第67話 最終話②

「あ、月菜つきなも部活終わったんだね~、お疲れ様~。お茶飲む~?」

「ありがとなっ香美奈かみなっ。あ、お邪魔しますっ、三好先輩っ」

貴江きえでいいよ。手狭な家でごめんね?」

「仕方ないよ」

「うん。五人もいるんだし」

「でも、暁井あけいシスターズの豪邸なら余裕なんでしょ~?」

「まぁね」

「「「「うわぁ~」」」」

「ちょっと待って、姉までひくのはおかしくないですか」

「ちょっと見ない間に、妹が調子に乗るタイプの陰キャラになっちゃった」

「あ~、人との距離感詰め過ぎてウザがられるタイプの~?」

「面白いと思った発言が駄々滑りして最悪な空気になるタイプの?」

「後輩にも一人いるなっ、そのタイプ」

「みんな、一番傷つくタイプの弄り方するタイプから今すぐ脱却して。思い当たる節があるタイプだから私、寝る前に脳内反省会が終わらなくなるタイプだから」

「は~い、彼氏いない歴イコール年齢の少女たち、元気?」

「「「「「一番腹立つタイプ来た」」」」」


 三好奈江なえという共通の敵を得た五人が息を合わせ、貴江の母は面白そうに笑う。


「いや~、会話こそ容赦ないけど、みんなそれぞれ可愛くて、おばさんは眼福ですよ。惜しむらくは、めんどくさいタイプの男子を好きになっちゃったことですかねぇ?」

「……何の話かな、お母さん」

「私は分かんないな~」

「あたしもっ。うんっ」

「いっそぶっちゃけあっちゃう? 妹よ」

「待ってお姉ちゃん、今日は戦争をしに来たんじゃない」


 年の功にずばりと言い当てられて、一致団結もつかの間、一撃で共闘を瓦解させられた少女たちに、奈江は優しく言い添える。


「まぁ、二十年後はなんだかんだ上手くいってるからさ。そんなに心配しないように。―――で、今日はどんなご用件で当神社にお越しくださったの?」

「「「「「家出の相談」」」」」

「おいおい待て待て」


 あまりにも明け透けすぎる物言いに、さしもの豪胆な奈江も動揺を隠せない。


「何この説教しにくい状況。四十路超えるまでは無かったよ、こんなこと」


 娘と友達が正直すぎて、怒るに怒れない。


「別にね、親と喧嘩したとかじゃないんだよ。私は久しぶりに帰って来られて、すっごく幸せ」


 でもね、おばさん。と、光が幼いころから慕ってきた幼馴染の母に言う。


「いつまでも助けられるばっかりじゃ、女としてダメだと思わない?」

「私、元クラス委員長なんで~、遅刻している同級生は見逃せないっていうか~」と、香美奈が言う。

「夏の大会が迫ってるのに、雑用係がいないんだっ!」と、月菜。

「そのために、探しに行かなくちゃいけない場所があって、連れ戻さなきゃいけない人がいるんです」明。

「お母さん、私ね、、学校の校舎の中にいたの。そしたら、れいと、晃陽こうようくんが戦ってた。ずっと見てたんだけど、逆に言うと、見てることしかできなかった。二人がどこかに消えちゃうまで、ずっと……」


 泣き出しそうになりながら、貴江はこう絞り出した。


「……黎が、言ってたんだ。『この世界で、まだ生きていたいんだ』って」


「……そう」


 一人娘の気持ちは、誰よりも分かっている奈江が、万感の思いでそう呟いた。そのときを見計らっていたように、二色町を、夕焼けと鐘の音が染めた。


 カーン。


 夜勤明けの夫・あきらを起こそうと、東雲しののめひなたが夕食の支度を中断したとき、その音は聞こえた。


「あら、今日はこっちの鐘が鳴るのね」

「おはよう、お母さん」

「あなたにしては早起きね」

「そうだね。あと、どうやら帰ってきたみたいだね」

「ええ、そうみたい」


 カーン。


 それは、町の南、駅と、その裏手にある高層マンションにも。


 カーン。


 それは、賑わう商店街にも。


 カーン。


 それは、西の幹線道路を走る車にも。


 カーン。


 それは、東の工場にも。


 カーン。


 それは、北の大きな家にも。


 カーン。


 それは、町の中心にある中学校にも。


 カーン。


 それは、今日を終えようとする、この何もない街のすべての人々に。


 カーン。


 無論、神社の隣にある家の中から飛び出してきた少女たちにも。


 カーン。


 時に教師、時に謎の男として暗躍し、いずこかへと走り去っていったドイツ製自動車の運転手にも。


 誰もに、街の黄昏を告げ、早過ぎる暁を予告した。


「ところでさ、晃陽」

「ん?」

「今がいつかは分かんないけど、結構な期間いなくなってた理由、どうやって説明するよ」

「正直に言えばいいだろう」

「いや、無理だろ。お前があっちの薄暗~い世界で落とした眼鏡を探して彷徨さまよってた、なんて言うのか?かっこ悪いにもほどがあるだろ。大顰蹙だいひんしゅくだろ」

世界アルケアカンドよ、応答せよ。こちら、“調停員”東雲晃陽。この街の謎は解けた」

「聞けよ人の話。ていうか、それ久しぶりだな。まだ生きてたのかよその設定。謎に感動すらしてきたわ」

「うるさいぞ黎。設定などではないと言っているだろう」

「設定じゃないなら、何なんだよ」

だ」

「……そうかよ」

「納得されると、それはそれで張り合いがないぞ」

「わがままだな!?」


 街は、夜明けにも似た黄昏から、夜へと差し掛かっていた。


 それは、やがて来る暁を伴った闇。一ヶ月の長いようで短い、しかし少年たちを大きく成長させた冒険すら過去にし、新しい光に照らそうとする未来の予感。


 一つの物語が終わっても、それでも彼らの物語は、まだまだ、続いていく。





黄昏街たそがれまちと暁の鐘  完

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