第6話 蜥蜴
氷結海に生息する竜種にも数多の種類が確認されている。蛇のように海中を自在に動き、氷を割って氷上に顔を出す
~ファルド帝国風土記より氷結海における竜に関する記述より抜粋~
「見てエリアス!」
ミーナが叫ぶ。
叫ぶ必要など無い。エリアスにも見える。
「緑! 森がある! 私たち、氷の海を渡りきったのよ!」
「うん。緑……あれは森の緑だね。ここまで来れたのも全部ミーナのおかげだよ」
ミーナのほっぺが紅くなる。
「え、ええと……」
ミーナはそんなエリアスを前に、両手の人差し指を突き合わせモジモジと。
「うん、それよりもミーナ」
エリアスは剣を抜く。
獲物の予感か、鞘から抜かれた魔剣が紫色の気に包まれた。
エリアスは野生の勘で気付く。森の香りのする風が、急に泥臭い匂いを混ぜたのだ。
見れば、ミーナもそれを感じ取っていたらしい。
緩んでいた顔が一瞬で引き締まっていた。
エリアスとミーナは目を凝らす。
雪原に緑が混じる。
この先にあるであろう森のそれとは違う緑の
そう。
雪原とは違う輝き。
彼らの鱗が太陽の光を反射して輝いているのだろう。
どうやらエリアスがミーナをからかって遊ぶ暇は与えられないようだった。
「
「彼らは
ミーナの指摘にエリアスがすかさず突っ込む。
「あ、エリアスってば、また私の知らないこと知ってる」
「だからこれは俺じゃなくて
「戦うの?」
「見逃しては……くれないよな」
話に夢中になりすぎた。
十二体ほどの
その姿はどんどん大きくなって。
「やっぱり! あいつらには俺達がご
「そんな!」
「俺達が二人しかいないものだから、勝てると思い込んでいるんだよ!」
「思い込んでいる、じゃなくて必ず勝つ自信があるんじゃないの!?」
彼らは盾をその棍棒で叩き、二人を威嚇しているように見えた。
そうこうしている間にも、二人は距離を詰められて。
何もかもが遅かった。
「ミーナ!」
「
ミーナの呼んだ火の
盾を前面に出だして襲い掛かってくる
エリアスは盾を目掛けて重い魔剣を振り下ろす。
盾が割れ、その
「ミーナ、俺の後ろに!」
「うん。
エリアスの後ろに隠れたミーナが
「私に
ミーナの祈りが終わると、包囲しようと二手に分かれていた
「ごめんなさいエリアス! 敵はまだ残ってる!」
「もっと早く決断していれば!」
エリアスはミーナに助けられるが、口惜しさで我慢ならない。
そして反省する。
最初からミーナの助言に従って
ミーナの側面に頭目らしき金属製の剣を持った
ミーナはたまらず悲鳴を上げる。エリアスは彼女を庇って滑り込む。
エリアスの肩を強かに殴ると、その
『剣を捨て、後ろの魔法使いに呪文を止めさせろ』枯れ木の肌を擦り合わせたような、かすれた声だ。
何を言っているのかわからない。全くもって、わからない。
ただ、ろくでもないことだと予想はついた。
エリアスは痛む肩を他所に、頭目と睨みあう。そしてそれは直ぐに剣と棍棒の殴り合いに変わった。
頭目と剣戟を繰り返すこと数合、エリアスと
エリアスが剣を上段に構える。と、剣の柄へとミーナに巻いてもらった飾り紐が揺れる。
それは実にゆっくりと揺れていた。
兎だ。それは兎。
エリアスは飾り紐の姿をくっきりと焼き付けると、彼の心は穏やかに冷静さを取り戻し、思考はある一点に収束してゆく。
「そうだよな」と、エリアスは呟く。そして嗤う。嗤い出す。「あは、あはは」と。
「なんだ
エリアスの狂態に、彼らの祖霊が頭目に何事か囁いたのか、頭目は一歩下がる。
「
途端、エリアスが頭目の盾を蹴り飛ばし、崩れた体に軽くなった魔剣を打ち込む。次の瞬間には剣を抜く。
「最初からあいつの力を使っておけば良かったんだ」頭目は赤い血を撒き散らして倒れた。
殴りかかってきた
「そして少しづつ、俺はあいつの
がら空きになった背中に魔剣を叩き込む。別の
「そしてあいつと俺の力が重なったとき、いや、俺の技と力があいつに
かえす刃で棍棒ごと切り伏せる。
「俺は最強のノルドになれる!!」
残りの
「
エリアスは空へ吼える。勝どきを上げたのだ。
ミーナはそんなエリアスを誇らしげに見詰めた。
「ミーナ、ありがとう」
「ううん、もうちょっと早く
ミーナはまた自分の人差し指の先端同士をくっつけたり離したりし始めた。
「いや、ミーナのおかげだよ。ミーナが思い出させてくれたんだ」
エリアスは鞘から剣を抜き、その柄に結ばれた飾り紐に目を落とす。
「俺、正直言って怖かった。
「そうなんだ?」
そう問い返すミーナは本気で思ってくれているようで。
「ああ。でもミーナが作ってくれた飾り紐が俺にミーナの言葉を思い出させてくれた」
「うん」
ミーナが嬉しそうに頷く。
「
「うん、エリアスはもっと私や
ミーナの視線は真剣だ。
「だから俺、そんな怖がりの自分のためにも強くなるよ」
「え?」
ミーナが問い返す。エリアスは決意を繰り返した。
「強くなって、俺が本当にこの剣に相応しい
風が流れる。雪が
エリアスとミーナは彼らから盾と路銀を頂戴し、そっと目を閉じさせ供養とした。
◇
「ミーナ、持って行く物はこれだけで良いか?」
「うん、ほとんど捨てなきゃいけないけど……運べないもの」
苔と針葉樹の生い茂った密林を横目にソリから荷物を運び出す。荷物は食料と水を優先し、持てるだけ持った。持って行く物は食料を優先した結果だ。
「森を抜けよう。木の幹に傷をつけるから、それを目印に南へ向かおうか」
「うん。エリアス信じてる」
「ああ、任せろ」
ミーナはエリアスに微笑んで見せる。
エリアスもまた、微笑み返す。
木々の香りが強くなる。緑の大地と針のような葉を持つ木々が二人を迎えてくれた。
そうして、どちらからともなく始めの一歩を踏みだし二人は黒い森の中に消える。
"帝国"。彼らはそこを目指してただ進む。
そこに光があると信じて。
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