第49話 終息


 胸を貫かれた葵は、ゆっくりと瞼を閉じる。そして全身の力が抜け、倒れ込む。それを光が地面に接触しないようにに支えた。すると、胸から黒いもやが出てきた。


 もやは炎を越えて、地面を這って逃げようとしているように見えた。

 それを見ていた湊が慌ててもやを踏む。もやは実体があるようだ。湊は何回も踏み潰す。すると、だんだん動かなくなっていった。



「燃やす……」


 伊藤はふらつく足で湊に近づき、足下を見る。

 そして炎でもやを焼き尽くす。三分ほどでもやは跡形もなくなった。すると、伊藤は力尽きたのか倒れ込んだ。傍にいた湊がかろうじてその体を受け止めた。



 葵の胸に突き刺さっていた剣が光となって消えていく。光の周りの稲妻も同時に消え、光の肩にアルベールはちょこんと現れて座った。


「アルベール、ありがとう」


「光君のおかげですよ」


 互いに礼を言い合って、葵に目をやる。すると葵の目がゆっくりと開かれた。


「大丈夫?」


「せん、ぱい? んっ……」


 肩に傷こそあるが、伊藤達に比べれば軽症だ。葵は光から離れて自分の力で立ち上がった。


「あれ……? ヒリス……?」


 葵が辺りを見渡すが、ヒリスの姿はない。


「二つ縛りのやつなら、あっち」


 仁村が指さした方向は爆発音が続いていた方角。瓦礫で通ろうにも難しい。


「探すなら早くしてくれ。俺が倒れればこの世界は元に戻る……閉じ込められるぞ」


 仁村はかろうじて立っている状態だ。仁村とスタンツィの力で作られたこの世界、作った本人の意識がなくなると崩れるのだろう。


「探してくる」


 光は葵に座るよう促して探しに向かった。

 大小様々な瓦礫を崩さないように、また隙間にヒリスがいないかを確認しながら進む。

 探していたヒリスは思ったより早く見つかった。

 瓦礫の下ではなく、道の片隅で。服はボロボロで、自力で瓦礫から這い出たようだ。


「終わりましたよ。帰りましょう。皆さんが待ってます」


 アルベールが優しくヒリスに声をかけるものの、うつむいたまま首を横に振る。


「葵さんも無事です。戦う必要はありません」


 アルベールがヒリスに手を差し伸べるが、その手を取ろうとしない。自分の体を抱きしめている。


「葵さんも待ってます」


 アルベールのこの言葉にピクッと肩を動かした。ヒリスはゆっくりと顔を上げてアルベールの顔を見る。光もヒリスの表情を確認できた。目が赤くなっている。


「私はっ! 葵と顔を合わせられません! 私のせいで葵が……」


 ヒリスの目から大粒の涙がこぼれた。


「それなら葵さんに謝りましょう。僕も一緒に謝ります。僕たちは生きているんですから、傷つけ合うこともあります」


 アルベールはヒリスの手を掴んで、半ば強引に立たせた。


「僕たちには国を守る仕事があるのですから、止まってなどいられませんよ」


「アルベール……」


「さあ、戻りましょう」


 小さく頷いたヒリス。

 アルベールとヒリスの歩幅では、元いた場所に戻るのに時間がかかってしまうので、光が二人を抱えて走って戻った。



「見つかったよ」


「ヒリス!」


 ヒリスの姿を見るなり葵は走り寄る。

 ヒリスも光の腕から離れて、葵に飛びついた。


「よかった、よかった……」


「葵……ごめんなさい」


 葵とヒリスは抱き合って泣き出した。

 光とアルベールは安堵してその姿を見ていた。

 しかし安堵したのもつかの間。周りの風景にノイズが走った。


「ゆっきー! ゆっきー! ゆっきー、死んじゃやだ!」


 地面に伏せっている仁村をスタンツィが揺さぶっている。

 仁村が意識を無くした今、仁村が作ったこの世界が崩れだしたのだ。

 空や地面がボロボロと崩れ出す。同時に頭がぐわんぐわんと気持ちが悪くなった。


 誰も何もすることはなく、それぞれが契約した王を抱えて目を瞑った。




 ゆっくりと目を開けると、いつもの街並みの中にいた。

 太陽は少しずつ沈みかけている。かなり時間が過ぎているようだ。



 さすがに地面は太陽光で熱せられているため、温度が高い。光は慌てて仁村の体を起こす。


「おい、こいつらどうすんの? 置いてく?」


 武装を解除した健は光に問う。


「さすがにそれは……でもどこかに運ぶにしてもうちじゃ遠いし……」


「いんじゃん、家が近いやつ」


 そう言って健が目をやった先にいるのは伊藤を支えている湊だった。


「俺!? そりゃ家は近いけど……」


「んじゃそこで」


「……はい」


 湊は健に反対しない。

 とりあえず負傷している人もいるため、カフェとなっている湊の家まで向かうことにした。

 移動中、竜之介と葵が暗い顔をしたままで気になったが、話すことなく歩いた。

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