宇宙からの手紙

秋都 鮭丸

僕は、宇宙人と交信した

 僕は、宇宙人と交信した。それは少し、昔の話。


 ある朝、僕の家の郵便受けに一通の手紙が届いた。宛名は僕。当時小学校低学年の僕には、自分宛ての手紙が届くなんて、年賀状を除けば初めてのことだった。嬉しいような、ちょっぴり怖いような、なんとも言えない緊張感の中、恐る恐るその無機質な封を切った。

 それはご丁寧に日本語で書かれた、宇宙人からの手紙であった。定規で引いたような、かくかくした線で書かれた字はほとんど平仮名。しかしその内容は、ずいぶん物騒なものだった。

「きみのおかあさんはあずかった。かえしてほしければ、うちゅうまでこい」


 僕の母は、あまり健康な人ではなかった。記憶にある母は、いつも病院のベッドの上だった。僕は毎週、父と一緒に母の病室に行くのを楽しみにしていた。母は僕の話を、いつも笑って聞いてくれた。父はそれを一緒に聞きながら、たくさん写真を撮って笑っていた。


 その手紙が届いてから、母は病室からいなくなった。父に尋ねると、母は遠い所に行った、と聞かされた。僕は、本当に宇宙人が母を誘拐したのだと思うと、途端に悔しくなった。宇宙人はきっと、僕が宇宙には手が出せないと思って、挑発するような手紙を寄越してきたのだ。僕がどんなにジャンプしたって、宇宙には到底届かない。これでは宇宙人の思う壺。今の僕では母を取り返すことはできない。

「なにくそこんにゃろ!」

 僕は宇宙に続くたった一つの道を目指し始めた。


 宇宙に行くための道、それは宇宙飛行士になることだった。かつての病室で、「僕は宇宙飛行士になる」と自慢げに語ったのを思い出す。あの日はただの夢だった。しかし今は目標であり、通過点の一つ。僕は宇宙を目指して猛勉強を始めた。


 でも、本当に目指していたのは、あの病室だったのかもしれない。


 あれから何年経っただろうか。結果から言えば、僕は宇宙飛行士になることはできなかった。母を取り返すことは、遂に叶わなかったのだ。

 ただ、宇宙には関わり続けた。天体観測の望遠鏡開発に携わり、いくつもの天体を観測した。その中に一つ、僕が人類で初観測した星があった。僕はその星に、母の名を付けた。


 あの日から、ずっと見上げ続けた空。この空に、確かに母はいたのだ。手の届かない小さな光に、僕は少し目を細めた。

 母はあの日、宇宙人になったのだ。

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宇宙からの手紙 秋都 鮭丸 @sakemaru

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