第61話 最終決戦④怪獣撃退、そして

 二足歩行の恐竜―――怪獣型の影喰いが、特に原理も分からずに飛んでいる二人の少年と目線を合わせる。


「……くっ、かっこいいじゃあないか」

「はぁ……」


 認めたくない気持ちに顔を歪めながら、敵が作り上げたロマンあふれる造形に笑みを堪えきれない晃陽こうようへ、れいは半目でわざとらしい溜息を浴びせる。


『グガアアアアアアアアア!!!!』

「来るぞ、黎」

「便利な耳だなほんと」


 影喰いの咆哮ほうこうは、相変わらず晃陽の耳にだけ届く。黎に回避を促し、急速で上空に飛翔する。


 その選択は、正解だった。


 影喰いは、その爬虫類じみたフォルムのあぎとをぱっかりと開き、真っ黒な霧状の息吹ブレスを吐き出したのだ。黒霧は左右に振られ、もし横に逃れていたら回避することは叶わなかった。


「助かったぜ、こうよ」

「すっげぇ!」

「……あれを喰らったら、流石に持たねぇな」


 晃陽の感嘆の叫びは無視して、黎が現状を冷静に分析する。


「無理なのか」

「ああ、影無人カゲナシビトの吸収能力にもキャパがある。それを越えると、こうなる」

「こう?」

「こうだよ」


 言って、黎は大きく手を広げる。


「あのでっかい塔も、この街を囲む黒い壁も、空も、ってやつなんだ」

「まさか……はっ、また来るぞ、黎」

「おうよ!」


 衝撃的な発言におののく暇もない。


 首を斜め上に持ち上げて放った暗黒の熱線は、緊急降下によって回避した二人のいた場所を通過したのち、放物線を描きながら、はるか遠く、住宅街の辺りをボン! と、黒く染めた。


「来るぞ黎」

「ちっ、一旦退くぞ」


 怪獣はその巨体をズンズンと揺らしながら近付いてくる。その速度は、意外なほど早い。


 二人は逃げ手を打ちながら相談する。


「黎、さっきの話だが」

「え? ああ、もともと、この世界はもっともっと広かったんだけど、あの影喰い野郎のせいで滅びた。俺たちの仲間は、俺以外全員の命と引き換えに、影喰いをこの街に、親玉をあの塔の中に封じ込めた。―――そんな顔すんなよ、晃陽」


 途端に顔をしかめた晃陽に、黎が優しい声をかけるが、後輩の親友は「いや」と首を振ってこう言った。


「別にそういう意味の顔じゃない。思いついたことがあったんだ」

「なにを?」

「逆に、このままあの怪獣を“壁”に向かわせたらいいんじゃないか」

「え?」

「あの黒い光線? 熱線? が、上手いこと跳ね返るんじゃないかと思ったんだが―――そんな顔をするなよ、黎」


 ポカンとした先輩の親友に、また馬鹿にされると思った晃陽だが、黎も「いや」と、先ほどのやり取りをリフレインするかのように言った。


「マジでお前はすごい奴だと思う。誰も思いつかねぇよ普通」


 初手からからめ手を思い付く。

 格好はどうあれ、眼前の敵を倒すことを第一義に考えられる。

 本人はもっと派手に戦いたいのだろうが、むしろ実戦向きな性格。


「よし、その作戦で行くか。それまでひたすら後ろから飛んでくる敵の弾を避け続ける地獄のアクロバット飛行だけど」

「できるさ。俺と黎なら」


 自信満々にそう言われると、無根拠だろうが信じられると思ってしまう。黎は犬歯を剥き出して笑みを作る。


「……ッ! よし、やるか!!」


 黎は、先刻までの攻防で影喰いを吸収したダメージと、影喰いの王に黒塔を突き破られるほどにまで影無人カゲナシビトの力を奪われたことによる、耐え難い胸のうずきを押さえながら明るい声を出した。


 やれる。俺と晃陽なら、きっと。


※※


「すっげぇ!」


 影の街は誰もいないので声がよく通る。だから、晃陽が大騒ぎするたびに声を聞きつけた影喰いが集まってきて大変な目に遭ってきた。


「怪獣じゃあないか」


 そんな冒険譚を聞いていた氷月も、晃陽の歓喜交じりの悲鳴と同様の感嘆を漏らさずにおられなかった。


 恐らくは街に残っていたすべての影喰いが結集してできた威容。


 超巨大生物。本邦では、ある種の伝統芸能の域に達した感のある獣。


「ふふ、最終決戦なのだろう。楽しんでいただこうと思ってな」


 少女の声で発せられる尊大な口調。だが、このときばかりは頷かざるを得ない。


「お前、良い趣味してるな」


 つまり、基本的には氷月も晃陽と同じ穴のむじなである。晃陽がこのまますくすくと成長したら背格好以外はほぼ氷月みたいになるのだ。


 対峙した宿命ともいえる敵の思わぬ賛辞に、さしもの影喰いの王も虚を突かれたようで、明の水晶のような目が見開かれる。


「華麗なジャイアントキリングを決めるのは彼らに任せて、こちらはせいぜい、泥臭くいかせてもらうよ」


 氷月は言って、構えを取った。とはいえ、影喰いに意識を乗っ取られた少女に危害を加えるわけにはいかないし、こちらがいくら攻撃したところで、明から影喰いを引きはがす術はない。


 故に、ここは時間を稼ぐ。


※※


『ゴアアアアアアアア!!!!』


 晃陽と黎、二人で、ジェットコースターを遥かに超える曲芸飛行を繰り返しながら、ようやく怪獣を街の果てまで誘導することが叶った。


 口がばっくりと開く。来る! 二人は幾度も回避し続けた敵の攻撃パターンを読み切り、同時に別々の方向に急旋回した。


 黎は左へ。

 晃陽は上空へ。


 怪獣が影の霧を吐き出す。黎を追って首を振る。が、長距離の射程を誇るそれは、彼の仲間たちが命を賭して作った壁に阻まれ、そのまま跳ね返ってきた。


 そこは二色神社方面。東の果ての角。自らの黒霧にまかれた怪獣型影喰いが、動きを止めたとき、既にもう一人の少年、影喰い狩りの剣士は、その脳天に向かって急降下を始めていた。


 それに気付いた影喰いが、二撃目を放とうと両顎を開く。


 それこそが、狙いだった。


「遅いぞ怪獣! デイブレイクス・ライトニング!!」


 逃げながらこの展開を考え、そのためだけに考えた渾身の技名と共に、晃陽は怪獣の喉へと飛び込む。


「うおぉ……りゃあッ」


 そのまま影喰いの内部を食い破り、股下までを貫く斬撃がもたらされた。


「うおっと!?」


 危うく地面に激突しそうになったところを減速し、地面に降り立つ。


 頭を潰されて生き残った影喰いはいない。今度こそ―――そう思った束の間、最悪の光景を目にした。


「黎!」


 明らかに自発的な降下ではない、自由落下としか思えない軌道で、黎が地面にどさりと落ちていった。

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