鳴無響也は義理がたい
和五夢
第1話 起
暦上は春。
だけど時折教室を吹き抜ける風は半袖からさらす肌にはまだひんやりと冷たい。
ゆえにブレザーを羽織る女子生徒も多いが、私、
今日は私にとって人生の転機。命運を分ける勝負の日なのだから!
「なんかお前いつも以上に暑苦しいな」
「ふんっ、口を慎むがいいわ……たっくん」
教壇の真ん前の席。その隣の机に腰を降ろすのは『たっくん』こと
「お前今失礼な事考えなかったか……」
「さあー、何のことでしょう? たっくんはまさか私の心が読めるとか高校一年生にもなって中二病みたいな事言いたいわけですかーっ⁉」
私はふっふーんと自慢げに鼻を鳴らしてやった。
「ふんっ、相変わらずの鬱陶しさだな」
「まあ、まあ、そう言いなさんな。たっくんが優しさの塊だという事はこのクラスで私が一番理解してるからさっ」
「どうだか……」
そう言ってそっぽを向いて拗ねるたっくん。
私の言葉に嘘はない。
彼は物心ついた頃からの男友達。だけど決して恋愛などには発展しない、いわゆる悪友と言うやつだ。
「それで、今日本当にやるつもりなのか?」
「まあ……ね」
シャピーンっと顔の前に裏ピ(裏ピース)を添えて決め顔。
「俺は止めといた方がいいと思うぞ」
「なんでよ。友人なら最敬礼の一つでもして見送ってくれるのが筋じゃないの?」
「俺は友人であっても軍人じゃねえ。てゆーか理由は言わなくてもわかるだろ?」
「わかんない」
「そーか、そーだったな。わからないから今こうなってるわけだったな。ではお前のためにはっきりと言ってやろう。それは……」
「……それは?」
「お前がどうしようもないバァカだからだ」
「ムキーッ! 何よ、たっくんのバカ!」
と両拳を挙げて反論しつつも私がバカな事ぐらい私自身が一番よく分かってる。
確実に成功するような計略なんて思いつかないし、冷静なアドリブ力だって持ち合わせていない。
でもだからこそ、真っすぐに突き進むしかないのだ!
私の標的は同じ列の最後尾。
優雅に読書を嗜む。超絶爽やかイケメン紳士、
鳴無君は学年一、いや校内一……否!
日本一と言っても過言ではないほどカッコいい!
セミロングの、女子も羨むほどのさらさらヘアー。
高い鼻に、大きな瞳。整った顔立ちは決して作られたものでは無いと断言できるほどに調和――いや、むしろその完璧な美は最新の遺伝子操作技術により生み出された人類史上最強のイケメン遺伝子に由来しているのではないか、と勘違いしても仕方がないほどだ。
もちろん特筆すべきはそのルックスだけではない。
聖人君子を絵に描いたように洗練された内面。
例えば彼が今柔和な視線を向けている活字体の集合体。
彼が読んでいる本はニーチェ。しかもその原本だ。
鳴無君曰く、『翻訳の過程で本来の意味が歪曲してしまうことがあるんだ』がその理由。
……かっこよすぎる。
そして、彼は頭もいい。器量も良くて、知的探求心にも満ち満ちている。
はっきり言って超人――いや、私にとっては神にも等しい!
そんな彼は責任感も強く一度交わした約束は絶対に、何があろうと守り切る。
そこに痺れる、憧れる女子も多くいた。
交わした約束は絶対に守る――。
その甘すぎる悪魔の囁きに魅了された女子達は身の程も知らず、次々と鳴無君に告白していった。
その場の雰囲気でも何でもいい。彼にたった一言『YES』と言わせれば、その恋は確実に成就し、行く行くは婚約、出産。幸福に満ちたバラ色の人生が約束されるのだ!
「おい、どうした急に熱く語りだしたりして。正直引いたぞ」
「えっ! 声に出てた⁉ えっ、えっ、どの辺から?」
「いや、知らん」
やっばーい、鳴無君に聞かれてたら……。
ぎりぎりぎりと軋みを上げながら首を回し、横目で目標を視認すると、彼は読書に没頭中。
ふうっ、どうやらセーフだったみたい。
「てゆーか、お前わかってんじゃねーか。勢いで告白したところで響也は首を縦に振らないぞ」
「私にだってわかっているのよ。そんな事はね!」
散っていったライバル達は鳴無君の優しさを見誤っていたのだ。
鳴無君は確かに有言実行。約束したことは必ず守る。
だけどそれは頼めばなんでも言う事を聞いてくれるというわけじゃない。
私は知っている。
鳴無君は守れない約束は絶対にしないという事を!
彼に対する告白のテンプレートは『結婚を前提にお付き合いしてください』。
それに対する鳴無君の答えは決まって、
『僕にはもう将来を誓った人がいるんだ。だから、ごめん』
フラれながらも、みな良い顔をしていたのは彼の誠実さに心打たれたから、というのは言うまでもない。
その誠実さに見合うだけの覚悟を持ち得たものだけが、律儀に婚約を塗り替えようと挑み、そして儚く散っていった。
そこで私はこう考えた。
婚約を抜きにした告白ならば、付き合ってもらえるのではないだろうか?
取り合えず付き合うことさえできれば、あとは何とでもなるのではないか?
彼女というポジションを利用して彼の誠実さに訴え続ければ、謎のフィアンセとの婚約を破棄させる事が可能なのではないか?
しかし、この不誠実な考えは私でなくとも誰でも思いつくことで。
それに鳴無君はただの優しいだけのイケメンじゃない。
「バレンタイン事件の事か?」
「そう、バレンタイン事件……って、なんで当然のように私の思考に⁉」
「いや、また漏れてたぞ。お前の思考」
「マジで⁉」
「お前やっぱりバカだな」
「くぅ~。いいもん、いいもん鳴無君に聞こえてなければノープロブレムなんだから」
そう彼はまだニーチェに夢中だった。
それでなんの話だったか……そう! バレンタイン事件。
鳴無君のモテキは私が物心ついた時からすでに始まっていて――というよりも存在そのものがモテキなのだけど、毎年2月14日はお祭りのような賑わいを見せた。
そして直近のバレンタインデーはある意味伝説になった。
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