第48話 鬼蜘蛛型影喰い
「うよう……晃陽!!」
ハッと目を覚ますと、薄暗い体育館の高い天井と
「何があったんだ」
「ちょっと、一寸法師の気分を味わっていたんだ」
のっそりと起き上がりながら、そう言った晃陽はきょろきょろと辺りを見回す。
「ほかの影喰いは?」
「どっか行った。お前が、親玉を倒してくれたからじゃないか」
「そうだったらいい。で、明は? 月菜や、香美奈は?」
「無事だよ。今頃、ちゃんと学校に戻ってる。
そうか、と立ち上がりながら首肯する。
―――ん? 今、引っ掛かりのある言葉があった。
「黎、ちゃんと学校に戻ってるって、どういうことだ」
「……見ろよ晃陽。あそこから外に出られそうだぜ。さ、二色神社にでも行くか」
「質問に答えろ」
案の定、気絶しているうちに帰宅の時間を逃してしまったようで、晃陽と黎は、この街で“一泊”となった。
※※
大蛇型が居座っていた場所に開いた穴から外に出ると、まさしくあの校舎や体育館が塔の中であったことが分かった。
「質量保存の法則はどうなっているんだ」
「晃陽、シリアスな顔してるとこ悪いけど質量保存は関係ない」
頓珍漢な会話を繰り広げながら、足は自然と二色神社へ向かう。何はともあれ神社に行く、は、もう共通認識となっていた。
道中、また数匹の影喰いに遭った。今まで犬型・猿型・虫型・蛇型と、それぞれに縄張りがあったようだが、親玉を倒したせいか、分布が混ぜこぜになってきている。
「蛇が塔の中から抜け出してきてしまっているな」
難なく雑魚を片付けた晃陽が、何気なく呟く。反応が無い。「黎?」と、呼びかけると、遠くの方から「先に神社に行ってるわ!!」との声がした。
「人の話を聞け!」
晃陽が、急いで追いかける。だが、もともとの瞬発力に差があるので、どうしても追いつけない。
自分が気絶したせいで、ここに置いてけぼりを食ったことを怒っているのだろうか。だとしても危ない。黎には、牽制用のボウガン以外の武器が無いのだから。
結局、追いついたのは社殿だった。四肢を取り戻した白いワンピース姿の暁井姉(仮)が、黎の手をしっかりと握っていた。
「どうしたんだ?」
「晃陽、もう社殿が安全じゃなくなってるみたいだ」
「本当か」
「ああ。ここの扉の前まで影喰いが来てやがった。一応、ボウガンで追い払ったけどな」
「何故だ」
「……ひょっとしたら、あの塔に関係があるのかもしれねぇ」
やや言い淀んだのは、自分を気遣ってか。そう察した晃陽は、「ならば、早いところ、彼女の身体を取り戻さないとな」と気丈に言った。
「あと、行ってないところは―――」
※※
木陰町の森。
これまでは外であろうと中であろうと、視界を確保する程度の明かりはあった。だが、この鬱蒼とした場所は、その光が遮られてしまっている。そして、影喰いはその暗闇に溶け、三人を襲ってくる。
敵は虫型だった。不意打ちを仕掛けてくるうえ、ちょこまかと動き回る影喰いに対して、晃陽、少女、黎の順に数珠つなぎで手を繋ぎ、歩くことになった。
晃陽は何度か手傷を負ったが、目の良い
やはり、頼りになる。晃陽はそう思った。今まで、何度か危機に陥ったが、その度に黎が自分を落ち着け、叱咤し、導いてくれた。彼なしでは、ここまでこれなかっただろう。改めて、親友に感謝する。
そう思いながら歩いていると、開けた場所に出た。道中と比べて、多少は明るい。ここは、どうやらちょっとしたお社らしい。“昼”の二色町中を探検した晃陽も、この森だけは危ないと行かせてもらえなかった。初めて見る光景の中には、物見やぐらのような木製の建物もあった。
「これ、氷月先生が言ってた、“暁の鐘”の……?」
呟く晃陽に、思考の
ガサガサ、と、尋常ではない大きさの物体が木々をかき分ける音。
「暁井、このやぐらの上に昇ってくれ」
冷静に指示を出す晃陽に、少女が恐怖を振り切ったように強く頷き、梯子に手をかけ、上がっていく。
『ギイイイイイ……』
それは、巨大な蜘蛛だった。大蛇型ほどではないが、それでも晃陽が見上げる程度はある。
「鬼が出るか蛇が出るかと思ってたら鬼蜘蛛が出てきやがったな、晃陽」
八本足の影に、幾数匹もの子供が付き従っている。統率力は、今までで最も高いと推察された。
「雑魚を相手にしてる時間は、ねぇな。こうよ―――うわっ!」
何事か言いかけた黎に、影の糸が放射状に絡みつき、捉えた。
「黎!」
「よせ! 晃陽! いいからお前もやぐらを上れ! 俺が囮になる!」
「……ッ!」
逡巡は一瞬だった。
背を向け、梯子に手足をかける。
背後で、黎が大量の影喰いに
―――絶対に助けるぞ。
予想通り、ここは鐘つき堂らしい。そして、氷月の言った通り、あるべき鐘がぶら下がっていない。
暁井姉(仮)に目配せし、大丈夫だというように頷いてやったあと、晃陽は叫んだ。
「うおおおおおおお」
鬼蜘蛛型の脳天に剣を投げつける。
「まだまだだ」
剣を手に戻し、さらにもう一撃。相手の影糸が届かない距離からの連続攻撃。
黎がその身を賭して作ってくれた絶好機だ。逃すわけにはいかない。
一方的な的当ては、さらに三発続いたが、大岩ほどもある鬼蜘蛛は
「な、共食い……同族を!?」
我が子のように自在に従えていた子蜘蛛を、その身に取り込んでいる。
成長する気だ。あちらの攻撃が、晃陽たちに届くまで。
「なら―――」
少々不作法だが、合体中にやらせてもらう。晃陽は、狭い物見台の上で、出来得る限り助走を取った。
少女がまだ半透明な顔を大きく左右に振っている。晃陽はにこりと笑い、「大丈夫だ。少し飛んでくる」と言って、駆け出した。
「―――ッ」
走り幅跳びの要領で飛び出した晃陽は、空中で身体を捻り、剣先を調節する。仲間を食べ、ぶくぶくと膨れ上がる怪物の脳天に、夜明けの剣を突き立てるために。
妙に滞空時間が長く感じたのは、いわゆるスポーツの“ゾーン”にでも入っているのか、はたまた漫画で読んだ死んでしまう前に時間が引き延ばされるアレなのかと考えたが、すべて振り切り、再び気合の咆哮を上げ、落下する。
「おおおおおおお」
どうやら成長を終えたらしい影喰いから、糸による攻撃が放たれた。
『ギイイイイイイイ!!??』
が、落下速度と剣の威力を掛けた攻撃が、糸と影喰いそのものを突き破った。
消滅する蜘蛛型影喰い。
「黎……黎!?」
しかし、晃陽はいつもの
だが、その声に応える者は、いなかった。
黎が、どこにもいなかった。
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