第47話 対決、大蛇型影喰い

 体育館。


 ステージがある反対側、外に通じる大きな両開きの扉の前に、全長数十メートルはありそうな大蛇型影喰いが蜷局とぐろを巻いている。


 とりあえず、と晃陽こうようは、香美奈かみな月菜つきなをステージ脇まで退避させる。


「校舎に通じるドアはすべて閉じろ。ほかの影喰いが入ってくる」

「分かったっ!」


 月菜に指示を飛ばしてから、再び敵に向き直る。


 見れば見るほどでかい。あの幹線道路で影喰いを無限に作っていたやつほどではないが、どこを斬れば倒せるのか、まったく分からない。


『シュルルルルル……』


 威嚇するような鳴き声も、腹にと来る。


 一体、何を喰ったらそんなに大きく―――。


 そこまで考えて、はたと気付いた。


 そうだ。外からは入れない塔の中で、こいつは、一体何を喰っていたのか。


 いや、正確ではない。あのトイレにいた数人の人影を思い出す。


 こいつは、


 自分や黎のように、影の街を出入りしている人間でなければ、浅井香美奈が消失したことを、恐らく彼女の親ですら気付けない。きっと、誰もがその存在を根本から忘れたまま、普段通りの日常を過ごしていたことだろう。


 つまり。


 


 二色南中学校の生徒だけではない。親や教師も含めた二色町の人間が、定期的にこの大蛇型の餌になっているとしたら。


「……ふぅ~」


 大きな鎌首をもたげた影喰いを、じっと見上げる晃陽。


 彼には、自身でさえ気付いていないある特技があった。


『思考の柔軟性』と、それに伴う『直観力』である。


 物事を理論立てて考えたり、今そこにある情報を数学的に帰納・演繹えんえきして思考することは苦手だが、それを飛び越えて、直観的に真実を言い当ててしまうことが、これまでも度々あった。


 しかしそれは、本人が性根の部分に隠し持つ繊細な自己評価の低さ、自信の無さから、十分に発揮できてこなかった。


 今は違う。


 晃陽は、幾多の戦いを経て、自分が何をできて何をできないのか。それらを正しく把握し、そういった意味で、確かな自信を得ることができた。


「どうやら、これが俺の使命だったようだな」


 それは、明の、名も知らぬ姉妹だけではなく、あの街からいなくなった多くの人々を、この手で解放すること。


 正直、蛇は苦手な方だ。あの細長いのがうじゃうじゃ追ってくるのを見て、月菜と香美奈の手前、あまり怯えた仕草はできなかったのだが、本当は怖気おぞけを震っていた。


 今もその恐怖はある。


 しかし、それ以上の“覚悟”がある。


 晃陽は、ステージに潜むソフト部のエースに向かって叫んだ。


「月菜、香美奈を連れて、外に出て行ってくれ! この学校のどこかにこの影喰いに喰われた人たちがいるはずだ。全員見つけて、黎と明に、知らせてくれ!」

東雲しののめっ!? 何するつもりだっ」


 飛び出してきた少女に、微笑みを送る。


 時間が無い、かもしれない。だが、彼女のように毎日コツコツと走りまくっている足があれば、きっと大丈夫だ。


「陽光は天に

冥闇めいあんは地に

彼の名の下、差し昇れ

彼の名の下、墜落せよ」


 何度かブラッシュアップを重ねてきたが、これがきっと、口上の完成形だ。


 影喰いに向かって、つかつかと歩み寄りながら、一旦、剣をしまった。念じれば光と共にその手に宿るだけではなく、消すこともできることをたった今知った。

 

「影に囚われた人々を救う光の剣」

『シュルルルルル……』


 それにしても、この影喰いは、一体何なのだ。


 まるで、何かを守っているように、自分からはまったく動こうとしない。無論、近付き過ぎれば迎撃されるだろう。


 ―――それでいい。


 月菜も、どうやら迷いを振り切って出て行ってくれたらしい。


 影喰いのあぎとが、晃陽一人分を軽く丸呑みにできるほど開いた。


「汝の力をここに名状する」


 大蛇が、晃陽を飲み込んだ。


 全身から力が抜けていく感触。影喰いに取り込まれる感覚。


 これを、待っていた。


「来い、デイブレイカー」


 どこを斬ればいいのか分からない。


 ならば、内側から、影を消滅させる“光”で照らす。


 その閃光は、影喰い内部にいた、無数の現実世界から消失した被害者たちを照らし出した。


 ―――持ってくれよ、俺の身体。


 影喰いの腹の中で、晃陽は光の剣を振り抜いた。


※※


 ああもう。これだから東雲は東雲なんだ。月菜は走りながら、視界が涙で滲んでいくのを必死で止めようと、巨大な化け物を相手に一人残った男の至らないところを振り返る。


 いっつも一人ぼっちでいるから可哀想だと思って構ってやったら、球拾いでバテるくらいの体力しかない癖にものすごく偉そうで、言ってることが訳わかんなくて、バカで、週一ペースで騒ぎを起こして、でもそれは全部、誰かのためで。


 練習の鬼みたいな自分を嫌がった部員とも仲を取り持ってくれたり、クラスが別々になった今年からもずっと定期的に手伝ったり話したりしてくれるし、やっぱり優しいなとか思ってたら、急に眼鏡なんかかけ出して、ちょっとドキッとするほど似合ってて。


 なんか小暮先輩とコソコソやってるなと思ってたら、こんな場所で戦ってたって? しかも、それは明のためで、今は香美奈のためで―――東雲と最初に仲良くなったのはあたしなのに。


「あーもう!」


 悪口が出てこない。というか、あいつの悪いところを出そうとするともう一人のあたしが「でもそれはこういう意味で」といちいち訂正してくる。分かってるよ! まったく。


「帰ったら好きだっていうぞこのやろー!!」


 校舎中に轟くような大声で言った瞬間、月菜の手に、柔らかい感触があった。


「足早いよ月菜。ネトゲ廃人の帰宅部には、もっと気を遣って欲しいな」


「香美奈……?」


 まず、こんな状況なのに最初に驚いたのが、自分が名前で呼ばれていることだった。香美奈は何故かずっと「藤岡さん」呼びだったからだ。次に、先ほどの晃陽への恋慕わるくちの中に、「香美奈」という名が自然に出てきていたことを思い出す。


「えへへ。ありがとうね。透け透けだった身体、戻ったみたい。……こうちゃんのおかげかな」


 並んで駆ける二人の間に、微妙な亀裂が走った様な気がしたが、今はそれは気にしないことにして、月菜は「そうだぞ」と言う。


「そっかぁ。あ、そうそう、今日から私、月菜って呼ぶから。ライバルだから、とか思ってたけど、小っちゃいよね」


 手が、より強く握られる。


「どっちが勝っても、ううん。べつのこでも、私たちずっと友達だからね、月菜」


 こんな非常時に話すような話題では無いことは、二人とも分かっていた。でも、晃陽が毎日戦っていたように、女子の恋だって戦いだった。


「うん! 負けないからなっ!」


 影の二色南中が、騒がしくなっていった。かつての“神隠し”被害者たちが、次々に目覚めだしたからだ。

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