めいた硬い喉笛を食いちぎり、間接球がまたも散乱する。

 首も右手も失った石人形パペットがエリアスに、なおも迫る。

 それはエリアス目掛けて左手を振り上げ──氷のブリザード──たまま、固まった。

 そんな凍った石人形パペットの胸をエリアスは突く。

 そして抉る。

 またも金属の感触。突いて出て来たのは黒い宝玉であった。

 石人形パペットはゆっくりと倒れ、黒い宝玉が零れ落ちる。それはコロコロと転がりイングラスの傍へ。

 イングラスは「これは私がいただいても、よろしいですか?」と、今も蜥蜴人リザードマンと戦っている二人に聞くも、返事を聞く前に背負い袋の中へしまうのだった。


 ◇


 屍骸が片付けられた広間では、エリアス、ミーナ、そしてイングラスの前に多数の蜥蜴人リザードマンが平伏している。三人と蜥蜴人リザードマンの間には、金貨や銀貨に桜貝、そして宝石のついた銀の装身具などが山積みにされている。おそらく彼らの偽神を倒した勝者を称えているのでは無かろうか。


「どうする?」とはエリアスは困ったようにイングラスに振る。

「せっかく蜥蜴人リザードマンの皆さんが、私たちにくださると言うのです。いただいていきましょう」イングラスは平然として答えた。


 エリアスが立ち上がり、ネックレスを手に取る。


「ええと、ミーナ?」


 エリアスが青い宝石のついたネックレスをミーナの首に巻いてみせる。

 ミーナはそれをじっと見つめて「にあってるよ」とのエリアスの言葉に、顔を赤くして俯いた。


 ◇


 三人は戦利品を手に湖沼地帯を抜けた。

 イングラスを先頭に、南へ向かうことしばし。

 針葉樹林はいつしか広葉樹が混ざり、大地を覆っていた雪も見えなくなっていた。


 森を抜けると、そこは青空だった。

 溢れる光に、草を掻き分ける。

 エリアスとミーナ、二人は駆けた。

 そこには大草原がある。大地から伸びる大空がある。

 見渡す限りの大草原。

 今、二人の前に見知らぬ世界が広がっていた。


 エリアスはつぶやく。


「これが、世界か」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る